税理士と聞くと、多くの人は法人の決算や申告業務を思い浮かべるのではないでしょうか。
毎月の記帳。
決算書の作成。
法人税申告。
消費税申告。
税理士業務の中心は長らくこうした会計・税務業務でした。
ところが、資産税の第一人者である本郷尚税理士は、ある時期から通常の会計事務所業務を行わず、資産税だけを扱う事務所を作りました。
さらに採用する税理士にも、
「会計業務の経験はなくてもよい」
という方針を取ったと語っています。
なぜそのような決断をしたのでしょうか。
そこには、これからの税理士業界を考えるうえで重要なヒントが隠されているように思います。
税理士業界は総合診療型が主流だった
従来の税理士事務所は総合診療型でした。
法人税。
所得税。
消費税。
相続税。
あらゆる税目を扱います。
顧問契約を結び、毎月訪問し、決算を行い、申告する。
これが標準的なモデルでした。
しかし相続税だけは少し事情が違います。
法人税は毎年発生します。
消費税も定期的に発生します。
一方で相続税は人生で何度も経験するものではありません。
そのため高度な専門知識が求められるにもかかわらず、実務経験を積みにくい分野でもあります。
資産税は特殊な世界である
本郷先生は若い頃から不動産鑑定の実務に関わり、資産税の世界へ入っていきました。
そこでは単なる税法知識だけでは対応できません。
不動産市場を理解する必要があります。
相続法を理解する必要があります。
家族関係も理解しなければなりません。
金融商品も関係します。
事業承継も関係します。
つまり資産税は税務だけの世界ではないのです。
総合格闘技に近い分野と言えるかもしれません。
そのため深く取り組めば取り組むほど、一般的な会計事務所業務とは異なる専門領域になっていきます。
専門特化が価値を生む時代
昔は幅広く何でもできることが強みでした。
しかし現在は情報量が爆発的に増えています。
税制改正も複雑化しています。
すべての分野を深く理解することは難しくなっています。
その結果、専門特化の価値が高まっています。
医師にも専門医があります。
弁護士にも専門分野があります。
税理士も同じです。
相続専門。
事業承継専門。
国際税務専門。
医療専門。
それぞれ独自の価値を持つようになっています。
本郷先生はその流れを何十年も前から先取りしていたのかもしれません。
AI時代は専門家が二極化する
今後、AIによって一般的な税務知識は容易に入手できるようになります。
簡単な税務相談ならAIが対応できる時代も近いでしょう。
そうなると税理士は二つの方向に分かれる可能性があります。
一つは大量処理型です。
効率化を徹底し、多数の案件を処理するモデルです。
もう一つは専門特化型です。
高度な知識と経験を提供するモデルです。
本郷先生が歩んだ道は後者です。
誰でもできる仕事ではなく、限られた専門家しか対応できない領域を極める。
それが専門特化の本質です。
専門家は作業ではなく判断を売る
会計業務の多くは標準化できます。
AIやクラウド会計による効率化も進んでいます。
しかし資産税の相談は違います。
同じ案件は一つとしてありません。
家族構成が違います。
財産内容が違います。
価値観が違います。
相続人の関係も違います。
そのため最後は判断が求められます。
どの選択肢が最適なのか。
何を優先するべきなのか。
どのリスクを避けるべきなのか。
こうした判断には経験が必要です。
専門家は作業ではなく判断を提供する存在へ変わっていくのです。
人生100年時代と専門特化
人生100年時代になると、税理士自身の働き方も変わります。
若い頃は幅広い経験を積むことが重要です。
しかし年齢を重ねるにつれて、自分の強みを明確にする必要があります。
すべての分野で一流になることは難しいからです。
むしろ、
この分野なら誰にも負けない。
このテーマなら相談したい。
そう思われる存在になることが重要です。
専門特化とは仕事を狭めることではありません。
価値を深めることです。
相談型税理士という新しい可能性
本郷先生の話を読みながら感じるのは、税理士の価値が申告書作成から相談支援へ移りつつあることです。
相続。
年金。
事業承継。
老後資金。
認知症対策。
家族信託。
これらは単なる税務ではありません。
人生設計そのものです。
だからこれからの税理士には、作業者ではなく相談者としての役割が求められるでしょう。
専門知識を土台にしながら、人の人生に寄り添う。
その姿は本郷先生が歩んできた道とも重なります。
結論
本郷尚税理士が会計業務から資産税専門へ舵を切った背景には、専門性の価値を信じた姿勢がありました。
税理士業界は長らく総合診療型が主流でしたが、複雑化する社会の中で専門特化の重要性はますます高まっています。
AI時代には知識の価値が下がる一方で、高度な判断力と経験の価値は高まります。
その意味で専門特化とは仕事を狭めることではなく、自分だけの価値を築くことなのです。
人生100年時代において税理士に求められるのは、何でもできる人ではなく、相談者から「この分野ならこの人だ」と信頼される専門家なのかもしれません。
参考
税のしるべ 2026年6月15日
インタビュー等「私が見た 税を巡る 点と線」
本郷尚氏に過去のエピソード、資産税関係の最近の動向を聞く、貸付用不動産の相続税評価額の改正は根本的な問題に触れず