個人消費を左右するものは何でしょうか。
最も基本的な答えは給与です。
給料が増えれば財布のひもが緩み、減れば支出を抑える。長い間、雇用と賃金は個人消費を考えるうえで中心的な指標でした。
ところが現在の米国では、もう1つ無視できない存在が大きくなっています。
株価です。
株式などの金融資産が増え、その一部を実際の消費へ回す家計が増えています。
給与という毎月の収入だけでなく、金融資産の値動きが家計の財布を動かす時代へ近づいているのかもしれません。
消費を支えてきたのは給与だった
家計の消費を考えるとき、基本になるのは可処分所得です。
給与などの所得から税金や社会保険料を差し引き、残ったお金から生活費を支払います。
給与が安定して増えれば将来への安心感も高まり、自動車や住宅、旅行など大きな支出にも踏み切りやすくなります。
反対に失業への不安が強まったり給与が減ったりすれば、家計は支出を抑えます。
そのため景気を見るときには、雇用者数、失業率、賃金上昇率などが重視されてきました。
この基本構造は今も変わりません。
しかし米国では、それだけでは個人消費の強さを説明しにくくなっています。
第2の財布が大きくなっている
その理由が金融資産です。
米国では家計とNPOが保有する金融資産の48%を株式が占めています。
株式市場が上昇すれば、家計の資産額も大きく増えます。
例えば年間給与が1,000万円で、株式を5,000万円保有している人を考えてみます。
株価が20%上昇すれば、単純計算では金融資産が1,000万円増えます。
年間給与に匹敵する資産増加です。
もちろん株式の値上がり益と給与は性質が違います。
それでも家計から見れば、自分の純資産が大きく増えたことに変わりありません。
その結果、旅行や外食、自動車、高級品などへの支出を増やす可能性があります。
金融資産が「第2の財布」として存在感を高めているのです。
含み益だけではなく実際に使い始めている
さらに重要なのは、株価上昇によって豊かになったと感じる心理的な資産効果だけではありません。
投資資産を実際に取り崩して消費する人が増えています。
JPモルガン・チェースが2,000万人超の個人口座を分析したところ、投資用口座から預金口座へ資金を移した人の割合は2015年の2.4%から2026年には8.2%へ上昇しました。
さらに投資用口座から引き出した金額が支出全体に占める割合は、2026年には6.8%となっています。
7年間でほぼ2倍です。
高所得層に限れば10%を超えています。
投資は将来のために資産を蓄積するだけのものではなくなっています。
増えた資産を現在の生活に使う動きが強まっているのです。
給与と株価には大きな違いがある
ここで注意したいのは、給与所得と株式の値上がり益では安定性が大きく異なることです。
給与は勤務を続けている限り、通常は毎月一定額が入ってきます。
一方、株価は毎日変動します。
今年20%上昇しても、翌年20%下落する可能性があります。
給与が1,000万円から突然800万円になることはそれほど多くありません。
しかし5,000万円の株式が相場下落によって4,000万円になることは十分にあり得ます。
株高を背景に生活水準を引き上げるほど、相場が反転したときの調整も大きくなります。
ここに資産効果に依存する消費の弱点があります。
株高は将来所得を先取りする面もある
株価は現在の企業利益だけで決まるものではありません。
投資家は将来の成長を予想して株式を売買します。
特に現在のAI関連企業では、将来の大幅な利益成長への期待が株価に織り込まれています。
つまり株高によって増えた家計資産の一部は、企業が将来生み出す利益への期待を先取りしたものとも考えられます。
その資産増加をもとに現在の消費を増やしているとすれば、家計も間接的に将来への期待を現在の消費へ転換していることになります。
期待通り企業利益が成長すれば問題ありません。
しかし期待が外れれば株価は下落します。
そのとき、先に増えた消費を維持できるとは限りません。
雇用統計だけでは景気を読めなくなる
これまで米国経済を見る際には雇用統計が極めて重要でした。
雇用が増える。
給与が増える。
消費が増える。
企業業績が改善する。
こうした流れを確認することで景気の方向を判断できます。
しかし資産効果が強まれば、別の経路も考える必要があります。
株価が上昇する。
金融資産が増える。
消費が増える。
企業業績が改善する。
株価がさらに上昇する。
この循環です。
そうなると雇用がそれほど強くなくても、株高によって消費が支えられる可能性があります。
反対に雇用が安定していても、株価急落によって消費が減少することも考えられます。
景気を見る指標に株式市場の重要性が増しているのです。
富裕層ほど株価の影響を受けやすい
もちろん、すべての家計で給与より株価が重要になっているわけではありません。
株式をほとんど持たない家計にとっては、今後も給与が消費を決める最大の要因でしょう。
一方、多額の金融資産を持つ富裕層では事情が異なります。
給与が多少増減するより、保有株式の価格変動の方が資産額に大きな影響を与える場合があります。
1億円の株式を持っていれば、10%の株価変動だけで1,000万円動きます。
そのため米国の個人消費を見る場合、所得階層によって消費を動かす要因が異なっている可能性を考える必要があります。
給与に敏感な家計と株価に敏感な家計が同じ経済の中に存在しているのです。
株高依存が進むほど金融政策も複雑になる
株価と消費の関係が強くなることは、中央銀行にとっても重要です。
金利を引き上げると企業や家計の借入負担が増えるだけではありません。
債券利回りが上昇することで株式の相対的な魅力が低下し、株価に下押し圧力がかかる場合があります。
その結果、金融資産が減少して消費が弱くなる可能性があります。
つまり政策金利の変更が、借入金利という経路だけでなく、株価と資産効果を通じても家計へ伝わります。
家計の株式保有が増えるほど、金融政策と株式市場と個人消費の関係も複雑になっていきます。
日本でも同じ方向へ進むのか
日本では米国ほど家計金融資産に占める株式の割合は高くありません。
現金や預金を多く保有することが、日本の家計の特徴でした。
しかしNISAの普及などによって、株式や投資信託を保有する人は増えています。
資産形成が広がれば、長期的には日本でも株価が家計心理や消費へ与える影響が強くなる可能性があります。
これは悪いことではありません。
預貯金だけでなく成長する企業へ資金を振り向け、その成果を家計が受け取ることには大きな意味があります。
ただし、給与と投資収益を同じように考えないことも重要です。
給与は生活を支える継続的な収入です。
投資資産は価格が上下します。
資産が増えたときに生活水準を大幅に引き上げてしまえば、相場下落時に家計を縮小しなければならなくなる可能性があります。
結論
給与より株価が消費を動かす時代が来るのでしょうか。
少なくとも米国では、一部の家計についてその方向へ進んでいると考えられます。
投資口座から引き出した資金が支出全体に占める割合は2026年に6.8%となり、高所得層では10%を超えています。
給与だけでなく、金融資産が消費を支える比重が高まっています。
ただし、給与と株価には決定的な違いがあります。
給与は比較的安定していますが、株価は大きく変動します。
株高によって消費が押し上げられるほど、株価下落時には反対方向の力も強くなります。
これから米国経済を見るときには、雇用や賃金だけではなく、株価と家計金融資産にも目を向ける必要があります。
そして私たち自身の資産形成でも、増えた金融資産を毎月の給与と同じように考えないことが重要です。
給与は生活を支えるお金。
金融資産は将来を支えるお金。
両者の役割を分けて考えることが、株式市場との付き合い方でも重要になってくるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月7日朝刊 「株高頼みの米消費、『資産効果』7年で2倍 富裕層は1割を依存」