米国の個人消費がなかなか崩れません。
物価上昇や長期金利の上昇、ガソリン価格の高騰など、家計にとって厳しい環境が続いているにもかかわらず、旅行や外食をはじめとする消費は底堅さを維持しています。
その背景を考えるうえで重要になっているのが、富裕層の存在です。
米国では株式を多く保有する高所得層が株高によって資産を増やし、その一部を消費へ回しています。
つまり、米国経済を見るときには平均的な家計の所得だけではなく、「資産を持つ人がどれだけ使っているのか」という視点が欠かせなくなっています。
所得だけでは説明できない消費の強さ
一般的に個人消費を左右する最大の要因は所得です。
給与が増えれば消費を増やし、給与が減れば支出を抑える。これが基本的な家計行動です。
しかし、現在の米国ではそれだけでは説明しにくい現象が起きています。
インフレによって生活費が上昇し、金利上昇によって住宅ローンや自動車ローンなどの負担も重くなっています。
それでも個人消費全体は底堅い状況が続いています。
そこで重要になるのが所得とは別の財布です。
それが株式などの金融資産です。
富裕層にはもう1つの財布がある
株価が上昇すると、株式を多く保有する人の金融資産は大きく増えます。
例えば1億円の株式を持つ人の場合、株価が20%上昇すれば単純計算で資産価値は2,000万円増えます。
もちろん、売却しなければ利益は確定しません。
それでも資産が増えたことで心理的な余裕が生まれ、旅行や外食、高級品などへの支出を増やしやすくなります。
さらに現在の米国では、投資資産を実際に取り崩して消費に使う動きも強まっています。
JPモルガン・チェースの分析では、投資用口座から預金口座へ資金を移した人の割合は2015年の2.4%から2026年には8.2%まで上昇しました。
投資資産が単なる老後資金ではなく、現在の生活を支える財布として使われ始めていることが分かります。
高所得層では支出の1割超を投資資金が支える
さらに注目したい数字があります。
投資用口座から引き出した金額が支出全体に占める割合は2026年に6.8%となりました。
7年間でほぼ2倍です。
そして高所得層では、この割合が10%を超えています。
これはかなり大きな数字です。
毎月の消費を給与だけで賄っているのではなく、その一部を株式などの金融資産から得た資金によって支えているからです。
富裕層にとって株式市場は「将来のために資産を増やす場所」であるだけではありません。
現在の生活水準を支える資金源にもなっています。
なぜ富裕層の消費が重要なのか
富裕層の特徴は、1人当たりの消費額が大きいことです。
高級ホテル、航空旅行、クルーズ、自動車、外食、高級ブランド品など、幅広い分野で大きな支出を行います。
そのため人数では少数であっても、消費全体への影響は小さくありません。
さらに所得が高いだけでなく、多額の株式を保有している人であれば、株高によって資産が増えるほど消費余力も大きくなります。
株高が続く。
富裕層の金融資産が増える。
富裕層が消費を増やす。
企業の売上高や利益が増える。
企業業績への期待から株価が上昇する。
こうした循環が成立すれば、株高そのものが景気を支えることになります。
平均値だけを見ると実態を見誤る
ここで注意したいのが、経済統計の見方です。
例えば個人消費全体が増えていたとしても、すべての家計が同じように消費を増やしているとは限りません。
物価上昇の影響を強く受ける中低所得層では、生活必需品以外の支出を抑えている可能性があります。
その一方で、株高の恩恵を受けた富裕層が旅行や高額商品への支出を増やせば、統計上の個人消費全体は強く見えます。
「米国人は消費している」という平均値だけを見るのではなく、「誰が消費しているのか」を確認することが重要になります。
株式保有の偏りが資産効果の差になる
資産効果はすべての家計に同じように働くわけではありません。
株式を1,000万円持っている人と、1億円持っている人では、同じ10%の株価上昇でも資産増加額は大きく異なります。
前者は100万円ですが、後者は1,000万円です。
一方、株式をほとんど持っていない人には、株価が上昇しても直接的な資産効果はほとんどありません。
つまり株高になればなるほど、金融資産を多く保有する家計とそうでない家計との間で消費余力にも差が生じやすくなります。
これが現在の米国経済を理解する重要なポイントです。
強さと危うさは表裏一体
富裕層の消費が経済を支える構造にはメリットがあります。
インフレや金利上昇によって一般家計の消費が弱くなっても、金融資産を持つ家計が消費を続ければ景気全体の落ち込みを抑えることができます。
しかし、この構造には反対側があります。
株価が下落した場合です。
株価上昇によって生まれた資産効果は、株価下落局面では逆方向に働きます。
資産が減少すれば、高額商品の購入を延期したり、旅行を減らしたり、投資資産の取り崩しを抑えたりする可能性があります。
これまで景気を支えていた富裕層の消費が、一転して景気を押し下げる要因になることも考えられます。
米国経済を見る指標が変わってきた
従来、米国の個人消費を予測するときには雇用統計や賃金上昇率が重視されてきました。
もちろん今後も重要な指標です。
しかし家計金融資産に占める株式の割合が高まり、投資資産を実際の消費に使う人が増えれば、株価そのものも消費の先行きを考える重要な指標になります。
特に注目したいのは、富裕層が多く保有する株式の値動きです。
現在のようにAI関連企業を中心とした大型株が市場全体を支えている場合、その株価が大きく調整すれば富裕層の金融資産にも影響します。
株式市場の変化がウォール街の中だけで完結する時代ではなくなっているのです。
日本でも考えておきたい変化
日本では長年、家計金融資産の多くを現金や預金が占めてきました。
そのため米国ほど株価と個人消費の関係は強くありませんでした。
しかしNISAなどを通じて株式や投資信託を保有する家計が増えれば、日本でも状況が変わる可能性があります。
金融資産を持つことによって資産形成の可能性が広がる一方、市場価格の変動が家計の心理や消費にも影響するようになります。
これからの家計では給与所得だけでなく、金融資産から生じる利益をどう位置付けるかも重要になります。
結論
現在の米国経済の強さを考えるとき、個人消費全体の数字を見るだけでは十分ではありません。
重要なのは、その消費を誰が支えているのかということです。
株式を多く保有する富裕層では、投資口座から引き出した資金が支出の10%を超えるようになっています。
株価上昇によって増えた金融資産が実際の消費へ流れ、米国経済を支える構造が強まっています。
しかし、これは米国経済が株式市場の動向に敏感になったことも意味します。
株高が続く限り、富裕層の消費は景気を支える力になります。
一方、株価が大きく下落すれば、これまで景気を支えていた資産効果が逆回転する可能性があります。
米国経済を見るときには「消費が強いか弱いか」だけでなく、「誰の消費によって強さが維持されているのか」まで見る必要があります。
富裕層の財布とウォール街の株価。
この2つの距離が近くなっていることが、現在の米国経済の強さと危うさを同時に表しているのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月7日朝刊 「株高頼みの米消費、『資産効果』7年で2倍 富裕層は1割を依存」