社会保険に加入すると、給与から厚生年金保険料や健康保険料が差し引かれます。
これまで配偶者の扶養に入り、国民年金の第3号被保険者だった人なら、社会保険への加入によって手取りが減ったと感じやすいでしょう。
そのため「106万円の壁」が問題になってきました。
しかし、社会保険への加入による損得を現在の手取りだけで判断することはできません。
厚生年金に加入すると、国民年金の老齢基礎年金に加えて、給与と加入期間に応じた老齢厚生年金が積み上がるからです。
現在支払う保険料と、将来受け取る年金の両方を見る必要があります。
今回は、社会保険に入ると将来の年金がどのように増えるのかを整理します。
厚生年金は国民年金に上乗せされる
日本の公的年金は、よく2階建ての仕組みと説明されます。
1階部分が国民年金の老齢基礎年金です。
2階部分が会社員などが加入する厚生年金です。
厚生年金に加入して働く人は、一定の要件を満たせば、老後に老齢基礎年金と老齢厚生年金を受け取ります。
つまり社会保険へ加入することで、
基礎年金だけ
から、
基礎年金に厚生年金が上乗せされる
仕組みに変わります。
この上乗せ部分が、社会保険加入による老後保障の大きな違いです。
第3号被保険者から第2号被保険者へ変わる
配偶者の扶養に入っている人のうち一定の要件を満たす人は、国民年金の第3号被保険者になります。
第3号被保険者は、自分で国民年金保険料を直接支払わなくても、その期間が老齢基礎年金の計算に反映されます。
そのため第3号被保険者だった人が厚生年金へ加入すると、
これまで直接負担していなかった年金保険料を給与から支払う
という変化が生じます。
目先だけを見ると負担増です。
しかし同時に国民年金の第2号被保険者となり、厚生年金の上乗せ部分を積み立てていくことになります。
ここを見なければ社会保険加入の損得を正しく判断できません。
厚生年金には報酬比例部分がある
老齢厚生年金の中心となるのが報酬比例部分です。
名前のとおり、現役時代の報酬と厚生年金への加入期間によって年金額が変わる仕組みです。
基本的には、
給与が高いほど
加入期間が長いほど
将来受け取る老齢厚生年金も増えます。
短時間労働者だから厚生年金へ加入しても意味がないわけではありません。
給与が比較的低くても、加入している期間に応じて厚生年金が積み上がります。
年金増加額の目安を考える
厚生年金の増加額は、実際には標準報酬月額や加入期間などを使って計算します。
ここでは仕組みを理解するため、単純化して考えます。
2003年4月以降の加入期間について、老齢厚生年金の報酬比例部分は、おおむね平均標準報酬額に1000分の5.481を掛け、さらに加入月数を掛けて計算するのが基本です。
たとえば標準報酬月額が10万円程度で、賞与がないと仮定します。
1年間加入した場合、
10万円掛ける5.481を1000で割る掛ける12カ月
となり、将来の老齢厚生年金は年額で約6600円増える計算になります。
10年間なら単純計算で年額約6万6000円です。
20年間なら年額約13万2000円です。
実際の年金額は加入時期や報酬、制度改正などによって変わりますが、厚生年金は加入期間が長くなるほど上乗せ額が積み上がることが分かります。
月額にすると小さく見える
10年間加入して年額約6万6000円増えるとすると、月額では約5500円です。
これだけを見ると、
毎月保険料を払って5500円しか増えないのか
と思うかもしれません。
しかし年金は原則として生涯にわたって支給されます。
たとえば年額6万6000円の上乗せを20年間受け取れば、単純計算では132万円です。
25年間なら165万円になります。
もちろん実際には年金額の改定や受給開始時期などがありますので、単純な掛け算だけで最終的な損得を判断することはできません。
それでも、月額だけを見る場合と生涯の受給額を見る場合では印象が大きく変わります。
保険料は会社も負担している
もう一つ重要なのが労使折半です。
厚生年金保険料率は18.3パーセントですが、原則として企業と従業員が半分ずつ負担します。
従業員の負担は9.15パーセントです。
たとえば標準報酬月額が10万円なら、単純計算した本人の厚生年金保険料は月9150円です。
同時に会社側も原則として同額を負担します。
自分が支払った保険料だけで年金を積み立てているわけではない点は、国民年金との大きな違いです。
給与明細には本人負担分しか表示されないため見えにくいのですが、厚生年金には企業も資金を負担しています。
長く加入するほど差が大きくなる
厚生年金への加入期間が1年程度なら、将来の年金増加額はそれほど大きくありません。
しかし5年、10年、20年と加入期間が長くなると違いが積み上がります。
106万円の壁撤廃で重要なのは、この長期的な視点です。
40代や50代で数年間加入する場合と、20代や30代から数十年間加入する場合では、老後の厚生年金額への影響が大きく異なります。
社会保険の適用拡大は、単年度の手取り問題だけではなく、働く人の数十年後の年金にも影響する改革なのです。
障害年金や遺族年金にも違いがある
厚生年金のメリットは老齢年金だけではありません。
一定の要件を満たせば、障害厚生年金や遺族厚生年金の対象になる場合があります。
公的年金は単なる老後の積立制度ではありません。
現役時代に障害を負った場合や、加入者が死亡した場合にも保障する社会保険です。
したがって、
支払った保険料
将来受け取る老齢年金
だけを比較して損得を判断するのも十分ではありません。
保険としての保障まで含めて考える必要があります。
健康保険の保障も加わる
社会保険への加入では、厚生年金とともに勤務先の健康保険へ加入するケースが一般的です。
一定の要件を満たせば、病気やけがで働けず給与を受けられないときに傷病手当金を受けられる場合があります。
出産のため仕事を休んだ場合には、出産手当金の対象になる場合もあります。
つまり社会保険料によって得られるものは、老後の年金だけではありません。
現役時代の所得保障も含まれています。
現在の手取り減少と将来の年金増加だけを比べても、社会保険全体の価値をすべて測ることはできないのです。
手取り減少はすぐ年金増加は何十年後
それでも社会保険への加入に抵抗を感じる人がいるのには理由があります。
保険料負担は今すぐ始まります。
一方、老齢厚生年金を受け取るのは何十年も先かもしれません。
現在の1万円と30年後の1万円では、家計にとって感じ方が違います。
住宅費。
教育費。
食費。
日々の生活費。
こうした支出がある現役世代にとって、将来の年金が増えるとしても現在の手取り減少は現実的な負担です。
だからこそ年収の壁問題は、単純に「将来の年金が増えるから加入した方が得」と説明するだけでは解決しません。
目先の手取りと生涯所得を分けて考える
社会保険への加入を考えるときには、二つの視点を分ける必要があります。
一つは現在の家計です。
社会保険料が給与から引かれれば、可処分所得が減る場合があります。
もう一つは生涯で受ける保障です。
厚生年金への加入期間が増えれば、将来の老齢厚生年金が増えます。
さらに障害や死亡、病気による休業などへの保障もあります。
現在の手取りだけならマイナスに見えても、生涯全体では別の評価になる可能性があります。
年収の壁改革では、この二つを分けて考えることが重要です。
結論
社会保険に加入すると、厚生年金保険料や健康保険料が給与から差し引かれるため、目先の手取りが減る場合があります。
特に国民年金の第3号被保険者だった人にとっては、それまで直接負担していなかった保険料が発生するため、負担増を強く感じやすくなります。
しかし厚生年金へ加入すると、老齢基礎年金に加えて報酬と加入期間に応じた老齢厚生年金が積み上がります。
加入期間が長くなるほど、その差は大きくなります。
しかも厚生年金保険料は本人だけでなく企業も原則として半分を負担しています。
さらに障害厚生年金や遺族厚生年金、健康保険の傷病手当金など、老後以外の保障もあります。
したがって社会保険への加入を、
給与からいくら引かれるのか
だけで判断することはできません。
現在の手取り。
将来の年金。
現役時代の保障。
企業による保険料負担。
これらを合わせて考える必要があります。
106万円の壁撤廃によって社会保険に加入する人が増えるほど、目先の手取りだけではなく生涯を通じた社会保障という視点から制度を理解することが重要になると考えます。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日 朝刊 「106万円の壁」撤廃、企業の負担重く