上場企業には、監査法人や公認会計士による会計監査が行われています。
そのため「監査済みの決算書なら、すべての取引を会計士が確認している」と考える人もいるかもしれません。
しかし、実際の監査は会社が行った何万件、何十万件という取引を一件ずつすべて確認しているわけではありません。
監査には「合理的保証」や「試査」という重要な考え方があります。
監査法人が何を保証し、何を保証していないのかを理解すると、監査報告書の意味も分かりやすくなります。
財務諸表監査とは何か
財務諸表監査とは、企業が作成した財務諸表について、会計基準に従って適正に表示されているかを独立した第三者である監査人が確認する仕組みです。
重要なのは、決算書を作るのは監査法人ではないということです。
財務諸表を作成する責任は企業の経営者にあります。
監査人は、その企業が作成した財務諸表を監査し、重要な虚偽表示がないかを確認したうえで監査意見を表明します。
つまり、経営者が決算書を作り、監査人が第三者としてチェックするという役割分担になっています。
合理的保証とは何か
監査を理解するうえで重要な言葉が「合理的保証」です。
監査人は、財務諸表に不正や誤謬による重要な虚偽表示がないことについて、合理的な保証を得ることを目的として監査を行います。
ここでポイントになるのが「絶対的な保証」ではないことです。
監査を受けた企業だから、不正や間違いが絶対に存在しないという保証ではありません。
監査には一定の限界があるからです。
企業には膨大な数の取引があります。
さらに、会計処理には将来予測や経営者の判断を必要とするものもあります。
巧妙に隠された不正や複数の関係者による共謀などは、通常の監査手続きでは発見が難しい場合もあります。
そこで監査では、絶対的な保証ではなく、高い水準ではあるものの絶対ではない合理的保証という考え方が採用されています。
すべての取引を確認するわけではない
大企業では、年間に膨大な数の取引が行われています。
売上、仕入れ、人件費、設備投資、経費、資金調達などを含めれば、その数は非常に多くなります。
これらをすべて一件ずつ確認することは現実的ではありません。
そこで監査では、重要性やリスクを考えながら確認する対象を選びます。
金額が大きい取引、不正が発生しやすい取引、通常とは異なる取引などは重点的な監査対象になります。
一方で、同じような少額取引が大量にある場合には、その一部を抽出して確認する方法も使われます。
試査とは何か
監査で取引の一部を選んで調べることを「試査」といいます。
例えば、ある企業が年間に数万件の商品販売を行っているとします。
監査人がその数万件すべてについて、注文書、納品書、請求書、入金記録などを一件ずつ確認するとは限りません。
一定の方法で取引を抽出し、その取引について証拠書類などを詳しく確認します。
ただし、単純に適当な取引を選ぶわけではありません。
監査人は企業の内部統制や不正リスクなどを評価しながら、どの項目にどの程度の監査手続きを行うのかを決めます。
リスクが高いと判断された領域では、より多くの証拠を集めたり、追加的な監査手続きを実施したりします。
重要性という考え方もある
監査には「重要性」という考え方もあります。
決算書にごく小さな誤りがあったとしても、それによって投資家の判断が変わる可能性がほとんどない場合があります。
一方、利益が大きく変わるような誤りや、赤字を黒字に見せるような会計処理であれば、投資家の判断に重大な影響を与える可能性があります。
監査では、こうした重要性を考慮して監査手続きを設計します。
そのため、監査の目的は決算書の一円単位まで完全に正しいことを保証することではありません。
投資家などの意思決定に影響を与えるような重要な虚偽表示がないかを確認することが中心になります。
不正と単純な間違いは違う
財務諸表の誤りには、大きく分けて不正と誤謬があります。
誤謬は意図せず発生した間違いです。
一方、不正は意図的に数字や情報を操作する行為です。
一般的に、不正は誤謬より発見が難しくなります。
例えば、不正を行った人物が証拠書類を偽造したり、複数の社員が共謀したりすれば、表面的には正常な取引に見える可能性があります。
さらに経営者自身が不正に関与すれば、本来不正を防ぐために作られた社内ルールを経営者の権限で無効化することも考えられます。
このため監査では、不正リスクを特に意識する必要があります。
監査には限界がある
監査済みの決算書であっても、後から会計不正が発覚することがあります。
これだけを見ると「監査法人は何をしていたのか」と疑問を感じるかもしれません。
もちろん、監査手続きが十分だったのかが問われるケースもあります。
一方で、監査という仕組みそのものにも限界があります。
試査によって監査すること、会計上の見積もりには不確実性があること、経営者や社員が共謀して不正を隠す可能性があることなどです。
だからこそ監査は、不正や誤りを絶対に見逃さない仕組みではなく、重要な虚偽表示が存在するリスクを十分に低い水準まで下げるための仕組みとして設計されています。
監査報告書の読み方も変わる
監査の仕組みを理解すると、監査報告書の見方も変わります。
単に「適正意見だから安心」と考えるだけでは十分ではありません。
監査人がどの領域を重要と考えたのかを示すKAMを見ることで、その企業の監査で特に注意された項目を知ることができます。
さらに2028年3月期から適用が見込まれる不正に関する監査基準の改正では、重要な不正リスクに関する情報がKAMとして示されることが想定されています。
監査人が何を監査し、どこにリスクを感じたのかという情報の重要性は、今後さらに高まるでしょう。
結論
監査法人は企業の決算書について、すべての取引を一件ずつ確認しているわけではありません。
監査では重要性や不正リスクなどを評価し、試査を含むさまざまな監査手続きを組み合わせて証拠を集めます。
そのうえで、財務諸表に重要な虚偽表示がないことについて合理的保証を得て、監査意見を表明します。
つまり監査済みだからといって、決算書に一つの間違いもなく、不正も絶対に存在しないことが保証されているわけではありません。
この監査の限界を理解することは、監査の価値を否定することではありません。
むしろ、監査が何を保証しているのかを正しく理解することにつながります。
企業の決算を見るときには「監査済みだから大丈夫」で終わらせず、監査報告書やKAMまで確認することが、企業を見る重要な視点になっていくでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年9月12日 朝刊 監査報告書、不正リスク記載