生成AIを業務で利用するとき、企業ではまず、
「個人情報保護法上、問題はないか」
という確認を行うでしょう。
個人データを生成AI事業者へ提供することが第三者提供に当たるのか。
委託として整理できるのか。
外国にある第三者への提供についてどのような対応が必要なのか。
こうした法的な確認はもちろん重要です。
しかし、参考記事が最後に強調しているのは、
「法律上適法であれば、それで何をしてもよいわけではない」
という点です。
生成AIと個人情報を考える場合には、個人情報保護法に違反するかどうかだけではなく、その利用によって本人のプライバシーが侵害されないか、社会からどのように受け止められるかまで考える必要があります。
法律を守ることは出発点です。
しかし、企業の生成AIガバナンスは、それだけで完成するものではないのです。
法律上の適法性とは何か
企業が生成AIへ個人データを入力するときには、個人情報保護法上のルールを考える必要があります。
たとえば個人データを第三者へ提供する場合には、原則として本人の同意が問題になります。
一方、個人データの取扱いを委託することに伴って提供する場合には、第三者提供とは扱われない場合があります。
また、外国にある第三者へ個人データを提供する場合には、そのためのルールもあります。
企業は利用する生成AIサービスの内容や利用規約、DPAなどを確認し、個人データをどのような法的関係のもとで処理するのかを整理していくことになります。
こうした条件を満たしていれば、法律上は利用できると判断できる場合があります。
しかし、ここで考える必要があるのが、
「法律上できることと、企業として実際にやるべきことは同じなのか」
という問題です。
適法ならリスクがなくなるわけではない
参考記事では、生成AIサービスの利用について法的に適法と整理できたとしても、実務上のリスクがゼロになるわけではないと指摘しています。
たとえば会社が法人向け生成AIを契約していたとします。
入力したデータがモデルの再学習に利用されない条件になっている。
DPAも用意されている。
個人情報保護法上の問題についても検討している。
このような環境を整えることは重要です。
しかし、それによって、
「顧客や社員の情報を好きなだけAIへ入力してよい」
ということにはなりません。
誤操作が起こる可能性もあります。
必要のない個人情報まで大量に入力してしまう可能性もあります。
RAGのアクセス権限を誤れば、本来その情報を見られない社員へAIが回答してしまう可能性もあります。
法律上の整理と、実際の運用上の安全性は分けて考える必要があります。
プライバシーへの配慮とは何か
個人情報保護を考えるときには、法律の条文だけではなく、本人のプライバシーにも目を向ける必要があります。
たとえば社員との人事面談で話された内容を考えてみます。
会社が業務上必要な情報として適切に保有していたとしても、その内容を生成AIへ入力し、さまざまな分析に利用することについて、社員本人がどう感じるかという問題があります。
参考記事では、人事面談記録のような機密性の高い情報をRAGへ取り込んだ場合の危険性も紹介しています。
本来閲覧権限のない社員がAIへ質問し、面談記録の内容を知ることができてしまえば、重大な問題につながります。
個人に関する情報は、
「法律上利用できるか」
だけでなく、
「本人から見て納得できる利用なのか」
という視点も必要になります。
顧客から見た問題
同じことは顧客情報についてもいえます。
たとえば顧客が会社へ問い合わせをしたとします。
顧客は、問い合わせに回答してもらうために氏名や連絡先、相談内容などを会社へ伝えています。
会社がその情報を生成AIによる業務効率化に利用する場合、法律上の条件を満たしていたとしても、利用方法によっては顧客が不安を感じる可能性があります。
特に、問い合わせを分析するために必要のない氏名や電話番号まで生成AIへ入力していたとすれば、
「なぜそこまでAIに渡す必要があるのか」
という疑問を持たれるかもしれません。
だからこそ、参考記事で示されているマスキングの考え方が重要になります。
AIに必要のない情報は削除する。
具体的な識別情報が不要ならマスキングする。
法律上入力できるかどうかだけではなく、
「そもそもAIに見せる必要があるのか」
を考えることが重要です。
社員から見た問題
社員の情報を生成AIで利用する場合には、さらに慎重な検討が必要になることがあります。
人事評価や面談記録などは、本人にとって非常に重要な情報だからです。
たとえば会社が、
社員の面談記録をAIで要約する
人事関連の文章をAIで整理する
社内RAGで人事資料を検索できるようにする
といった利用を考えたとします。
業務効率化という目的は理解できます。
しかし、利用方法によっては社員が、
「自分が人事担当者に話した内容までAIに処理されているのか」
と不安を感じる可能性があります。
生成AIの導入では、効率化によって会社が得られるメリットだけを見るのではなく、情報の本人がどう受け止めるのかという視点も必要になります。
企業の信用まで考える
生成AIによる個人情報の利用で問題が起きた場合、企業が負うものは法律上の責任だけとは限りません。
社会的な信用への影響も考える必要があります。
たとえば、
「顧客データを必要以上に生成AIへ入力していた」
「人事面談記録を一般社員がAI経由で取得できる状態だった」
といった事実が明らかになった場合を考えてみます。
仮に一部について法律上の違反がないと説明できたとしても、
「それなら問題ない」
と顧客や社員が受け止めるとは限りません。
企業に対する信頼は、法律に違反したかどうかだけで決まるものではないからです。
生成AIの利用では、
「違法ではない」
という基準だけではなく、
「この利用方法を顧客や社員に説明できるか」
という視点も重要になります。
法改正で利用できる範囲が広がっても同じ
参考記事では、2026年7月10日に個人情報保護法の改正が成立したことにも触れています。
その柱の一つとして、AIなどに有用なデータ連携を円滑にする方向が示されており、一定の要件を満たす場合には、AI開発に関する個人情報の取扱いについて規制が緩和される可能性があります。
しかし参考記事では、こうした法制度上の変化があったとしても、適法性とプライバシーの問題は別に考える必要があるという趣旨を強調しています。
法律によって利用できる範囲が広がったからといって、
「利用できる情報はすべてAIに利用する」
という発想でよいとは限りません。
法律が認める範囲と、企業として適切だと判断する範囲は、必ずしも一致しないからです。
人間の尊厳という視点
参考記事の最後では、生成AI時代のガバナンスを考えるうえで、人間の尊厳やプライバシーを基礎に置くことの重要性が示されています。
生成AIが高性能になれば、これまで人間が大量の時間をかけなければできなかった分析も簡単にできるようになります。
大量の顧客情報を分析する。
社員の記録をまとめる。
社内文書を横断的に検索する。
技術的にできることは増えていきます。
しかし、
「AIならできる」
ということと、
「会社としてやるべきである」
ということは別です。
生成AIの能力が高くなるほど、企業側には利用目的や必要性を考えることが求められます。
説明できる利用かを考える
生成AIの利用方法に迷ったときには、
「この使い方を本人に説明できるか」
と考えてみる方法があります。
顧客情報なら、
「お問い合わせを効率的に分析するため、この情報を生成AIで処理しています」
と顧客へ説明できるか。
社員情報なら、
「人事業務を効率化するため、この範囲の情報をAIで処理しています」
と社員へ説明できるか。
説明しようとしたとき、
「なぜ氏名まで必要なのか」
「なぜ面談記録全部をAIへ渡すのか」
という疑問に答えられないのであれば、入力する情報や利用方法を見直す余地があります。
生成AIの利用目的と、処理する情報の範囲が釣り合っているかを考えることが重要です。
結論
生成AIを業務で利用するとき、個人情報保護法などの法律を守ることは当然重要です。
しかし、
「法律上適法だから何をしてもよい」
ということにはなりません。
法人向け生成AIを利用し、学習設定やDPAなどを確認して法的な条件を整えたとしても、実際の運用には誤操作や権限設定の問題などが残ります。
さらに、顧客や社員が自分の情報をどのように扱われていると感じるのかというプライバシーの問題もあります。
企業の信用まで考えれば、
「違法かどうか」
だけを判断基準にすることはできません。
参考記事が示している重要な視点は、人間の尊厳やプライバシーを生成AIガバナンスの基礎に置くことです。
生成AIによってできることが増えるほど、
「法律上できるか」
に加えて、
「本当にそこまでAIにさせる必要があるのか」
「その使い方を顧客や社員に説明できるのか」
と考えることが重要になります。
生成AI時代の企業に求められるのは、法律が許す限界まで情報を利用することではありません。
技術的にできること、法律上できること、企業としてやるべきことを分けて考えることなのです。
参考
企業実務 2026年9月号 生成AI時代の個人情報の取扱い