業務執行とは何か 株主ではなく取締役が日々の経営を決める仕組み編

経営

会社は毎日のようにさまざまな経営判断を行っています。

新しい商品を開発するのか。

工場へ設備投資するのか。

新しい店舗を出すのか。

不採算事業から撤退するのか。

どの企業と取引するのか。

こうした会社の事業を実際に動かしていく行為を、会社法では業務執行という言葉で表します。

株式会社の所有者は株主です。しかし、株主が会社の日々の経営判断をすべて行うわけではありません。

特に取締役会設置会社では、重要な業務執行について取締役会が意思決定し、その決定に基づいて代表取締役や業務執行取締役などが実際の経営を担うという仕組みになっています。

なぜ会社の所有者である株主ではなく、取締役が経営を行うのでしょうか。

この役割分担を理解すると、今回の会社法改正で業務執行事項に関する株主提案が論点になっている理由も見えてきます。

業務執行とは何か

業務執行とは、会社の事業を実際に運営していくことです。

会社が商品を製造する。

サービスを提供する。

従業員を採用する。

設備投資を行う。

資金を調達する。

取引先と契約する。

新規事業へ進出する。

こうした会社の事業活動は、広い意味で業務執行に関係します。

株式会社は定款に事業目的を書いただけでは利益を生み出せません。

その目的を実現するために、人や資金を動かし、契約を結び、商品やサービスを提供する必要があります。

会社を実際に動かす活動が業務執行なのです。

株主は会社の所有者でも経営者とは限らない

株式会社では、株主が会社へ資金を提供します。

株主は会社の株式を保有し、配当を受けたり、株価上昇による利益を得たりします。

しかし株主だからといって、会社の日々の経営を直接行うわけではありません。

特に上場会社には多数の株主がいます。

個人株主もいます。

国内外の機関投資家もいます。

数万人、数十万人の株主が存在する会社もあります。

その全員が会社の日々の経営判断に参加することは現実的ではありません。

そこで株式会社では、株主が取締役を選び、取締役などに会社経営を任せる仕組みが採られています。

取締役会は重要な業務執行を決める

取締役会設置会社では、取締役会が会社の業務執行の決定を担います。

ただし、すべての小さな業務まで取締役会で一つずつ決めるわけではありません。

大企業では毎日膨大な数の取引が行われています。

一つの商品を仕入れるたびに取締役会を開いていては会社を経営できません。

そこで重要な経営事項は取締役会で決定し、日常的な業務については代表取締役や業務執行を担当する取締役、社内の各部門などへ権限を分担します。

つまり会社の内部でも、重要性に応じて意思決定の権限が分けられているのです。

重要な業務執行とは何か

取締役会設置会社では、重要な業務執行の決定を取締役に委任できない仕組みがあります。

たとえば重要な財産の処分や譲受けがあります。

多額の借財もあります。

重要な使用人の選任や解任などもあります。

会社にとって大きな影響を与える事項について、一人の取締役だけの判断に任せず取締役会で意思決定するわけです。

何が重要なのかは、会社の規模や取引金額、事業への影響などによって異なります。

同じ1億円の投資でも、小さな会社と巨大企業では重要性が違うことがあります。

そのため会社は社内規程などによって、どの金額やどの種類の案件を取締役会で決めるのかを定めています。

代表取締役は何をするのか

取締役会が経営上の重要事項を決定しても、それだけでは会社の事業は動きません。

実際に会社を代表して契約を締結したり、経営を執行したりする人が必要です。

そこで重要になるのが代表取締役です。

取締役会設置会社では、取締役会が代表取締役を選定します。

代表取締役は会社を代表するとともに、会社の業務を執行します。

たとえば取締役会が大規模な設備投資を決定したとします。

その後、実際に取引先との契約などを進め、会社として事業を実行していく必要があります。

意思決定と実際の執行が組み合わさることで会社経営が進んでいくのです。

取締役会には監督する役割もある

取締役会の役割は、経営事項を決めることだけではありません。

取締役の職務執行を監督する役割もあります。

代表取締役などが適切に経営しているのかを取締役会がチェックします。

つまり取締役会には、

経営上の重要事項を決定する

という役割と、

経営を実際に行う人を監督する

という二つの重要な役割があります。

近年、上場企業で社外取締役が増えているのも、この監督機能を強化する意味があります。

経営を執行する人と、それを監督する人をできるだけ分けることで企業統治を強化しようとしているのです。

事業撤退も業務執行になる

今回の記事では、業務執行に関する株主提案の例として事業計画や事業からの撤退などが挙げられています。

たとえば会社が10の事業を行っているとします。

そのうち一つが長年赤字だったとします。

この事業を継続するのか。

撤退するのか。

他社へ売却するのか。

再建のために追加投資するのか。

これは会社の経営戦略そのものです。

通常は経営陣が市場環境や将来性、従業員への影響、売却可能性などを検討して判断します。

株主が毎回直接決定する仕組みではありません。

設備投資も取締役の経営判断になる

設備投資についても同じです。

たとえばメーカーが100億円を投じて新工場を建設する計画を考えているとします。

将来の需要はどれくらいあるのか。

投資額を回収できるのか。

競争相手はどう動いているのか。

資金をどのように調達するのか。

さまざまな情報を基に判断する必要があります。

経営環境は刻々と変化します。

そのため経営陣には迅速な意思決定が求められます。

こうした専門的かつ機動的な経営判断を担うのが取締役や取締役会なのです。

なぜ株主総会で毎回決めないのか

会社の所有者が株主なら、大規模な投資や事業撤退も株主総会で決めればよいという考え方もできます。

しかし、それでは経営が非常に遅くなります。

株主総会を開くには準備が必要です。

株主に情報を提供します。

議決権を行使してもらいます。

決議結果を確認します。

経営判断のたびにこうした手続きを行うことは現実的ではありません。

さらに企業が競争している市場では、迅速な意思決定が必要です。

買収案件などでは短期間で判断しなければ機会を失う場合もあります。

そこで株主は経営者を選び、日々の経営判断は経営者へ任せます。

これが所有と経営の分離です。

株主は経営を任せるだけなのか

では株主は取締役へ経営を任せた後、何もできないのでしょうか。

そうではありません。

株主は株主総会で取締役を選任します。

経営陣の判断に問題があると考えれば、取締役選任議案に反対することもできます。

会社側の議案について議決権を行使することもできます。

一定の要件を満たせば株主提案を行うこともできます。

さらに上場会社では、会社と機関投資家などとの対話も行われています。

株主は日々の業務執行を直接行うのではなく、取締役の選任や議決権行使、対話などを通じて経営を監督する立場にあります。

株主提案で業務執行を求めることはできるのか

ここで難しい問題が生じます。

本来、業務執行は取締役や取締役会が担います。

しかし株主が、

この事業から撤退してほしい

この投資をやめてほしい

このような経営方針を採用してほしい

と考える場合があります。

単純に業務執行事項そのものを株主総会の決議事項にしようとしても、取締役会設置会社では株主総会の権限との関係が問題になります。

そこで利用されることがあるのが定款変更です。

定款変更にすると株主総会の議題になる

定款は会社の基本的なルールです。

そして定款変更は株主総会で決議できます。

そこで業務執行に関係する内容を定款に書き込むよう求める株主提案が行われることがあります。

形式的には、

この事業から撤退せよ

という業務執行の決議ではありません。

この事業について一定の方針を定款に規定する

という定款変更の提案になります。

これによって、本来は取締役会が判断する経営事項が株主総会の議題として扱われる可能性が生じます。

今回の会社法改正で議論されている重要な論点です。

経済界が制限を求める理由

企業側から見ると、業務執行事項を定款に書き込むことには大きな問題があります。

経営環境は変化します。

今日正しい経営戦略が、3年後にも正しいとは限りません。

ところが経営方針が定款に規定されると、経営陣だけでは簡単に変更できません。

定款を変更するには、原則として株主総会の特別決議が必要だからです。

これでは経営環境が変化したときに迅速に対応できない可能性があります。

そのため経済界には、業務執行事項に関する株主提案を一定程度制限すべきだという考えがあります。

株主側にも重要な理由がある

一方、株主側から見ると違う問題があります。

経営陣に任せていても改善されない経営課題がある場合です。

たとえば低収益事業を長期間抱えている会社があったとします。

株主が何度も事業見直しを求めても経営陣が対応しない場合があります。

そのとき、

業務執行だから株主は提案できない

とすれば、株主が会社へ問題提起する手段が狭くなります。

資本政策や気候変動への対応なども、業務執行と株主の監督の境界に位置する問題です。

そのため業務執行事項を一律に株主提案の対象外とすることにも慎重な意見があります。

業務執行と経営監督の境界は簡単ではない

会社法の基本的な考え方は比較的明確です。

株主は取締役を選びます。

取締役が経営します。

しかし実際の企業経営では、この境界が曖昧になることがあります。

たとえば多額の現金を持つ会社に対して株主が自社株買いを求めたとします。

自社株買いを実施するかどうかは経営判断です。

一方、資本を効率的に使っているかどうかは株主にとって重要な問題です。

気候変動への対応も事業戦略であると同時に、長期的な企業価値に関係します。

どこまでを経営者だけに任せ、どこから株主が正式に関与できるようにするのか。

明確な線を引くことは簡単ではありません。

今回の会社法改正が問うもの

現在の会社法改正では、株主提案権の300個要件などに加え、業務執行事項について株主提案を制限するかどうかも議論されています。

これは単なる株主総会の事務負担の問題ではありません。

株式会社を誰が経営するのかという根本的な問題です。

株主の関与を強くすれば、経営陣に対する監督機能は高まる可能性があります。

一方、株主総会が個別の経営判断に深く関与すれば、経営の機動性が低下する可能性があります。

取締役へ経営を任せながら、株主が経営陣を適切に監督できる仕組みをどう作るのかが問われています。

結論

業務執行とは、会社の事業を実際に動かしていくための経営活動です。

新規事業への進出、設備投資、資金調達、事業撤退など、会社は日々さまざまな判断を行っています。

株式会社の所有者は株主ですが、特に取締役会設置会社では、株主がこうした日々の経営判断を直接行うわけではありません。

株主が取締役を選び、取締役会が重要な業務執行を決定し、代表取締役などが実際に業務を執行します。

この役割分担によって、多数の株主から資金を集めながら、専門的で迅速な経営を行うことができます。

一方、定款変更という形を利用すると、業務執行に関係する事項についても株主提案が可能になる場合があります。

経営の機動性を守るために制限すべきだという考え方と、株主による経営監督のために提案の機会を残すべきだという考え方があります。

業務執行を巡る株主提案の問題は、株主と経営者のどちらが正しいかという単純な話ではありません。

会社の所有者である株主がどこまで経営に関与し、専門的な経営判断をどこまで取締役に任せるのかという、株式会社の基本的な役割分担を考える問題なのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月31日 朝刊 株主提案、要件見直しで火花

日本経済新聞 2026年8月31日 朝刊 業務執行の提案巡り議論

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