未上場株の2次流通が広がるとき、重要になる取引方法の一つがテンダーオファーです。
テンダーオファーとは、会社や投資家などが一定の条件を示し、既存株主から株式の売却希望を募ってまとめて買い取る仕組みです。
スタートアップでは、創業初期から出資してきたベンチャーキャピタルが投資資金を回収したり、従業員がストックオプションを行使して取得した株式を現金化したりするために利用できます。
未上場企業には証券取引所がありません。そのため、株主が自分で買い手を探して株式を売却することは簡単ではありません。
そこで一定期間、一定価格などの条件を設定して売却希望者を集め、まとまった株式を新しい投資家へ移すテンダーオファーが重要になります。
テンダーオファーとは何か
テンダーオファーとは、株式を買いたい側が価格や期間、購入予定株数などの条件を示し、株主から売却希望を募る仕組みです。
例えば、ある未上場スタートアップに多数のVCや役員、従業員が株主として存在しているとします。
新しい機関投資家が、この会社へ50億円程度投資したいと考えたとします。
しかし未上場株なので、証券取引所で50億円分を購入することはできません。
そこで既存株主に対して、一株いくらで一定期間株式の売却を受け付けるという条件を提示します。
売却したい株主が申し込み、条件に沿って新しい投資家が株式を取得します。
一人の株主と個別交渉するのではなく、複数の株主から一定の条件で株式をまとめて取得できることが特徴です。
通常の相対取引との違い
未上場株は従来、売り手と買い手が個別に交渉する相対取引が中心でした。
例えばVCが保有株を売却したい場合、購入してくれそうな投資家を探します。
買い手が見つかれば、企業価値や一株当たり価格、売却株数などについて交渉します。
しかし株主が多数存在すると、一人ずつ取引するのは大変です。
従業員が数百人いて、それぞれがストックオプションから取得した株式を持っているような会社では、さらに複雑になります。
テンダーオファーなら一定のルールを設定し、売却希望者をまとめて募ることができます。
未上場株の2次流通をある程度まとまった規模で実施するために利用しやすい方法なのです。
上場会社のTOBとの違い
テンダーオファーという言葉から、上場会社のTOBを思い浮かべる人もいるでしょう。
TOBは株式公開買付けと呼ばれます。
上場会社の株式について、買付価格や買付期間、買付予定数などを公表し、市場外で株主から株式を買い付ける仕組みです。
企業買収などで利用されることが多くあります。
未上場企業のテンダーオファーも、一定の条件を提示して株主から株式を取得するという基本的な考え方は似ています。
ただし、目的や法的な位置付けが常に同じとは限りません。
上場株式の公開買付けには金融商品取引法に基づく詳細なルールがあります。
一方、未上場スタートアップのテンダーオファーは、既存株主に流動性を提供したり、新しい投資家へ株式を移したりするための取引として利用されます。
上場企業を買収するためのTOBと、スタートアップの株主へ換金機会を提供するテンダーオファーは、目的を分けて理解する必要があります。
会社自身が買い取るとは限らない
テンダーオファーでは、誰が株式を買うのかも重要です。
必ずしもスタートアップ自身が株式を買い取るわけではありません。
新しい機関投資家や事業会社などが買い手になる場合があります。
例えば創業初期から投資してきたVCが株式を売却し、長期保有を希望する機関投資家が取得するケースです。
会社から見ると株主が交代します。
VCは投資資金を回収でき、新しい投資家は成長段階に入ったスタートアップへ投資できます。
会社自身が新株を発行するプライマリー取引とは違い、既存株式が移動するため基本的にはセカンダリー取引になります。
会社が取引に関与する理由
既存株主同士の売買であれば、会社は関係ないようにも思えます。
しかし未上場企業では会社の関与が重要になります。
まず未上場株には、上場株のように誰でも自由に売買できる市場がありません。
さらにスタートアップでは、定款や株主間契約などによって株式の譲渡に制限が設けられている場合があります。
会社にとって誰が株主になるのかは、経営にも大きく影響します。
単に最も高い価格を提示する投資家へ売ればよいとは限りません。
長期的に企業を支援してくれる投資家なのか、事業上の協力関係を築けるのかなども重要です。
そのため会社側が株主構成を考えながら、証券会社などと連携して取引を進める意味があります。
VCにとってのテンダーオファー
VCにとってテンダーオファーは新しいエグジット手段になります。
VCファンドには一般的に運用期限があります。
従来の日本では、投資先企業がIPOするかM&Aされるまで待つことが代表的な資金回収方法でした。
しかし企業側がまだ上場したくなくても、VC側ではファンドの期限が迫っていることがあります。
そこでテンダーオファーを利用し、別の投資家へ保有株式を売却できれば、IPOを待たずに資金を回収できます。
会社は未上場のまま成長を続けられます。
VCの出口と企業のIPO時期を切り離す方法の一つになるのです。
従業員の株式もまとめて買い取れる
テンダーオファーで特に注目されるのが従業員株式の流動化です。
スタートアップでは人材獲得のため、ストックオプションを付与することがあります。
ストックオプションは一定の条件で会社の株式を取得できる権利です。
会社が成長して企業価値が高まれば、従業員に大きな経済的利益をもたらす可能性があります。
しかし未上場企業では、株式を取得しても簡単に売却できません。
IPOまで10年以上かかれば、その間は価値が上昇していても現金化できない可能性があります。
そこで従業員がストックオプションを行使して取得した株式について、テンダーオファーによって一定量を買い取る仕組みが考えられます。
従業員にとってIPO前に株式報酬の一部を現金化できる機会になります。
全部売る必要はない
テンダーオファーによる従業員株式の売却は、必ずしも保有株式を全部売るという意味ではありません。
例えば従業員が1000株を保有している場合、そのうち200株だけ売却できる仕組みにすることも考えられます。
200株分は現金化し、残り800株は将来の企業価値上昇に期待して保有し続けます。
これなら従業員は現在の生活や資産形成に使える現金を得ながら、会社の将来成長にも参加し続けることができます。
会社側にとっても、従業員がすべての株式を売却して会社の成長への関心を失うことを避けながら、一定の経済的メリットを提供できます。
ストックオプションの魅力が変わる
従業員がIPO前に株式を一部現金化できるようになると、ストックオプションそのものの意味も変わってきます。
従来は、会社が将来IPOすれば大きな利益になるかもしれないという将来の報酬としての性格が強くありました。
しかしIPOがいつになるかは分かりません。
会社が成長のため上場時期を遅らせれば、従業員が利益を得られる時期も遅くなります。
テンダーオファーによる換金機会が数年ごとに提供されるようになれば、ストックオプションはより現実的な報酬になります。
給与だけでは大企業に対抗できないスタートアップにとって、人材採用や人材定着の重要な手段になる可能性があります。
買い手を多く集める意味
テンダーオファーを成立させるためには、株式を買ってくれる投資家が必要です。
ここで証券会社などの仲介機能が重要になります。
従来、VCやスタートアップ自身が買い手を探す場合、候補となる投資家が限られていました。
買い手が一社しかいなければ、その投資家との価格交渉になり、売り手側が不利になる可能性があります。
一方、複数の機関投資家やCVCなどが参加できれば、企業価値についてさまざまな評価が提示されます。
売り手と買い手の双方が納得できる価格を形成しやすくなります。
専門の証券会社が登場する意味は、単に株式売買の事務手続きを代行することだけではありません。
潜在的な買い手を集め、未上場株に市場をつくる役割も期待されます。
プライマリーと組み合わせることもできる
テンダーオファーは新株発行による資金調達と同時に実施することもできます。
例えば新しい機関投資家が100億円を投資したいとします。
そのうち60億円で新株を取得し、40億円でVCや従業員の既存株を取得する方法が考えられます。
60億円はプライマリー取引なので会社に入ります。
40億円はセカンダリー取引なので既存株主に支払われます。
会社は成長資金を確保できます。
VCは投資資金を回収できます。
従業員は株式報酬を一部現金化できます。
新しい投資家は一定規模の株式を取得できます。
複数の目的を一度に実現できるのです。
未上場企業にも定期的な換金機会が生まれる可能性
未上場株のテンダーオファーが日本でも普及すれば、IPOに対する考え方そのものが変わる可能性があります。
これまでは未上場株を現金化する大きな機会がIPOでした。
そのため会社が長期間未上場でいると、VCや従業員が困るという問題がありました。
しかし数年ごとに一定量の株式を売却できる機会があれば、会社はIPOを急ぐ必要がなくなります。
企業価値を十分に高めてから上場するという選択がしやすくなります。
テンダーオファーは、IPOとIPOの間にある小さな出口をつくる仕組みとも考えられます。
結論
未上場株のテンダーオファーとは、一定の価格や期間などの条件を示し、VCや従業員など既存株主から売却希望を募って株式をまとめて買い取る仕組みです。
上場会社のTOBと似た言葉ですが、未上場スタートアップでは企業買収だけを目的とするものではなく、既存株主へ流動性を提供し、新しい投資家へ株式を移すためにも利用できます。
特に重要なのがVCと従業員です。
VCはIPOを待たなくても投資資金を回収できる可能性が生まれます。
従業員はストックオプションを行使して取得した株式の一部をIPO前に現金化できるようになります。
会社自身に直接資金が入らないセカンダリー取引であっても、投資家の退出、人材への報酬、新しい長期株主の受け入れという大きな意味があります。
さらにプライマリー取引と組み合わせれば、会社への成長資金の供給と既存株主への換金機会を同時に実現できます。
未上場であることと、株式をまったく売れないことを切り離す。
テンダーオファーが普及すれば、IPOだけに依存しないスタートアップの資本市場をつくる重要な仕組みになっていくと考えられます。
参考
日本経済新聞 2026年8月22日朝刊 未上場株、初の売買仲介 専業証券が年内に事業開始
日本経済新聞 2026年8月22日朝刊 未上場株式の売買 流動性乏しく小粒上場招く
日本経済新聞 2026年8月22日朝刊 未上場株の2次流通、買い手広がる フェアな価格形成課題