私たちは毎日、さまざまな情報に触れながら将来を予想しています。
「物価はこれから上がりそうだ」
「金利はしばらく高くなりそうだ」
「景気は悪くなりそうだ」
こうした予想は、ニュースや政府の発表、身近な商品の値段などから影響を受けています。
では、ある情報を知ったことで本当に人々の予想が変わったのかを、どうすれば確かめられるのでしょうか。
そこで使われるのが情報介入実験です。
家計のインフレ期待などを研究するうえでも重要な方法です。
情報介入実験とは何か
情報介入実験とは、調査対象者の一部に特定の情報を提供し、その情報によって考え方や予想、行動などが変化するかを調べる実験です。
例えば家計のインフレ期待を調べる場合を考えてみましょう。
最初に、
「今後1年間で物価は何%上昇すると思いますか」
と尋ねます。
ある人が、
「5%くらい上がると思う」
と答えたとします。
その人に実際の物価上昇率や中央銀行の物価目標などの情報を伝えます。
そして、もう一度同じように将来の物価について尋ねます。
今度は、
「3%くらいだと思う」
と答えたとしましょう。
情報を知る前は5%だった予想が、情報を知った後には3%へ変わりました。
この変化を利用して、情報が期待形成に与える影響を分析します。
事前期待と事後期待とは何か
情報介入実験では、情報を与える前と後の予想を比較することが重要です。
情報を与える前の予想を事前期待、情報を与えた後の予想を事後期待と考えることができます。
例えば、
事前期待 5%
事後期待 3%
だった場合、インフレ期待は2ポイント下がったことになります。
これを期待の改定と呼びます。
新しい情報を知ったことによって、将来についての予想を修正したわけです。
ただし、ここで一つ問題があります。
5%から3%へ変わったからといって、本当に情報だけが原因だったとは限りません。
実験中に別のニュースを見たかもしれませんし、単に最初の回答を考え直しただけかもしれません。
そこで必要になるのが、情報を与えなかった人との比較です。
処置群と対照群とは何か
情報介入実験では、参加者を複数のグループに分けます。
代表的なのが、処置群と対照群です。
処置群とは、研究者が調べたい情報を提供されるグループです。
対照群とは、その情報を提供されないグループです。
例えば1000人を対象に実験するとしましょう。
500人には、
「現在の物価上昇率は3%です」
という情報を伝えます。
残りの500人には、この情報を伝えません。
その後、両方のグループに将来の物価上昇率を予想してもらいます。
情報を受け取った処置群ではインフレ期待が大きく変化した一方、情報を受け取らなかった対照群ではほとんど変化しなかったとします。
この場合、処置群に提供した情報が期待の変化をもたらした可能性が高いと判断できます。
なぜ情報を与えない人が必要なのか
一見すると、情報を与える前と後だけを比較すれば十分なようにも思えます。
しかし、それだけでは情報の効果を正確に判断できません。
例えば実験の途中で、社会全体に大きな物価関連ニュースが流れたとします。
情報介入とは関係なく、参加者のインフレ期待が変わる可能性があります。
そこで対照群が重要になります。
処置群と対照群の両方で同じように期待が変化していれば、実験で提供した情報以外の要因が影響した可能性があります。
一方、処置群だけ大きく期待が変化していれば、提供した情報の影響だと考えやすくなります。
つまり対照群は、
「その情報を与えなかったらどうなっていたのか」
を推測するための比較対象なのです。
情報の効果を数字で比べられる
具体的な数字で考えてみましょう。
処置群のインフレ期待が、
5%から3%
へ低下したとします。
2ポイントの低下です。
一方、対照群でも、
5%から4.5%
へ低下していたとします。
こちらは0.5ポイントの低下です。
単純に処置群だけを見ると、情報によって期待が2ポイント低下したように見えます。
しかし、情報を与えなかった対照群でも0.5ポイント低下しています。
この場合、情報介入による効果として注目するのは、両者の変化の差です。
処置群の2ポイント低下と対照群の0.5ポイント低下との差である1.5ポイントです。
このように比較することで、単なる時間の経過などによる変化と、情報による変化を分けて考えやすくなります。
因果関係を調べるとはどういうことか
経済学では、単に二つの現象が同時に起きていることと、一方がもう一方を引き起こしていることを区別します。
例えば、
「経済ニュースをよく見る人ほどインフレ期待が低い」
という調査結果があったとします。
これだけでは、
「経済ニュースを見るからインフレ期待が低くなった」
とは言えません。
もともと経済への関心が高い人だからニュースをよく見ていて、同時に物価についても詳しいだけかもしれないからです。
これが相関関係と因果関係の違いです。
情報介入実験では、研究者が特定の情報を意図的に提供します。
そして、その情報を受け取った人と受け取らなかった人を比較します。
条件を適切に整えれば、
「この情報を与えたから期待が変化した」
という因果関係をより明確に調べることができます。
情報によって期待が変わらない場合も重要
情報介入実験では、期待が変わらなかったという結果にも意味があります。
例えば中央銀行が物価目標について説明しても、家計のインフレ期待がほとんど変化しなかったとします。
その場合には、いくつかの理由が考えられます。
もともとその情報を知っていたのかもしれません。
説明が難しくて理解できなかった可能性もあります。
中央銀行そのものを信用していない可能性もあります。
あるいは、その情報を将来の物価を予想するうえで重要だと考えなかったのかもしれません。
つまり情報介入実験では、
「情報が効いたか」
だけでなく、
「どの情報が、どの人に、どの程度効くのか」
まで研究できます。
政府や中央銀行が家計へ情報を伝える方法を考えるうえでも重要な手掛かりになります。
結論
情報介入実験とは、特定の情報を人々に提供し、その情報によって予想や行動がどのように変化するかを調べる方法です。
情報を与える前の事前期待と、与えた後の事後期待を比較することで、期待がどの程度修正されたかを確認できます。
さらに重要なのが、情報を受け取る処置群と、受け取らない対照群を比較することです。
処置群だけ予想が大きく変われば、その情報が期待形成に影響した可能性が高まります。
単に、
「情報を知っている人と知らない人では予想が違う」
と調べるだけではありません。
「情報を与えたことで予想が変わったのか」
という因果関係に迫れるところに、情報介入実験の大きな意味があります。
家計がどのように将来を予想しているのかを理解するためには、何を知っているかだけではなく、新しい情報を知ったときに予想をどう変えるのかを見ることが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 家計の「期待」と経済(4) 期待形成に影響する情報