円安が続くと、「海外企業が日本企業を買収すれば円が買われるので、円高になるのではないか」と考える人も少なくありません。
確かに買収の瞬間だけを見れば、海外企業は日本企業を買うために円を調達します。しかし、実際の為替市場はそれほど単純ではありません。
最近では、外資による日本企業の買収が増えているにもかかわらず、円安が続いています。その背景には、買収後のお金の流れまで考えなければ見えてこない「もう一つの為替」があります。
今回は、外資による日本企業のM&Aが、なぜ必ずしも円高につながらず、場合によっては円安要因になるのかを分かりやすく解説します。
M&Aでは最初だけ円が買われる
海外企業が日本企業を買収する場合、買収資金は通常ドルやユーロなどで用意されています。
日本企業の株式を取得するためには、その資金を円に交換する必要があります。
このため、買収時には円買い・外貨売りが発生します。
この部分だけを見ると、「海外から資金が流入するので円高になる」という考え方になります。
実際、多くの教科書でも対内直接投資は円高要因として説明されています。
買収後は利益が海外へ流れる
ところが、企業は買収して終わりではありません。
買収した会社が利益を生み出せば、その利益は親会社へ配当として送金されることがあります。
その際には、
・円をドルへ交換する
・海外本社へ送金する
という流れになります。
つまり今度は円売り・ドル買いが発生します。
しかも企業は毎年利益を上げ続けるため、この資金流出は一度だけではありません。
長期間続く可能性があります。
円安期待が資金の流れを変える
近年は「円は今後も安くなる」という見方を持つ海外投資家も少なくありません。
もし将来さらに円安になると考えれば、
「利益を円のまま持つよりドルに戻しておこう」
という判断になります。
この結果、利益が日本国内で再投資されるよりも、海外へ送金される割合が増えます。
つまり円安期待そのものが、さらに円売りを呼び込むという構図が生まれています。
市場ではこれを自己強化的な動きとして注目しています。
日本企業も海外買収でドルを必要とする
円安要因は外資だけではありません。
日本企業も海外企業を積極的に買収しています。
海外企業を買収するためには、
・ドル
・ユーロ
・その他現地通貨
が必要になります。
つまり日本企業は円を売って外貨を買います。
大型買収が続けば、それだけ円売り需要も増えることになります。
最近では為替介入による一時的な円高局面を狙って外貨を調達しようとする企業もありますが、円安が続けば最終的には高いレートでも購入せざるを得ないケースも増えています。
為替はストックよりフローが重要
為替を理解する上で重要なのが、「資産の残高」と「毎日の資金の流れ」は別だということです。
企業買収そのものは一時的な資金移動ですが、
・毎年の配当送金
・利息の支払い
・海外投資
・サービス利用料
・ロイヤルティー
などは継続的に発生します。
市場では、この毎日繰り返される資金の流れが為替に大きな影響を与えます。
そのため、一度の大型M&Aよりも、その後何年も続く資金流出の方が円安圧力として意識されることがあります。
円安は企業買収をさらに増やす可能性もある
円安になると、日本企業の企業価値は海外投資家から見れば相対的に安く映ります。
その結果、
「今が買収の好機」
と判断する海外ファンドも増えます。
つまり、
円安
↓
日本企業が割安になる
↓
外資が買収する
↓
利益が海外へ流れる
↓
円売りが続く
という循環が生まれる可能性もあります。
もちろんすべての案件がこのようになるわけではありませんが、為替市場ではこうした長期的な資金循環も重視されています。
結論
「海外企業が日本企業を買収すれば円高になる」という考え方は、買収時点だけを見た説明です。
実際には、買収後の利益送金や再投資、円安期待、さらには日本企業による海外M&Aなど、さまざまな資金の流れが重なり合って為替相場は動いています。
為替市場では、一時的な資金流入よりも、その後何年にもわたって続く資金の流れが重視されます。
ニュースで「海外企業が日本企業を買収」という見出しを見たときは、「買収後のお金はどこへ流れるのか」という視点を持つことで、為替の見え方は大きく変わるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年7月24日 朝刊
ポジション〉外資の日本企業買収、むしろ円安要因? 通説「対内投資増え円高」→先安観、利益はドルへ