近年、日本では個人による国債保有を増やすための制度見直しが議論されています。その中でも注目されているのが、個人向け国債に相続税の優遇措置を設ける案です。
政府は家計の金融資産を国債へ誘導したい考えを示していますが、一方で「富裕層だけが恩恵を受ける制度ではないか」という批判も少なくありません。
今回は、国債の相続税優遇案がなぜ議論されているのか、そのメリットと課題について分かりやすく解説します。
なぜ国債の保有拡大が求められているのか
日本の国債は長年、日銀が大量に保有してきました。しかし金融政策の正常化が進み、日銀は国債の買い入れ額を徐々に減らしています。
その結果、新たな国債の買い手を増やすことが政策上の重要課題となりました。
日本の家計金融資産は2,000兆円を超える規模がありますが、その多くは現金や預金です。一方で、家計が保有する国債の割合は極めて小さく、政府にはまだ取り込める余地があると考えられています。
さらに金利上昇局面では、個人向け国債の利回りも改善し、以前より魅力が高まっています。
相続税優遇案とはどのような制度か
議論されている案は、個人向け国債を相続した際に相続税を軽減、あるいは非課税にするというものです。
また、NISA制度の対象に個人向け国債を追加し、
- 利子
- 売却益
- 相続税
まで優遇する案も提案されています。
これにより、高齢者が安心して国債を保有し、世代を超えて資産を引き継ぎやすくする狙いがあります。
制度にはどのようなメリットがあるのか
最大のメリットは、国債の安定した保有者を増やせる可能性があることです。
相続税の負担が軽くなれば、高齢者は資産を現金で持つよりも国債へ振り向ける動機が強まります。
政府にとっては安定的な資金調達につながり、家計にとっても比較的安全性の高い運用手段として利用しやすくなります。
また、相続時に売却を急ぐ必要がなくなるため、長期保有が促進される可能性もあります。
一方で公平性への批判も強い
最も大きな問題は公平性です。
現在の相続税は、一定以上の財産を持つ家庭だけが課税対象となります。
そのため、国債だけ相続税を軽減すると、恩恵を受けるのは主に資産の多い世帯になります。
また、株式や投資信託には同様の優遇がないにもかかわらず、国債だけ特別扱いする合理性を説明するのは簡単ではありません。
税制は公平であることが重要な原則であり、一つの商品だけを優遇すると制度全体のバランスを崩すおそれがあります。
NISAの本来の目的との違い
NISAは「貯蓄から投資へ」を進めるために創設された制度です。
企業への成長資金を供給し、日本経済を活性化させることが大きな目的です。
そのため、価格変動リスクが比較的小さい国債を対象に含めることについては、「制度趣旨と異なるのではないか」という意見があります。
もし国債だけを優遇すれば、本来企業へ向かうはずの資金が国債へ流れ、NISAの目的そのものが変化してしまう可能性があります。
銀行や金融市場への影響も無視できない
銀行預金は企業への貸し出し資金の原資です。
仮に預金から大量の資金が国債へ移れば、銀行の貸出余力が低下し、企業への資金供給に影響を与える可能性があります。
つまり、国債の購入促進策は国だけでなく、金融システム全体への影響も考慮しなければならない政策なのです。
本当に見直すべきなのは何か
専門家の中には、問題は国債ではなく金融資産全体と不動産の税制格差にあると指摘する声もあります。
現在は不動産の評価額が実勢価格より低くなるケースが多く、相続税対策として利用されることがあります。
もし資産間の公平性を重視するのであれば、国債だけを優遇するのではなく、金融資産全体の課税のあり方を見直す方が、より公平な制度になる可能性があります。
結論
個人向け国債への相続税優遇は、国債保有者を増やし、政府の安定的な資金調達を支える効果が期待されています。しかし、その恩恵は相続税を負担する資産家に偏りやすく、公平性への疑問も大きな論点です。
さらに、NISAの本来の目的や銀行預金からの資金流出など、制度全体への影響も慎重に検討する必要があります。
資産形成を促す政策は重要ですが、一つの商品だけを優遇するのではなく、金融資産全体を見据えた中立的で公平な税制設計こそが、長期的には国民の信頼につながるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月3日 朝刊「国債、相続税軽減案に批判 NISA組み入れ『特別扱い』 富裕層の節税色強く」
財務省「個人向け国債」
金融庁「NISA制度の概要」
日本銀行「資金循環統計」