取引先の経営状態が悪化し、貸付金や売掛金の回収が難しくなった場合、債権者側が債権の一部または全部を放棄することがあります。
例えば、1000万円を貸している取引先について、
500万円を免除するので、残り500万円を返済してほしい
という再建支援を行うケースです。
債権者から見れば500万円の損失が生じます。
それでは、この500万円をすべて貸倒損失として損金算入できるのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
税務上は、回収できない債権を合理的な理由によって放棄したのか、それとも本来回収できる債権を相手に無償で与えたのかによって取扱いが大きく変わります。
後者と判断されれば、貸倒損失ではなく寄附金として取り扱われる可能性があります。
債権放棄では「債権をなくした」という形式だけではなく、「なぜ放棄したのか」という経済的な理由が重要になるのです。
債権放棄とは何か
債権放棄とは、債権者が債務者に対して持っている債権の全部または一部について、返済を求める権利を放棄することです。
債務免除とも呼ばれます。
例えば会社が取引先に1000万円を貸しているとします。
そのうち600万円について債務を免除すれば、債務者は原則としてその600万円を返済する必要がなくなります。
債権者から見ると600万円の債権を失うことになります。
問題は、この600万円を税務上どのように処理するのかです。
経済的には損失が発生していますが、法人税では債権を放棄したという事実だけで当然に貸倒損失として損金算入できるわけではありません。
法律上の貸倒れとして認められる債務免除がある
法人税基本通達9-6-1では、一定の場合について、金銭債権の全部または一部が切り捨てられたとき、その切り捨てられた金額を貸倒れとして取り扱う考え方が示されています。
例えば、法的整理による債権切捨てなどがあります。
さらに、債務者の債務超過状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合に、債権者が債務者に対して書面によって債務免除を行ったときも、その債務免除額について貸倒損失として取り扱われる場合があります。
ここで重要なのは、
債務超過だから債権放棄すればよい
という単純な制度ではないことです。
債務者の財務状況や回収可能性を踏まえ、本当に弁済を受けることができない状態なのかを確認する必要があります。
債務超過とは何か
債務超過とは、一般的には会社の負債が資産を上回っている状態です。
例えば、
資産5000万円
負債8000万円
であれば、3000万円の債務超過となります。
しかし、決算書上債務超過だからといって、直ちにすべての債権が回収不能になるわけではありません。
将来大きな利益を生み出す可能性があったり、資産の含み益があったり、第三者から資金調達できたりすれば、返済能力が残っている可能性があります。
したがって、税務上の債権放棄を検討する場合には、単年度の貸借対照表だけを見るのではなく、債務者の事業実態や今後の返済可能性まで検討することが重要です。
相当期間継続していることが重要
法人税基本通達9-6-1による一定の債務免除では、「債務超過の状態が相当期間継続」していることが重要な要素になります。
一時的に債務超過になっただけであれば、その後の業績回復によって返済できる可能性があります。
例えば、大規模な設備投資によって一時的に財務状態が悪化したものの、翌期以降に大幅な増収が見込まれている会社もあります。
このような場合、現在債務超過だからという理由だけで、
どうせ回収できない
として債権を放棄することには慎重な判断が必要です。
重要なのは、債務超過という数字そのものではなく、その状態が続いており、債権の弁済を受けることができないと客観的に判断できるかどうかです。
なぜ書面による債務免除が必要なのか
一定の債務免除を法律上の貸倒れとして扱う場合には、書面によって債務免除を明らかにすることが重要です。
口頭で、
もう返さなくてよい
と伝えただけでは、後になって本当に債務免除したのか、単に支払いを猶予しただけなのか分からなくなる可能性があります。
そこで、
どの債権について
いくら免除するのか
いつ免除するのか
といった内容を明確にした書面を作成することが重要になります。
債務免除通知書などによって法律関係を明確にしておけば、債権が消滅した時期についても説明しやすくなります。
貸倒損失の損金算入時期を判断するうえでも重要な資料になります。
回収できる債権を放棄するとどうなるのか
ここからが債権放棄の税務で特に重要なところです。
例えば1000万円の貸付金について、債務者に十分な資産があり、返済能力にも問題がないとします。
それにもかかわらず、
長年付き合いのある会社だから500万円を返さなくてよいことにする
と債権放棄したらどうなるでしょうか。
債権者側では500万円の経済的損失が生じています。
しかし、税務上は本来回収できた500万円を無償で相手に与えたのと実質的に同じと考えられる可能性があります。
この場合、500万円は貸倒損失ではなく、相手に対する経済的利益の供与として寄附金に該当することがあります。
寄附金になると何が違うのか
貸倒損失と寄附金では法人税の取扱いが大きく異なります。
貸倒損失として税務上認められれば、その金額は原則として損金になります。
これに対して一般の寄附金には損金算入限度額があります。
そのため、例えば1000万円の債権放棄を会計上すべて費用として処理しても、税務上寄附金と認定されれば、1000万円全額をその事業年度の損金にできるとは限りません。
損金算入限度額を超える部分については、法人税の計算上、所得に加算することになります。
したがって、
貸倒損失になるのか
寄附金になるのか
という判断は、法人税額に大きな影響を与える可能性があります。
取引先を救済する債権放棄はすべて寄附金なのか
それでは、取引先の経営を支援するために債権放棄をすると、すべて寄附金になるのでしょうか。
そうとも限りません。
法人税基本通達には、子会社等を整理したり再建したりするために債権放棄などによる損失負担を行った場合について、その損失負担等に相当な理由があると認められるときには、寄附金に該当しないという考え方があります。
これは非常に重要です。
企業が取引先や子会社を支援するのには、単なる善意ではなく、自社の経営上の理由が存在する場合があるからです。
経済合理性のある再建支援とは何か
例えば重要な仕入先が経営危機に陥ったケースを考えてみます。
その会社が倒産すると、自社の商品製造に必要な重要部品を調達できなくなり、自社の事業にも重大な損害が生じるとします。
この場合、仕入先の再建のために一定の債権放棄をすることが、自社の損失を最小限にするために合理的な場合があります。
また、子会社を清算した場合に巨額の追加負担が発生するため、一定額の債権放棄をして事業再建を進めた方が親会社にとって経済的に有利というケースも考えられます。
このような場合には、
相手を助けた
という一面だけを見るのではなく、
自社にとって経済合理性のある行動だったか
を検討する必要があります。
関係会社への債権放棄は特に注意する
税務上、特に慎重な検討が必要なのが関係会社に対する債権放棄です。
親会社が経営不振の子会社に1000万円を貸しており、その全額を免除したとします。
親子会社という関係があるため、
子会社を助けるため
という説明だけでは十分とは限りません。
なぜ1000万円を放棄する必要があったのか。
500万円ではだめだったのか。
子会社を清算した場合には親会社にどの程度の損失が発生するのか。
再建後に事業を継続する合理性はあるのか。
他の債権者はどの程度負担しているのか。
こうした事情を総合的に検討する必要があります。
債権放棄額が合理的な再建計画を超えて過大であれば、その超える部分について寄附金と判断されるリスクがあります。
債権放棄額の合理性も重要になる
債権放棄をする必要性が認められたとしても、金額が無制限に認められるわけではありません。
例えば債務者を再建するために5000万円の債務免除が必要であるにもかかわらず、特定の債権者だけが1億円を免除した場合には、なぜ追加の5000万円まで放棄する必要があったのかという問題が生じます。
そのため再建支援では、
債務者の財務状態
必要な債務免除額
再建後の収益計画
他の債権者の負担
株主の責任
経営者の責任
などを含めた再建計画が重要になります。
税務では「債権放棄した」という事実だけではなく、その金額が合理的だったのかまで問題になる可能性があります。
税務調査で重要になる資料とは
債権放棄は法人の所得を大きく減少させることがあるため、税務調査でも確認されやすい項目です。
特に保存しておきたいのが、
債務者の決算書
資金繰り表
債務超過の推移
事業計画
再建計画
金融機関などとの協議資料
債権者ごとの負担内容
債権放棄額の計算根拠
取締役会議事録
債務免除通知書
などです。
関係会社や重要取引先への支援であれば、
なぜ支援する必要があったのか
支援しなかった場合に自社へどのような損失が生じるのか
についても記録しておくことが重要です。
数年後の税務調査で当時の経営判断を説明するには、決算時の資料が大きな意味を持ちます。
債権放棄は最後の仕訳だけを見てはいけない
債権放棄の税務では、
貸倒損失1000万円
貸付金1000万円
という仕訳だけを見ても、その税務処理が正しいかどうかは分かりません。
重要なのは、その仕訳に至るまでの経緯です。
本当に回収できなかったのか。
なぜ債権を放棄したのか。
債務者はどのような財務状態だったのか。
債権放棄額は合理的だったのか。
再建支援として行ったのであれば、自社にどのような経済合理性があったのか。
これらを確認して初めて、貸倒損失なのか寄附金なのかを判断できます。
結論
債権放棄を行ったからといって、その金額がすべて自動的に貸倒損失として損金算入されるわけではありません。
債務者の債務超過状態が相当期間継続し、金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合などに、書面によって債務免除を行えば、一定の要件のもとで法律上の貸倒れとして処理できることがあります。
一方、本来回収できる債権を合理的な理由なく放棄すれば、相手に経済的利益を与えたものとして寄附金と認定される可能性があります。
さらに、子会社や重要取引先の再建のための債権放棄については、単純に貸倒損失か寄附金かという二択だけで考えるのではなく、その支援に相当な理由があり、自社にとって経済合理性があるかという視点も重要になります。
つまり債権放棄の税務で問われるのは、
債権を放棄したか
だけではありません。
なぜ放棄する必要があったのか
です。
債権放棄という同じ行為でも、その背景と経済的実態によって法人税上の結論が変わることがあるのです。
参考
税のしるべ 2026年8月3日 「連載『不良債権に係る税務上の取扱いの再確認』税理士・東辻 淳次 第5回/回収不能の場合の貸倒れ」
国税庁 法人税基本通達 第9章第6節 金銭債権の貸倒れ
国税庁 法人税基本通達 第9章第4節 寄附金
国税庁 タックスアンサー 貸倒損失として処理できる場合