企業が退職金制度を見直すとき、受け皿の一つとして登場するのが企業型確定拠出年金です。
企業型確定拠出年金は、一般に企業型DCと呼ばれます。
従来の退職金では、会社が退職時にまとまった退職一時金を支払ったり、確定給付企業年金によって一定の算定方法に基づく給付を行ったりしてきました。
企業型DCでは考え方が異なります。
会社が社員のために掛金を拠出し、そのお金を社員自身が運用します。
そして将来受け取る金額は、拠出された掛金と運用結果によって変わります。
つまり企業型DCは、会社任せだった老後資金づくりの一部を、社員自身が担う仕組みともいえます。
企業型DCとは何か
企業型DCは、企業が導入する確定拠出年金制度です。
DCは英語のDefined Contributionの頭文字です。
Definedは確定された、Contributionは拠出という意味です。
つまり、
拠出する掛金をあらかじめ決める制度
です。
たとえば会社が社員のために、
毎月3万円
を企業型DCへ拠出するとします。
年間では36万円です。
30年間なら、単純な掛金総額は1080万円になります。
実際に老後に受け取る金額は、この1080万円そのものとは限りません。
掛金を長期間運用するため、運用結果によって資産額が変わるからです。
会社が掛金を拠出する
企業型DCの基本的な掛金は、企業が拠出します。
ここは個人が自分で加入するiDeCoとの大きな違いの一つです。
会社は制度で定めたルールに従って、社員のために掛金を拠出します。
社員の給与口座へ振り込んで自由に使わせるのではありません。
確定拠出年金の資産として積み立てられ、原則として老後のために使われます。
つまり会社が、
今月の給料として3万円多く渡す
のではなく、
あなたの老後資金として3万円を積み立てる
という仕組みです。
退職金原資の一部を企業型DCへ移す企業があるのは、このためです。
社員自身が運用商品を選ぶ
企業型DCの大きな特徴は、社員自身が運用することです。
企業が用意した運用商品の中から、自分で商品を選びます。
代表的な選択肢には、
預貯金などの元本確保型商品
債券を中心とする投資信託
国内外の株式を含む投資信託
複数の資産へ分散する投資信託
などがあります。
どの商品を選ぶかによって、将来の資産額が変わります。
同じ会社に同じ年に入社し、会社が同じ金額の掛金を拠出していても、退職時の資産額が同じになるとは限りません。
これが従来型の退職金との大きな違いです。
運用結果で受取額が変わる
たとえばAさんとBさんに対して、会社が同じ金額を企業型DCへ拠出しているとします。
Aさんは値動きを抑えた商品を中心に運用しました。
Bさんは国内外の株式を含む投資信託を中心に長期間運用しました。
30年後には、両者の資産額に差が生じている可能性があります。
株式などを含む商品は価格が上昇すれば資産を大きく増やせる可能性があります。
一方、価格が下落すれば資産が減ることもあります。
企業型DCでは、
会社が同じ掛金を出したから、社員全員が同じ金額を受け取れる
とは限りません。
社員自身の運用判断が老後資金に影響します。
確定給付企業年金との違い
企業型DCを理解するには、確定給付企業年金と比較すると分かりやすくなります。
確定給付企業年金はDBと呼ばれます。
DBでは、規約に基づいて将来の給付の算定方法が定められています。
その給付を行えるように、企業などが掛金を拠出し、年金資産を運用します。
一方、企業型DCでは会社が拠出する掛金を決めます。
その後の運用は社員自身が行います。
つまり、
DBは給付を中心に考える
DCは掛金を中心に考える
という違いがあります。
これによって運用リスクを誰が負うのかも変わります。
運用リスクが社員側へ移る
確定給付型では、年金資産の運用状況が悪化し、必要な積立水準を確保できなければ、企業側に追加負担が生じることがあります。
企業型DCでは会社が定められた掛金を拠出した後、その資産をどのように運用するかは基本的に社員自身が決めます。
運用がうまくいけば老後資産が増えます。
反対に運用成績が振るわなければ、期待していたほど資産が増えないことがあります。
つまり企業型DCへの移行には、
老後資金の運用リスクの一部が企業から社員へ移る
という側面があります。
単に退職金の名前が変わるだけではありません。
なぜ企業にとって導入しやすいのか
企業型DCには、企業側にもメリットがあります。
大きな理由の一つが、将来の負担を見通しやすいことです。
たとえば会社が、
社員1人につき毎月3万円
と決めれば、基本的な掛金負担を把握しやすくなります。
一方、確定給付型では将来の給付を行うため、長期間にわたって年金財政を管理する必要があります。
運用環境などによって必要な積立額が変化する可能性もあります。
企業型DCなら、会社側は拠出する掛金を基準に制度を設計できます。
企業の人件費や退職給付に関する将来負担を管理しやすくなる面があります。
退職金からDCへ移行する企業がある理由
従来型の退職一時金は、勤続年数が長いほど有利になる設計が多くみられました。
これは終身雇用の時代には合理的でした。
長く働くほど退職金が増えれば、社員に会社へ残る動機が生まれるからです。
しかし転職が一般的になると、この仕組みが必ずしも現在の雇用環境に合わなくなります。
中途採用で40歳から入社した社員と、新卒から働いている40歳の社員では勤続年数が大きく違います。
同じ能力で同じ仕事をしていても、長期勤続者だけが退職金で大きく有利になれば、中途採用者には魅力が小さくなる可能性があります。
企業型DCは、会社が在職中に一定のルールで掛金を拠出していくため、人材流動化に対応しやすい面があります。
転職しても資産を持ち運べる
企業型DCの重要な特徴が、年金資産を持ち運べる仕組みです。
これをポータビリティといいます。
会社を辞めたからといって、それまで企業型DCで積み立てた資産が会社へ戻るわけではありません。
一定の要件のもとで、
転職先の企業型DC
iDeCo
その他の対象となる年金制度
などへ資産を移換できる場合があります。
つまり、
会社を辞めると老後資産を失う
のではなく、
転職先などへ持っていく
という考え方です。
転職が一般的になるほど、この仕組みの重要性は高まります。
転職したら手続きが必要になる
ただし企業型DCは、会社を辞めた後に何もしなくてよい制度ではありません。
転職した場合には、それまで積み立てた資産をどうするのか確認する必要があります。
転職先に企業型DCがあるのか。
iDeCoへ移換するのか。
別の対象制度へ移換できるのか。
こうした手続きが必要になる場合があります。
必要な手続きをせず一定期間が経過すると、資産が自動移換されることがあります。
自動移換されると、資産を自分で運用できない期間が生じたり、手数料がかかったりする場合があります。
企業型DCを持つ会社から転職するときには、給与や有給休暇だけでなく年金資産の移換手続きも忘れてはいけません。
給与として受け取る場合とは何が違うのか
企業によっては、退職金原資を企業型DCへ拠出するだけでなく、制度設計によっては給与などとして受け取る選択肢を設けるケースもあります。
この二つは意味が大きく違います。
給与として受け取れば、現在の生活費などに使うことができます。
一方、企業型DCへ拠出された資金は、原則として老後まで自由に引き出すことができません。
これは不便にも見えます。
しかし老後資金という観点では、
途中で使ってしまいにくい
というメリットでもあります。
現在の生活を重視するのか。
老後資金を確実に積み立てるのか。
報酬の受け取り方によって意味が変わります。
税制上の特徴もある
企業型DCは老後資産形成を目的とした制度であるため、税制上の措置が設けられています。
企業が拠出した掛金は、通常の給与として社員がそのまま受け取る場合とは税務上の扱いが異なります。
また、制度内で運用している間の運用益についても、通常の課税口座で金融商品を運用する場合とは異なる取り扱いがあります。
さらに将来資産を受け取るときには、受け取り方に応じた税制があります。
ただし、一時金で受け取るのか年金で受け取るのか、ほかの退職金をいつ受け取るのかなどによって税負担は変わります。
企業型DCは、
掛金
運用
受け取り
という三つの段階を通して税制を考える必要があります。
社員には金融知識が必要になる
従来型の退職金では、社員が毎日のように運用状況を考える必要はありませんでした。
会社の制度に従って働き、退職すると規程に基づいた退職金を受け取ることが基本でした。
企業型DCでは違います。
自分で運用商品を選ぶ必要があります。
どの程度リスクを取るのか。
株式と債券をどう組み合わせるのか。
運用期間は何年あるのか。
退職が近づいたら資産配分をどうするのか。
こうした判断が老後資金に影響します。
企業型DCが普及するほど、会社員にも資産運用の基礎知識が求められるようになります。
何もしないことにもリスクがある
企業型DCでは、
投資は怖いから何もしない
という判断が必ずしも安全とは限りません。
老後まで数十年間ある若い社員の場合、物価が上昇すればお金の実質的な価値が低下する可能性があります。
たとえば現在100万円で買えるものが、将来も100万円で買えるとは限りません。
元本の値動きを抑えることだけではなく、
長期間の物価上昇にどう対応するのか
という視点も必要です。
一方で、値動きの大きな商品へ過度に集中すれば、大きな損失を抱える可能性もあります。
重要なのは、自分の年齢や運用期間、リスク許容度を考えながら資産を配分することです。
結論
企業型確定拠出年金は、会社が社員のために掛金を拠出し、その資金を社員自身が運用して老後資産を形成する制度です。
企業型DCとも呼ばれます。
従来型の確定給付企業年金では、一定の算定方法に基づく将来の給付を実現するため、企業側が年金資産の積み立てや運用を管理します。
企業型DCでは、会社が掛金を拠出した後、その資産をどのように運用するかは基本的に社員自身が判断します。
そのため将来受け取る金額は運用結果によって変わります。
企業にとっては将来の負担を見通しやすくなり、社員にとっては転職時に年金資産を持ち運べるという特徴があります。
一方で、老後資金を自分で運用する責任も大きくなります。
退職金から企業型DCへの移行は、単なる制度の名前の変更ではありません。
会社が老後資金を用意してくれる仕組みから、
会社が掛金を出し、社員自身も老後資金づくりに責任を持つ仕組み
への変化でもあります。
人材流動化が進み、転職が一般的になるほど、会社員は勤務先の退職金額だけでなく、
企業型DCがあるのか
会社はいくら掛金を出しているのか
自分の資産がどのように運用されているのか
まで確認することが重要になります。
参考
日本経済新聞 2026年8月31日夕刊 退職金、なくなるの? 人材流動化で見直しも