自分が突然の病気や事故によって意思を伝えられなくなったとき、どのような医療や介護を受けたいのか、家族に話したことはあるでしょうか。
人工呼吸器による治療を希望するのか、できる限り自宅で過ごしたいのか、それとも医療や介護の体制が整った施設で安心して暮らしたいのか。
こうした希望は、一人ひとりの価値観や人生観によって異なります。
しかし、本人が元気なうちに家族と話し合っているケースは、必ずしも多くありません。
厚生労働省の2022年度調査では、人生の最終段階における医療やケアについて話し合う「人生会議」をよく知っている一般国民は5.9%にとどまりました。
医療技術の進歩によって、重い病気になっても生命を維持できる可能性が広がる一方、本人が望む生き方と医療方針をどのように一致させるかが重要な課題になっています。
今回は、人生会議の基本的な仕組みと必要性、家族で話し合うべき内容、実際に取り組む際の注意点について解説します。
人生会議とは何か
人生会議は、アドバンス・ケア・プランニングと呼ばれる取り組みです。
英語の頭文字を取ってACPとも呼ばれています。
将来、病気や事故などによって自分の意思を伝えられなくなる可能性に備え、希望する医療やケアについて、家族や医療・介護関係者と繰り返し話し合うことを意味します。
厚生労働省は2018年から「人生会議」という愛称を使い、普及を進めています。
人生会議の目的は、単に延命治療を希望するかどうかを決めることではありません。
本人が何を大切にして生きているのか、どのような生活を望んでいるのかを共有することが中心になります。
例えば、住み慣れた自宅で過ごすことを大切にする人もいれば、家族に介護の負担をかけないことを優先する人もいます。
また、できる限り長く生きたいと考える人もいれば、身体的な苦痛を減らすことを重視する人もいます。
どの考え方が正しいというものではありません。
本人の価値観を尊重し、その時点で可能な医療やケアについて話し合うことが人生会議の基本です。
なぜ人生会議が必要なのか
人生会議が必要とされる背景には、高齢化と医療技術の進歩があります。
人工呼吸器や人工透析、集中治療などの発達によって、以前であれば救命が難しかった病気や状態でも、治療を続けられる場合が増えています。
これは医療の大きな進歩です。
一方で、治療によって生命を維持できることと、本人が望む生活を送れることは、必ずしも同じではありません。
例えば、重い病気によって意識が回復しない状態が続いた場合、生命維持治療をどこまで行うかについて難しい判断が必要になることがあります。
本人が意思表示できなければ、家族は本人が何を望んでいたのか分からず、悩む可能性があります。
家族の間で意見が分かれることも考えられます。
このような状況に備え、元気なうちから本人の考えを共有しておくことが重要になります。
ただし、人生会議を行ったからといって、将来の医療方針がすべて確定するわけではありません。
実際の治療は、病状や医学的な見通し、本人の現在の意思などを踏まえて判断されます。
人生会議は、本人の希望を尊重するための継続的な対話なのです。
人生会議の認知度は依然として低い
厚生労働省の2022年度調査によると、ACPについて「よく知っている」と回答した一般国民は5.9%でした。
2017年度の3.3%からは上昇していますが、認知度はまだ十分とはいえません。
一方、医師や看護師、介護支援専門員では、ACPをよく知っている人がそれぞれ5割近くに達しています。
この違いは、医療や介護の現場と一般家庭との間に、人生会議に関する認識の差があることを示しています。
医療・介護関係者にとっては身近なテーマでも、一般の人にとっては日常生活の中で考える機会が少ないのかもしれません。
また、人生の最終段階について話すこと自体に抵抗を感じる人もいるでしょう。
しかし、本人が希望を伝えないまま意思表示できなくなれば、家族や医療関係者は難しい判断に直面します。
人生会議を普及させるためには、医療機関だけでなく、家庭や地域社会でも自然に話題にできる環境づくりが必要です。
家族と話し合っておきたい医療の希望
人生会議では、どのような内容について話し合えばよいのでしょうか。
まず重要なのは、本人が医療に何を求めるかという点です。
例えば、重い病気になった場合に、回復の可能性を重視して積極的な治療を希望するのか、身体的な苦痛を軽減することを優先したいのかという考え方があります。
また、人工呼吸器や心肺蘇生などの生命維持治療について、本人がどのような思いを持っているかを共有することも考えられます。
ただし、こうした治療は病状によって効果や負担が大きく異なります。
例えば、人工呼吸器は一時的な呼吸不全から回復するために使用される場合もあれば、重い病気によって長期間必要になる場合もあります。
そのため、人工呼吸器を希望するかどうかを単純に決めるだけでは十分ではありません。
どのような状況で、何を目的とした治療を受けたいのかを考える必要があります。
具体的な治療方法については、医師から説明を受けながら検討することが大切です。
介護についても希望を共有する
人生会議は、医療だけでなく介護について考える機会にもなります。
例えば、介護が必要になった場合、できる限り自宅で暮らしたいと考える人は少なくないでしょう。
一方で、家族に負担をかけたくないため、介護施設への入居を希望する人もいます。
ここで重要なのは、本人の希望と家族の生活状況を分けて考えることです。
本人が自宅での介護を希望していても、家族が仕事を続けながら十分な介護を提供することが難しい場合があります。
逆に、本人が施設入居を希望していても、費用面などの理由から希望する施設を利用できない可能性もあります。
そのため、人生会議では希望を共有するとともに、実現するために必要な条件についても話し合うことが大切です。
地域包括支援センターやケアマネジャーなどに相談し、利用できる介護サービスを確認しておくことも有効です。
医療と介護を別々に考えるのではなく、将来の生活全体を見据えて準備する必要があります。
本人の意思が確認できない場合はどうなるのか
人生会議の重要性が最も高まるのは、本人が意思表示できなくなった場合です。
例えば、突然の脳卒中や重い事故によって意識を失い、治療方針について自分の考えを伝えられなくなることがあります。
この場合、家族が本人の考えを知っているかどうかが重要になります。
厚生労働省のガイドラインでは、本人の意思を確認できない場合、家族等が本人の意思を推定できるときには、その推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針を基本として医療・ケアチームが慎重に判断することとされています。
本人の意思を推定できない場合には、家族等と十分に話し合い、本人にとって最善と考えられる方針を検討します。
家族等がいない場合や、家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合にも、本人にとって最善の方針を慎重に検討することが求められます。
重要なのは、家族が本人に代わってすべての医療行為を自由に決定できるわけではないという点です。
本人の意思を尊重することを基本として、医療・ケアチームと十分に話し合う必要があります。
生命維持治療を巡る新しい指針
2026年9月下旬、日本集中治療医学会など4学会は、救急・集中治療における生命維持治療について、新たな指針を公表しました。
人工呼吸器などの生命維持治療を開始しない場合や、終了する場合の手順を示したものです。
指針では、どこからが延命に当たるかを一律に区切ることは難しいとして、生命維持治療という表現が使われています。
治療方針は、患者本人の意思を尊重し、医療チームが患者や家族と十分に話し合って検討することが基本です。
本人の意思を確認できない場合には、家族等とともに本人にとって最善の方針を探ることになります。
この指針は、生命維持治療を一律に控えることを求めるものではありません。
患者ごとの病状や価値観を踏まえ、慎重に判断するための手順を示したものです。
人生会議によって本人の価値観が共有されていれば、こうした難しい場面での話し合いに役立つ可能性があります。
人生会議は一度決めたら終わりではない
人生会議について誤解されやすいのが、一度決めた内容を変更できないという考え方です。
実際には、本人の希望は時間とともに変化する可能性があります。
例えば、健康なときには積極的な治療を望まないと考えていた人が、実際に病気になったときには、治療を受けて家族と過ごす時間を延ばしたいと思うかもしれません。
反対に、以前はできる限り長く生きたいと考えていた人が、病状の変化によって苦痛の軽減を重視するようになることもあります。
どちらも本人の自然な意思の変化です。
人生会議では、過去の発言に本人を縛り付けるのではなく、その時点での意思を尊重することが重要です。
そのため、誕生日や年末年始など、家族が集まる機会に話し合いを見直す方法も考えられます。
また、入院や手術、介護サービスの利用開始など、生活環境が変化したときにも確認するとよいでしょう。
エンディングノートを活用する際の注意点
人生会議で話し合った内容を記録する方法として、エンディングノートがあります。
希望する医療や介護、連絡してほしい人、生活上の価値観などを記録しておけば、家族が本人の考えを理解する手掛かりになります。
ただし、エンディングノートに記載した内容が、将来の医療方針を法的に一律に拘束するわけではありません。
また、エンディングノートを作成しただけで人生会議が完了するわけでもありません。
本人がどのような理由でその希望を持っているのか、家族や医療・介護関係者が理解していることが重要です。
例えば、自宅で最期まで過ごしたいという希望があっても、病状や介護体制によっては実現が難しい場合があります。
そのようなときには、本人が自宅での生活に何を求めていたのかを考えることが必要になります。
家族と一緒に過ごしたかったのか、慣れた環境を大切にしていたのか、自由な生活を望んでいたのか。
希望の背景にある価値観を共有しておくことが、より適切な選択につながります。
人生会議を始めるための具体的な方法
人生会議を始める際には、最初から難しい医療の話をする必要はありません。
まずは、本人がこれからの人生で大切にしたいことについて話し合うことをおすすめします。
例えば、今後も続けたい趣味や活動、家族と過ごす時間、住み慣れた地域での生活などです。
そのうえで、病気や介護が必要になった場合に、どのような生活を希望するかを考えます。
次に、本人が意思を伝えられなくなったとき、誰に自分の考えを理解していてほしいかを確認します。
配偶者や子どもだけでなく、信頼できる友人などが重要な役割を果たす場合もあります。
さらに、具体的な医療や介護について疑問があれば、かかりつけ医や地域包括支援センターなどに相談することが考えられます。
話し合いを記録し、必要に応じて関係者と共有しておくことも大切です。
ただし、人生会議は本人の意思を尊重して行うものであり、話し合いを希望しない人に無理に参加を求めるべきではありません。
本人の気持ちや状況に配慮しながら、少しずつ進めることが重要です。
結論
人生会議は、将来の医療や介護について本人の希望を尊重するための重要な取り組みです。
医療技術が進歩し、さまざまな治療の選択肢が広がる中で、本人が何を大切にして生きたいのかを共有することの重要性は高まっています。
しかし、人生会議は特定の治療を受けるか受けないかを決めるだけのものではありません。
本人の価値観や人生観を家族や医療・介護関係者と共有し、状況に応じて繰り返し話し合うことが本質です。
また、本人の希望は健康状態や生活環境によって変化する可能性があります。
一度決めた内容にこだわるのではなく、その時点での本人の意思を尊重する必要があります。
人生100年時代には、医療や介護の選択が人生の質に大きな影響を与えることがあります。
だからこそ、元気なうちから家族と将来について話し合っておくことが大切です。
人生会議は、人生の終わり方を決めるためだけの活動ではありません。
自分が最後までどのように生きたいのかを考え、その思いを大切な人と共有するための活動なのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月16日 終活ゲームで身近に かるたなど開発、家族と話すきっかけに
厚生労働省 2022年度 人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査
厚生労働省 2018年3月 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン
日本集中治療医学会など4学会 2026年9月 救急・集中治療における生命維持治療に関する指針