事業承継は、中小企業にとって避けて通れない経営課題です。経営者の高齢化が進む中、多くの企業では「後継者は決まったが、相続税や贈与税の負担が重く、円滑に引き継げるか不安」という声が少なくありません。
近年は事業承継税制の活用が広がっていますが、一方で制度の複雑さや将来への不安から利用をためらう経営者も少なくありません。
こうした中、日本公認会計士協会は令和9年度税制改正に向けた意見書を公表し、事業承継税制のさらなる見直しを提言しました。
今回は、その背景と今後期待される制度の方向性について考えてみたいと思います。
事業承継税制とは何か
事業承継税制とは、一定の要件を満たした場合に、後継者が取得した自社株式に係る相続税や贈与税の納税を猶予または免除する制度です。
非上場企業では、自社株の評価額が高額になることが多く、相続税が経営の継続を妨げるケースもあります。
税負担によって株式を売却せざるを得なくなれば、経営権が分散し、企業の存続そのものが危うくなることもあります。
そのため、この制度は中小企業の事業承継を支える重要な政策として位置付けられています。
現行制度には利用しにくい面もある
制度自体は充実してきましたが、実際には利用件数が期待ほど伸びていないという指摘もあります。
その理由の一つが、将来にわたって厳しい要件を維持しなければならないことです。
承継後の経営環境は予測できません。
景気変動や人材不足、業績悪化など、企業を取り巻く環境は常に変化しています。
制度の適用後も長期間にわたり要件を満たし続ける必要があることが、経営者にとって大きな心理的負担となっています。
納税猶予は「永久」ではなく「安心」が重要
今回の提言で注目されるのは、一定期間安定して事業が継続されている企業については、納税猶予額を段階的に減額する仕組みの導入を検討すべきとした点です。
これは「承継後も長年経営を続けてきた企業まで、いつまでも同じリスクを負い続ける必要はない」という考え方です。
制度を利用する経営者にとっては、将来の不確実性が小さくなれば、安心して事業承継に踏み切りやすくなります。
税制は税金を集める仕組みであると同時に、企業活動を後押しする制度でもあります。
株式の集中保有が経営を守る
もう一つの提言は、納税猶予の対象となる株式数の制限を見直すことです。
現在の一般措置では対象となる株式数に上限があります。
しかし、中小企業では経営権を安定的に維持するため、できるだけ株式を後継者へ集中させることが重要になります。
株式が分散すると、意思決定が難しくなったり、将来的な株式買い取り問題が発生したりする可能性があります。
経営の安定という観点からも、制度の柔軟化を求める意見には一定の合理性があります。
新しい挑戦を後押しする税制へ
企業が次の成長を目指すためには、新規事業や設備投資への積極的な投資が欠かせません。
しかし、多額の納税資金を確保しなければならない状況では、挑戦に使える資金が限られてしまいます。
税制が経営資源を守ることで、新たな投資や雇用創出につながれば、日本経済全体にも好影響を与えるでしょう。
単なる税負担の軽減ではなく、企業の成長力を高める制度設計が求められる時代になっています。
働き方の変化に税制も対応する時代
今回の意見書では、テレワークや多様な働き方に対応した税制の見直しについても提言されています。
これまでの税制は、「会社へ出勤して働く」ことを前提に設計された制度が少なくありません。
しかし、現在では在宅勤務やリモートワーク、副業など働き方は急速に多様化しています。
社会が変われば、税制も変わらなければ公平性を維持することはできません。
企業活動や働き方の実態に合わせた制度改革は、今後ますます重要になっていくでしょう。
税制改正は企業経営そのものを変える
税制改正というと、税率や控除額ばかりに目が向きがちです。
しかし、本当に重要なのは、税制が企業経営や社会の方向性をどのように導くかという視点です。
事業承継税制の見直しは、単なる相続税対策ではありません。
地域経済を支える中小企業を次世代へ引き継ぎ、日本経済全体の活力を維持するための重要な政策でもあります。
制度が現実に即したものへ改善されれば、安心して承継できる企業はさらに増えていくでしょう。
結論
日本では今後10年から20年にかけて、多くの中小企業が事業承継という大きな転換期を迎えます。
優れた技術や地域に根差した企業を次世代へ引き継ぐためには、経営者だけの努力では限界があります。
税制もまた、その重要な支援策の一つです。
今回示された提言が今後の税制改正にどのように反映されるかはまだ分かりませんが、事業承継を「相続問題」ではなく「経営戦略」として考える流れは、今後さらに強まっていくでしょう。
参考
税のしるべ
2026年6月29日
会計士協会が9年度税制改正の意見書を公表、事業承継税制の緩和など求める