転職によって給料が大きく上昇しているのは、ITエンジニアだけではありません。
2026年4月から6月にインディードリクルートパートナーズのサービスを通じて転職した人のうち、賃金が1割以上増えた割合は事務系専門職で52.0%となりました。
転職者の半数以上が1割以上の賃金上昇を経験したことになります。
事務系という言葉から、書類作成やデータ入力などの一般事務を想像するかもしれません。
しかし、ここでいう事務系専門職は意味が異なります。
経営企画、人事、法務など、企業経営を支える高度な知識や実務経験を必要とする仕事です。
こうした仕事では、会社ごとの違いを超えて利用できる専門知識や経験があり、転職市場で人材の奪い合いが起きています。
事務系専門職とは何か
事務系専門職とは、企業の管理部門などで専門的な知識や経験を利用して仕事をする人材です。
代表的なのが経営企画、人事、法務などです。
財務や経理などが含まれる場合もあります。
一般的な事務作業との大きな違いは、決められた手続きを処理するだけではなく、専門知識を使って判断したり、会社の課題を解決したりすることです。
例えば法務担当者なら、契約書を単に管理するだけではありません。
契約内容にどのようなリスクがあるのかを判断し、事業部門と相談しながら条件を修正します。
経営企画なら、資料を作るだけではありません。
会社の経営状況を分析し、どの事業へ投資するのか、どの事業から撤退するのかといった経営判断を支援します。
人事でも、給与計算や入退社手続きだけではなく、人事制度や採用戦略、組織改革などを担当する仕事があります。
同じ事務系でも、担当する仕事によって求められる能力は大きく異なります。
一般事務とは何が違うのか
一般事務では、決められた手順に沿って正確に仕事を処理する能力が重要になります。
書類を作成する。
データを入力する。
会議の日程を調整する。
社内外からの問い合わせに対応する。
こうした仕事も企業運営には欠かせません。
一方、事務系専門職では正解があらかじめ決まっていない問題を扱うことが多くなります。
例えば会社が新しい事業を始めるとします。
経営企画は、その市場に参入する価値があるのかを分析します。
法務は、新事業にどのような法的リスクがあるのかを確認します。
人事は、新事業に必要な人材をどのように採用し配置するかを考えます。
単純に決められた作業を処理するのではなく、それぞれの専門知識を使って会社の意思決定に関与します。
この違いが転職市場での評価にも影響します。
経営企画にはどのような専門性があるのか
経営企画という仕事は、会社によって担当範囲が大きく異なります。
中期経営計画を作る会社もあります。
予算管理を担当する会社もあります。
M&Aや新規事業、事業ポートフォリオ改革などを担当する場合もあります。
重要なのは、経営数字を理解しながら会社全体を見る能力です。
例えば売上が伸びている事業があっても、利益率が低ければ会社全体の収益性は改善しないかもしれません。
逆に現在の売上は小さくても、将来大きく成長する事業であれば投資を増やす必要があります。
経営企画には、財務数値、市場動向、競争環境などを分析して経営陣の判断につなげる能力が求められます。
こうした経験を持つ人は、新しい会社でも経営課題の分析に能力を利用できるため、転職市場で評価されやすくなります。
経営企画では経験の中身が重要になる
同じ経営企画という肩書でも、市場価値は同じではありません。
毎年決められた予算資料を取りまとめていた人と、大規模な事業再編を主導した人では経験が違います。
例えばM&A案件を担当した経験がある人なら、買収候補企業の分析から交渉、買収後の統合まで経験しているかもしれません。
海外事業の立ち上げを担当した人なら、海外市場や現地法人の管理について知識を持っている可能性があります。
事業撤退を経験した人なら、会社が不採算事業を整理するときの難しさを理解しています。
転職市場では経営企画という職種名だけではなく、そこで何を経験したのかが評価されます。
希少な経営課題を実際に経験した人ほど、即戦力として高く評価されやすくなります。
人事にも専門性がある
人事という仕事も非常に幅広いものです。
採用。
教育。
人事評価。
給与制度。
労務管理。
人員配置。
組織開発。
これらはすべて人事の仕事ですが、必要な専門性は異なります。
特に企業が変革を進めるときには、人事の専門性が重要になります。
例えば年功型の人事制度から職務や役割を重視する制度へ変更する場合、人事制度を設計できる人が必要です。
高度専門人材を採用するのであれば、従来とは異なる給与体系を作る必要があるかもしれません。
企業買収をすれば、異なる給与制度や企業文化を持つ二つの会社を統合する必要があります。
こうした仕事は単純な人事事務ではありません。
企業経営そのものに関わる専門業務です。
法務経験が評価される理由
法務も専門性が非常に表れやすい仕事です。
企業活動には多くの法律が関係します。
契約。
M&A。
知的財産。
個人情報。
労働問題。
海外取引。
コンプライアンス。
企業が新しい事業を始めるほど、新しい法的問題も発生します。
法務担当者には、法律を知っているだけではなく、事業と法律の両方を理解する能力が求められます。
法律上のリスクをすべて避けようとすれば、新しい事業を進められなくなることがあります。
一方、リスクを軽視すれば会社に大きな損害が発生する可能性があります。
どこまでリスクを取れるのかを事業部門と一緒に考えることが企業法務の重要な役割です。
こうした判断力は長期間の実務経験によって身に付きます。
法改正が専門人材への需要を生む
法務や人事では、法律や制度の変更も人材需要につながります。
新しい規制が導入されれば、企業は対応しなければなりません。
自社に詳しい人材がいなければ、経験者を外部から採用することがあります。
法改正や新しい規制は多くの企業に同時に影響します。
すると同じ専門知識を持つ人材を多数の企業が一斉に求めることになります。
供給できる経験者が少なければ、人材獲得競争が起きます。
企業はより高い年収を提示して経験者を確保しようとします。
専門職の市場価値は、企業内部の事情だけではなく、社会や制度の変化によっても動くのです。
なぜ転職すると年収が上がりやすいのか
事務系専門職の年収が転職によって上昇する理由の一つは、専門能力に外部市場で値段が付くからです。
例えば現在の会社で法務担当として年収600万円を受け取っている人がいるとします。
長期間同じ会社に勤務しているため、給与は社内の昇給制度に従って少しずつ上昇してきました。
ところが転職市場では、その人が持つM&Aや海外契約などの経験を必要としている会社が年収750万円を提示するかもしれません。
現在の会社では給与が社内制度によって決まります。
転職先では、その専門能力を獲得するために必要な市場価格によって給与が決まります。
この違いによって、転職時に年収が大きく上昇することがあります。
専門性と業界知識を組み合わせると希少性が高くなる
事務系専門職では、専門知識だけではなく業界知識との組み合わせも重要です。
例えば法務経験10年という人は一定数存在します。
しかし医薬品業界の規制に詳しい法務担当者となれば人数は少なくなるかもしれません。
人事経験者も多数います。
しかし海外企業の買収後に人事制度を統合した経験を持つ人は限られるでしょう。
経営企画経験者でも、製造業の事業再編や海外拠点の再構築を経験した人となれば希少性が高まります。
専門性に別の経験を掛け合わせるほど、同じ能力を持つ人が少なくなります。
企業がその組み合わせを必要としていれば、市場価値は高くなりやすくなります。
AIで事務系専門職はどう変わるのか
生成AIは事務系の仕事にも大きな影響を与える可能性があります。
資料の要約。
文章の作成。
データ整理。
契約書の確認支援。
求人原稿の作成。
こうした仕事の一部はAIによって効率化できます。
そのため事務系の仕事ならすべて市場価値が高まるわけではありません。
むしろ定型的な作業だけを担当する仕事では、人手需要が減る可能性があります。
一方、AIが作成した情報を使って最終的な判断をする仕事の重要性は残ります。
経営企画なら、AIが作った分析結果からどの事業へ投資するかを判断する。
法務なら、AIが示した契約リスクを踏まえて事業部門と交渉する。
人事なら、AIによる人材分析を利用して組織や人事制度を設計する。
AIによって専門職が不要になるというより、単純作業から判断や問題解決へ仕事の中心が移っていく可能性があります。
会社を変えても使える能力が評価される
事務系専門職の市場価値を考えるうえで重要なのは、その能力を別の会社でも利用できるかどうかです。
現在の会社だけで使われている独自システムに詳しいことは、社内では大きな価値があります。
しかし転職先では同じシステムを使っていないかもしれません。
一方、M&A、人事制度設計、契約交渉、経営分析などの経験は、会社が変わっても利用できる可能性があります。
こうした能力は転職市場で評価されやすくなります。
専門職の市場価値とは、現在の会社でどれだけ重要な仕事をしているかだけではありません。
その経験を会社の外へ持ち出せるかどうかも重要なのです。
結論
事務系専門職とは、単に事務作業を行う人ではなく、経営企画、人事、法務などの分野で専門知識や実務経験を使って企業の課題を解決する人材です。
2026年4月から6月に転職した事務系専門職では、52.0%が転職後に賃金を1割以上増やしました。
背景には、企業が即戦力となる専門人材を求めていることがあります。
経営企画では経営分析やM&A、新規事業などの経験が評価されます。
人事では制度設計や組織改革などの経験が重要になります。
法務では契約やM&A、規制対応などの実務経験が価値になります。
こうした能力は短期間では身に付きません。
そのため経験者が不足すれば、企業同士の人材獲得競争が起き、高い年収が提示されます。
一方、AIによって定型的な事務作業は効率化されていく可能性があります。
これから重要になるのは、単に事務処理ができることではなく、専門知識を使って判断し、会社の問題を解決できることです。
事務系専門職の転職で年収が上がっていることは、ホワイトカラーの仕事でも、勤続年数や肩書ではなく、会社を変えても利用できる専門性に市場価格が付き始めていることを示しているのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職者の半数、給料1割以上増
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職市場、年収引き上げ続く