定年後に別の会社へ再就職すると、以前より賃金が下がることがあります。
長年働いてきた。
管理職も経験した。
部下も大勢いた。
大きな仕事も任されていた。
それなのに転職先から提示された賃金を見ると、定年前の給与とは大きな差がある。
こうしたことが起こる背景には、企業の中で決まる賃金と、転職市場で決まる賃金の違いがあります。
長年勤めた会社で受け取っていた給与は、その人の能力だけで決まっていたとは限りません。
勤続年数、役職、会社独自の人事制度など、さまざまな要素が含まれています。
一方、別の会社へ移れば、それまでの肩書や勤続年数はいったん外れます。
そこで問われるのが、
新しい会社で何ができるのか
という市場価値です。
定年前賃金と再就職賃金は決まり方が違う
同じ人が働くのだから、会社が変わっても同じくらいの給与をもらえると思うかもしれません。
しかし、賃金の決まり方は同じではありません。
長年勤務してきた会社では、
勤続年数
昇進
役職
過去の実績
社内での責任
会社独自の賃金制度
などが給与に反映されています。
例えば部長になれば、担当する実務だけでなく、組織全体を管理する責任に対して役職に応じた処遇を受けることがあります。
ところが再就職先では、その役職をそのまま引き継ぐわけではありません。
新しい会社が必要としている仕事に対して、どの程度の価値を提供できるのかを改めて評価されます。
企業内評価と労働市場評価は違う
長年同じ会社で働いていると、自分の評価は会社の中で形成されます。
この人なら重要な取引先を任せられる。
社内事情をよく理解している。
関係部署との調整ができる。
部下から信頼されている。
経営陣とも意思疎通できる。
こうした能力には大きな価値があります。
ただし、その一部は現在の会社だからこそ価値を持つ能力です。
例えば、
社内の人脈
独自システムについての知識
社内ルール
特定顧客との関係
などです。
会社を移ると、これらの価値がそのまま利用できるとは限りません。
労働市場では、
別の会社でも利用できる能力は何か
が改めて問われます。
役職そのものには値段がつかない
シニアの再就職で特に注意したいのが、役職と能力を同じものとして考えないことです。
例えば、
部長を10年間経験した
という職歴があったとします。
以前の会社では重要な経歴です。
しかし採用する会社が知りたいのは、
部長だったこと
だけではありません。
何人の組織を管理したのか。
どのような問題を解決したのか。
どの程度の予算を管理したのか。
部下をどのように育成したのか。
業績をどのように改善したのか。
こうした具体的な能力や成果です。
部長という肩書は会社によって意味が違います。
そのため転職市場では、肩書を具体的なスキルへ翻訳する必要があります。
管理職経験がそのまま評価されない理由
管理職経験は価値のないものではありません。
むしろ、
人材育成
問題解決
組織運営
計画策定
関係者との調整
など、別の会社でも利用できる能力が含まれています。
問題は、
管理職経験があります
だけでは、その能力が伝わらないことです。
さらに転職先が管理職を募集しているとは限りません。
企業が、
若手社員への指導ができる人
を求めているなら、人材育成経験が評価されるかもしれません。
企業が、
新しい部署を管理する人
を求めているなら、組織運営経験が評価される可能性があります。
しかし企業が一般的な事務担当者を募集している場合、過去に大きな組織を管理した経験が給与に反映されるとは限りません。
企業は過去の役職ではなく、現在募集している仕事に必要な能力へ賃金を支払うからです。
会社の規模が変われば役割も変わる
大企業から中小企業へ再就職する場合には、仕事の内容が大きく変わることがあります。
大企業では仕事が細かく分業されています。
人事。
経理。
法務。
システム。
営業。
それぞれに専門部署があります。
一方、中小企業では一人が幅広い仕事を担当することがあります。
大企業で管理職をしていた人でも、
自分で資料を作る
自分で顧客に連絡する
自分でパソコンを操作する
といった実務が必要になる場合があります。
管理する能力だけではなく、
自分で仕事を処理できるか
も評価されます。
この違いを理解しておく必要があります。
定年前の年収を基準にすると選択肢が狭くなる
再就職するとき、
以前は年収800万円だったから、次も800万円程度ほしい
と考えることがあります。
しかし、以前の給与をそのまま基準にすると求人の選択肢が狭くなる可能性があります。
重要なのは、
以前いくらもらっていたか
だけではなく、
次の仕事ではどのような役割を担当するのか
です。
責任が小さくなる。
勤務時間が短くなる。
部下を持たなくなる。
仕事内容が限定される。
こうした場合には、賃金が下がること自体には合理的な理由があります。
給与だけを比較するのではなく、仕事内容や責任、勤務時間も合わせて考える必要があります。
市場価値とは何か
市場価値という言葉は、人間そのものの価値を表しているわけではありません。
労働市場で、
その能力を必要としている企業がどの程度あるのか
という意味で考えることができます。
例えば非常に高度な能力を持っていても、その能力を必要とする企業がほとんどなければ、高い賃金につながらない場合があります。
一方、多くの企業が必要としている能力を持つ人が少なければ、賃金は高くなりやすくなります。
つまり市場価値は、
能力の高さ
だけではなく、
企業からの需要
と関係します。
シニアの再就職では、自分が得意なことだけでなく、その能力を必要としている企業があるのかを見ることが重要です。
ポータブルスキルに変換する
長年の会社員経験を再就職で評価してもらうためには、経験をポータブルスキルへ変換することが重要です。
例えば、
営業部長を10年間
ではなく、
20人の営業組織を管理
若手社員の育成
重要顧客との価格交渉
営業計画の策定
業務改善
と分解します。
経理部長なら、
決算管理
資金繰り
予算管理
監査対応
経営層への報告
部下育成
などに分解できます。
すると別の会社でも利用できる能力が見えてきます。
役職を説明するのではなく、
何ができるのか
を説明することが重要です。
専門性があると評価されやすい場合がある
シニアの再就職では、専門性が強みになることがあります。
例えば、
特定の技術
会計や税務
法務
人事労務
品質管理
特定業界の知識
などです。
企業がその能力を必要としていれば、年齢にかかわらず評価される可能性があります。
ただし、
経験年数が長い
だけでは十分ではありません。
現在の制度や技術に対応できることも必要です。
長年の専門経験に、新しい知識やデジタルスキルを加えることで市場価値を維持しやすくなります。
AI時代には定型業務の価値が変わる
今後はAIによって市場価値そのものも変化する可能性があります。
例えば、
資料作成
情報検索
定型的な文書作成
データ整理
などはAIによる効率化が進みます。
これらの作業だけを強みにしている場合、企業が高い賃金を支払う理由は弱くなる可能性があります。
一方、
AIが出した結果を判断する
複雑な問題を解決する
顧客と交渉する
人を育成する
専門知識を使って最終判断する
といった能力は重要になります。
市場価値は固定されたものではなく、技術や企業ニーズによって変化します。
再就職前に生活に必要な収入を整理する
シニアの再就職では、
いくら稼げるか
だけでなく、
いくら必要なのか
を考えることも重要です。
住宅ローン。
生活費。
教育費。
老後資金。
年金。
保有資産。
家庭によって状況は異なります。
定年前と同じ年収が本当に必要なのかを整理すると、仕事選びの幅が広がる場合があります。
例えば一定の収入が確保できれば、
週3日勤務
短時間勤務
専門業務だけを担当
という働き方を選べるかもしれません。
賃金と自由時間を交換するという考え方もできます。
賃金だけで再就職を評価しない
再就職で給与が下がると、
自分の価値が下がった
と感じる人もいるかもしれません。
しかし給与だけでは仕事の価値を判断できません。
勤務時間が短くなった。
責任が軽くなった。
通勤時間が短くなった。
自分の得意分野だけを担当できる。
自由時間が増えた。
こうした変化もあります。
特に定年後の働き方では、
年収を最大化すること
だけが目的とは限りません。
収入、時間、やりがい、健康などを組み合わせて考える必要があります。
結論
シニアの再就職で賃金が下がりやすい理由の一つは、定年前の給与と再就職後の給与では評価の仕組みが違うからです。
長年勤めた会社では、
勤続年数
役職
社内での責任
人間関係
会社独自の知識
などが給与に反映されています。
しかし別の会社へ移れば、それらがすべて同じ価値を持つわけではありません。
再就職先が見るのは、
自社で何ができるのか
です。
そのため、部長だった、課長だったという肩書だけではなく、
人材育成
問題解決
顧客との交渉
予算管理
専門的な判断
など、具体的な能力へ経験を変換する必要があります。
さらに重要なのは、市場価値は過去の給与で決まるものではないということです。
その能力を必要としている企業がどのくらいあるのか。
同じ能力を持つ人がどのくらいいるのか。
AIや技術革新によって需要がどう変化するのか。
こうした労働市場の状況によって評価は変わります。
シニアの再就職では、定年前の給与を守ることだけを目標にするのではなく、
自分は何ができるのか
その能力を必要とする仕事はどこにあるのか
自分にはどの程度の収入が必要なのか
を整理することが重要です。
役職から能力へ。
社内評価から市場評価へ。
この切り替えが、シニアが再就職を考えるときの重要な出発点になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 老いるハローワークとAI