動画や音楽の配信サービス、通販の定期購入、スポーツジム、習い事など、毎月一定額を支払って商品やサービスを利用する継続的な契約が身近になっています。
こうしたサービスは簡単に契約できる一方で、「契約は数分でできたのに解約方法が分からない」「解約しようとすると引き留められる」といった問題もあります。
そこで消費者庁は、継続的な契約について、事業者が消費者の解約を不当に妨害する行為を法律で禁止する方向で検討を進めています。
ポイントは、消費者保護の対象が「契約するとき」だけでなく「契約を終わらせるとき」にも広がろうとしていることです。
消費者契約法とは何か
今回、改正が検討されているのが消費者契約法です。
消費者契約法は、消費者と事業者の間には、持っている情報の量や交渉力に大きな差があるという考え方を前提としています。
たとえば、事業者が重要な事項について事実と異なる説明をして契約させる不実告知や、将来どうなるか分からないことを確実であるかのように説明する断定的判断の提供などについて、一定の場合には消費者が契約を取り消すことができます。
また、事業者の損害賠償責任を不当に免除するような契約条項について、無効とする仕組みも設けられています。
これまでの消費者契約法は、契約を結ぶ場面での不当な勧誘を防ぐことが重要な柱でした。
今回の改正では、その考え方を解約の場面にも広げようとしているところに大きな特徴があります。
なぜサブスクの解約が問題になるのか
サブスクリプション形式のサービスでは、一度契約すると、消費者が解約しない限り契約が継続するものが少なくありません。
事業者にとっては、利用者が長く契約を続けるほど安定した収入につながります。
一方、消費者にとっては「使わなくなったからやめたい」と思ったときに、簡単に解約できることが重要です。
ところが、契約するときにはウェブサイト上で簡単に手続きできたのに、解約しようとすると複雑な手続きが必要になるケースがあります。
さらに、解約を申し出た消費者に対して事実と異なる説明をしたり、不確実なことを断定的に説明したりして、契約を続けさせようとすることも考えられます。
契約の自由には、契約する自由だけでなく、一定の条件のもとで契約を終了させる自由もあります。
そのため、解約手続きを意図的に難しくする行為についても、消費者保護の観点から規制する必要性が高まっているのです。
どのような解約妨害が禁止されるのか
今回検討されている法改正では、継続的な商品やサービスの契約について、解約の判断を妨げる一定の行為を禁止する方向です。
たとえば、解約するかどうかの判断に影響する重要な内容について、事業者が事実と異なる説明をする行為です。
また、将来どうなるか分からない不確実な事項について、確実であるかのように断定的な判断を示すことも対象として想定されています。
さらに、店舗などへ解約に来た消費者をその場に留め置き、解約を妨げるような行為も禁止対象として検討されています。
興味深いのは、これらが現在の消費者契約法で契約時の不当勧誘として問題になる行為とよく似ていることです。
つまり、
契約するときにだましてはいけない。
契約するときに不当に引き留めてはいけない。
という考え方を、
解約するときにもだましてはいけない。
解約するときにも不当に引き留めてはいけない。
という形に広げようとしているわけです。
対象は動画配信だけではない
サブスクというと、動画配信や音楽配信を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、今回想定されている規制対象はかなり幅広いものです。
電子商取引サイトやカタログ通販などによる商品の定期購入も対象として念頭に置かれています。
さらに、スポーツジムや習い事など、一定期間にわたってサービスが継続して提供される契約も想定されています。
つまり、毎月料金を支払う典型的なデジタルサービスだけの問題ではありません。
商品やサービスが継続的に提供され、消費者側から解約の意思表示をする必要がある契約全般に関係する可能性があります。
自動更新にも新しいルールが検討される
継続契約でもう一つ問題になりやすいのが自動更新です。
たとえば、1年間の契約を結び、期限までに解約の申し出をしなければ自動的に次の1年間へ更新される契約があります。
消費者が更新期限を忘れてしまえば、本人はやめるつもりだったのに契約が続いてしまうことがあります。
そこで今回の見直しでは、消費者が契約を更新しないという意思を示す機会を確保するため、事業者が申し出期限や手続き方法などを通知することを努力義務とする方向です。
たとえば、
いつまでに申し出れば更新されないのか。
どのような方法で解約できるのか。
といった情報を事前に知らせることが想定されます。
自動更新そのものを禁止するのではなく、消費者が知らないうちに更新されることを減らす考え方です。
値上げなどの重要変更は個別通知へ
さらに重要なのが、契約途中で条件が変更される場合です。
サブスクでは、サービス開始時には月額1000円だった料金が、その後1200円に値上げされるといったことがあります。
利用規約を変更してウェブサイトに掲載しただけでは、消費者が変更に気づかない可能性があります。
そこで、値上げなど契約の重要事項を変更する場合には、変更前に消費者へ個別に通知することを義務付ける方向です。
これは自動更新とも深く関係します。
料金が上がることを知らないまま契約が自動更新されれば、消費者は十分な判断をしないまま新しい条件で契約を続けることになります。
重要な変更を事前に知らせ、そのうえで継続するか解約するかを判断できるようにするわけです。
適格消費者団体が差し止めを求められる
今回の改正で特に重要なのが、違反行為への対応です。
一人の消費者が数千円程度の被害を受けた場合、そのためだけに事業者を相手に訴訟を起こすことは現実的ではありません。
そこで消費者契約法には、国から認定された適格消費者団体が、不特定多数の消費者に代わって事業者の不当な行為の差し止めを求める仕組みがあります。
今回の改正では、解約を不当に妨害する行為についても、この差し止め請求の対象にすることが検討されています。
これにより、一人ひとりの被害額が小さくても、多くの消費者に共通する不当な解約方法であれば、消費者団体が事業者に是正を求められるようになります。
個人のトラブルを個人だけで解決するのではなく、市場全体の不当な仕組みを是正する役割が期待されます。
ダークパターンの問題ともつながる
今回の見直しの背景には、インターネット取引の急速な拡大があります。
ウェブサイトやアプリでは、画面のデザインによって利用者の判断を特定の方向へ誘導することができます。
契約ボタンは大きく目立たせる一方、解約ボタンは見つけにくい場所に置く。
解約しようとすると何度も別のプランを勧める。
解約手続きを何画面にも分ける。
こうした消費者の選択を巧みに誘導する設計は、一般にダークパターンと呼ばれます。
インターネット上では、店員が強引に勧誘しなくても、画面設計そのものが消費者の判断に影響を与えることがあります。
従来の消費者法制は、人から人への勧誘を中心に作られてきました。
しかしデジタル社会では、ウェブサイトやアプリの設計そのものについても消費者保護の観点から考える必要が出てきています。
サブスクビジネスにも影響する
事業者側にとっても今回の改正は重要です。
サブスクビジネスでは、解約率を下げることが収益上の重要な課題です。
そのため、解約を申し出た利用者に別のプランを提案したり、一時休止を勧めたりすること自体は珍しくありません。
しかし、顧客維持のための営業活動と、不当な解約妨害との境界を明確にする必要があります。
今後法改正が実現すれば、事業者は契約時の説明だけでなく、
解約時の説明方法。
解約手続きの設計。
自動更新前の通知。
値上げなど重要事項変更時の通知。
といった契約終了までの一連の顧客対応を見直す必要が出てくるでしょう。
サブスクビジネスでは、契約を取りやすくすることだけでなく、適切に解約できる仕組みを整えることも重要なコンプライアンスになります。
結論
消費者庁は、サブスクリプションや定期購入、スポーツジム、習い事などの継続的な契約について、不当な解約妨害を消費者契約法で禁止する方向で検討を進めています。
重要なのは、消費者保護の考え方が契約時から解約時まで広がろうとしていることです。
解約時の虚偽説明や断定的な説明、消費者をその場に留め置く行為などを禁止し、適格消費者団体による差し止め請求の対象とすることが検討されています。
さらに、自動更新については更新しないための期限や手続きの通知を努力義務とし、値上げなど重要な契約変更については事前の個別通知を義務付ける方向です。
サブスクは、契約の簡単さによって急速に普及しました。
これから問われるのは「簡単に入れるサービス」であるだけでなく、「必要がなくなれば適切に出られるサービス」であることです。
契約から解約までを一体として消費者を守る方向へ、消費者契約のルールが変わろうとしています。
参考
日本経済新聞 2026年8月29日朝刊 サブスク解約妨害を禁止 消費者庁、法改正へ
日本経済新聞 2026年8月29日朝刊 消費者契約法 不当な勧誘・契約から保護