物価が上がると、同じ金額の年金を受け取っていても実際に買えるモノやサービスは少なくなります。
公的年金では物価や賃金の変動を一定程度反映する仕組みがありますが、企業年金は制度によって仕組みが異なります。
ところが、最近の賃金上昇と金利上昇によって、確定給付企業年金では給付額を増やせる余地が生まれています。
長く続いた低金利時代とは違う視点で企業年金を考える必要が出てきました。
確定給付企業年金とは何か
企業年金には、大きく分けて確定給付型と確定拠出型があります。
確定給付企業年金はDBと呼ばれ、あらかじめ定められたルールに基づいて将来の給付額が決まる制度です。
一方、確定拠出年金はDCと呼ばれ、会社などが拠出した掛金を従業員自身が運用し、その運用結果によって将来受け取る金額が変わります。
DBでは企業側が将来の給付について責任を負います。
運用環境が悪化して年金資産が不足すれば、企業に追加負担が生じる可能性があります。
このため、企業にとってDBは福利厚生制度であると同時に、長期間にわたって管理しなければならない財務上の制度でもあります。
予定利率とは何か
DBを理解するときに重要なのが予定利率です。
将来支払う年金を準備するためには、現在どれだけの資金を積み立てればよいかを計算する必要があります。
その計算の前提となる運用利回りが予定利率です。
予定利率が低ければ、将来必要となる年金資金を確保するために現在多くの資金を準備する必要があります。
逆に予定利率を高く設定できれば、運用によって得られる収益をより多く見込めるため、必要な積立額との関係にも変化が生じます。
長期間続いた超低金利環境では、企業年金にとって十分な利回りを確保することが難しい状況が続いていました。
しかし、金利上昇によって環境が変わり始めています。
金利上昇が給付改善につながる理由
国内金利が上昇すると、企業年金にとって運用の選択肢が広がります。
特に大きいのが国内債券です。
低金利時代には、日本国債を保有しても十分な利回りを得ることが難しく、企業年金は株式や外国債券などにも運用先を広げる必要がありました。
外国債券には為替変動リスクがあります。
一方、円建ての国内債券で一定の利回りを確保できるようになれば、為替リスクを負わずに収益を得やすくなります。
企業年金連合会の早崎保浩理事長は、予定利率を引き上げて給付改善を検討する企業が出てくる可能性を指摘しています。
2025年に企業年金連合会が公表した調査では、予定利率を引き上げる意向を持つ企業年金は約4%でした。
金利上昇が続けば、この判断を検討する企業年金が増える可能性があります。
賃上げでも企業年金が増える場合がある
企業年金の給付額は金利だけで決まるわけではありません。
給与水準と連動して給付額を決めているDBもあります。
このような制度では、基本給が上昇すると将来受け取る企業年金も増える可能性があります。
つまり現在進んでいる賃上げは、毎月の給与だけではなく退職後の年金にも影響する場合があります。
会社員にとって賃上げを見るときには、現在の手取りだけを見るのではなく、退職金や企業年金まで含めて考えることが重要です。
キャッシュバランスプランとは何か
金利上昇の影響をより直接受ける仕組みもあります。
キャッシュバランスプランです。
これはDBの一種ですが、国債利回りなど一定の指標に連動して給付額を計算する仕組みを持っています。
金利が上昇すれば、その仕組みを通じて将来の給付額が増える場合があります。
従来の固定的なDBと、従業員自身が運用するDCの中間的な特徴を持つ制度ともいえます。
インフレや金利上昇が定着すれば、こうした制度への注目も高まると考えられます。
金利が上がればすぐ国債を買えばよいわけではない
もっとも、金利上昇は企業年金にとって単純な追い風ではありません。
債券には、金利が上がると価格が下がるという特徴があります。
例えば一定の利回りの国債を購入した後に市場金利がさらに上昇すると、新しく発行される国債の方が高い利回りになります。
その結果、以前購入した低い利回りの国債の市場価格は下落します。
企業年金から見れば、金利上昇は高い利回りを確保できるチャンスである一方、購入するタイミングを間違えると評価損が発生する可能性もあります。
そのため、単純に国内債券の比率を増やせばよいという話ではありません。
企業年金の見える化も始まる
今後の大きな変化の一つが企業年金の見える化です。
企業年金の運用状況や給付実績などについて情報開示を進める制度整備が進んでいます。
これまで従業員にとって、自分の会社の企業年金が他社と比べてどの程度の水準なのかを判断することは簡単ではありませんでした。
見える化が進めば、他社の予定利率や運用状況などを比較しやすくなります。
企業側も他社の状況を参考にしながら、予定利率や給付水準の見直しを検討しやすくなります。
企業年金が単なる社内制度ではなく、人材獲得や従業員の定着にも関係する福利厚生制度として比較される時代になっていく可能性があります。
DCの加入者がDBを上回った
企業年金そのものにも大きな構造変化が起きています。
2026年3月末時点で、確定拠出型企業年金であるDCの加入者数がDBを上回りました。
DCは転職した場合でも年金資産を持ち運びやすく、働き方の多様化との相性がよい制度です。
さらに企業型DCの拠出限度額は2026年12月に月6.2万円へ引き上げられる予定です。
一方、DCでは運用結果が将来の年金額を左右します。
加入者自身がどの商品を選ぶかによって結果が変わるため、企業には従業員への投資教育や適切な商品の提供という役割が一段と求められます。
DBにも独自の価値がある
DCが拡大しているからといって、DBがなくなるとは限りません。
DBには企業が従業員の退職後まで一定の責任を持つという特徴があります。
従業員から見れば、運用をすべて自分で判断する必要がありません。
企業にとっては財務上の負担になりますが、従業員に対する長期的な福利厚生という意味があります。
人材確保が難しくなるなかでは、企業年金の充実そのものが企業を選ぶ条件の一つになる可能性があります。
結論
インフレは企業年金を受け取る人にとって、年金の実質的な価値を低下させる要因になります。
しかし現在の金利上昇と賃金上昇は、企業年金の給付改善につながる可能性も持っています。
DBでは予定利率の引き上げ、給与連動型では賃上げ、キャッシュバランスプランでは金利上昇が、それぞれ給付額に影響する可能性があります。
一方でDCの加入者は増え、企業年金の中心は少しずつ変化しています。
これから企業年金を見るときには、DBかDCかだけではなく、予定利率、給付の計算方法、運用状況、会社の拠出額まで確認することが重要です。
インフレと金利のある時代への転換は、企業年金についても低金利時代の常識を見直すきっかけになりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月25日朝刊 インフレ下の企業年金(1)「企業、給付額増を検討」