債券に投資する個人は増えています。
その代表的な商品が個人向け国債です。
一方、同じ公的部門が発行する債券でも、地方自治体が発行する地方債を保有する個人は非常に少ないのが現状です。
2024年度末の地方債の証券残高は69兆4,000億円ですが、個人の保有額は約980億円です。
全体のわずか0.14%にすぎません。
なぜ個人向け国債は個人の資産運用商品として知られているのに、地方債は広がらないのでしょうか。
違いを考えると、金利だけではなく、商品の分かりやすさ、購入のしやすさ、知名度など、個人向け金融商品に必要な条件が見えてきます。
国債と地方債は誰がお金を借りるかが違う
まず、国債と地方債の基本的な違いを確認しておきましょう。
国債は国が発行します。
地方債は都道府県や市区町村などの地方自治体が発行します。
投資家から見れば、どちらも発行体にお金を貸し、その対価として利息を受け取り、満期には元本の返済を受ける債券です。
ただし、誰にお金を貸すのかが異なります。
国債を購入すれば国にお金を貸します。
東京都の地方債を購入すれば東京都にお金を貸します。
地方債の場合、自分が暮らしている地域に直接資金を提供できるところに特徴があります。
個人向け国債は名前から目的が分かる
個人向け国債には非常に分かりやすい特徴があります。
名前そのものが「個人向け国債」です。
誰を対象とした商品なのかが明確です。
金融機関の窓口やウェブサイトなどでも個人向けの金融商品として紹介されます。
債券について詳しくない人でも、「国が個人向けに発行している債券」という基本的なイメージを持ちやすい商品です。
一方、地方債には全国型市場公募地方債や住民参加型市場公募地方債など、一般の人にはなじみにくい言葉が並びます。
制度を知らなければ、自分が地方債を購入できること自体を知らない人もいるでしょう。
商品を知ってもらう入口から差があるわけです。
個人向け国債は商品設計も分かりやすい
個人向け国債は、個人が購入することを前提に商品が設計されています。
代表的な商品として、変動金利型と固定金利型があります。
一定の最低金利が設けられています。
また、発行後一定期間を経過すれば中途換金できる仕組みがあります。
もちろん、中途換金時には一定の調整が行われます。
それでも、個人が長期間保有する金融商品として理解しやすい仕組みになっています。
地方債の場合は発行する自治体や銘柄によって条件が異なります。
個人にとっては、どの商品を選べばよいのか分かりにくくなりやすい面があります。
買いたいときに買えるかも重要
個人向け金融商品では、購入できるタイミングも重要です。
個人向け国債は定期的に募集されるため、個人が購入を検討しやすい商品です。
一方、個人向け地方債は自治体が必要な時期に発行します。
自分が住んでいる自治体の地方債を買いたいと思っても、その時点で個人向けの商品が募集されているとは限りません。
また、住民参加型地方債では購入できる人の範囲が限定される場合もあります。
投資家が買いたいときに商品があるかどうか。
この違いは個人向け金融商品として普及するうえで大きな意味を持ちます。
地方債には地域性という強みがある
ここまでを見ると、個人向け国債の方が地方債より有利に見えます。
しかし、地方債にしかない強みもあります。
それが地域とのつながりです。
国債を購入すると、そのお金は国の財政を支える資金になります。
地方債の場合は、より身近な自治体の事業につながります。
例えば、
地域の学校を建て替える。
豪雨対策の設備を整備する。
公共施設を改修する。
地域交通を整備する。
太陽光発電設備を導入する。
こうした具体的な事業と地方債を結び付けることができます。
自分のお金が自分の暮らす地域で使われるという点は、地方債ならではの特徴です。
それでも地域性だけでは売れなかった
実際、地域とのつながりを前面に出した地方債は以前から存在しています。
ミニ公募債です。
2002年3月に群馬県が病院整備費を調達するために発行した地方債は、10億円を20分足らずで完売しました。
その後、全国に広がり、2006年度には発行額が3,500億円を超えました。
ところが、2025年度には約320億円まで縮小しています。
地域を応援できるという特徴だけでは、長期的に個人投資家を引き付け続けることはできなかったわけです。
背景には長期間にわたる低金利などがあります。
金融商品である以上、地域貢献だけではなく投資商品としての魅力も必要です。
金利を比較する個人には競争相手が多い
個人が安全性を重視してお金を運用しようと考えた場合、選択肢は地方債だけではありません。
銀行預金があります。
個人向け国債があります。
一般の国債や社債などもあります。
さらに、一定の価格変動を受け入れるのであれば投資信託や株式もあります。
地方債はこうした金融商品と個人のお金を取り合うことになります。
そのため、単に「自治体が発行しているから買ってください」では個人の資金を呼び込むことは難しくなります。
利回りだけではなく、買いやすさや分かりやすさを含めた商品設計が必要です。
デジタル地方債は買いやすさを変えられるか
2027年4月から発行可能になるデジタル地方債では、この問題を変えられる可能性があります。
例えば1万円単位などへの小口化です。
少額から購入できれば、地方債を初めて買う人のハードルは下がります。
デジタル証券として購入や管理の仕組みが整えば、従来より身近な金融商品になる可能性もあります。
個人向け国債が「個人が購入することを前提にした国債」であるように、デジタル地方債も「個人が購入しやすい地方債」として設計できるかが重要になります。
地方債は金利以外で差別化できる
個人向け国債と地方債がまったく同じ条件で競争すれば、個人が地方債を選ぶ理由は限定されるかもしれません。
そこで重要になるのが、地方債ならではの価値です。
例えば防災対策を目的としたデジタル地方債を購入する。
自治体から工事の進捗情報が届く。
完成後には、その設備がどのような効果を発揮しているのかが分かる。
さらに制度設計によっては、地域ポイントやイベントなどの特典を組み合わせることも考えられます。
国債にはない地域とのつながりをつくることができます。
地方債を単なる債券として売るのではなく、「地域への投資」として位置付けるわけです。
地方債はふるさと納税からも学べる
個人に地域へお金を出してもらうという意味では、ふるさと納税の広がりも参考になります。
多くの人が自治体を選び、寄付をするようになりました。
制度上のメリットに加えて、自治体や返礼品、寄付金の使い道などを比較しやすいことも利用拡大の一因でしょう。
地方債でも、
何のために発行するのか。
いくらから買えるのか。
どのくらいの期間保有するのか。
どのような利息が付くのか。
集めたお金がどう使われたのか。
こうした情報を個人に分かりやすく示すことが重要です。
金融商品の仕組みを個人に合わせて分かりやすくすることが、普及への第一歩になります。
個人向け地方債にはまだ伸びる余地がある
2024年度末の地方債の証券残高69兆4,000億円のうち、個人保有はわずか0.14%です。
これは地方債が個人に適さないことを意味するとは限りません。
これまで地方債市場が機関投資家を中心として形成され、個人が購入しやすい商品や販売方法が十分に広がってこなかったという面もあります。
個人向け国債が個人に合わせた商品として定着したように、地方債でも個人を明確に意識した商品設計が進めば状況が変わる可能性があります。
デジタル地方債は、そのための一つの実験ともいえます。
結論
個人向け国債と地方債は、どちらも公的部門が発行する債券ですが、個人への浸透度には大きな差があります。
個人向け国債は名前から対象が分かりやすく、個人が購入することを前提とした商品設計がされています。
一方、地方債市場は金融機関などの機関投資家が中心で、2024年度末の地方債の証券残高69兆4,000億円に対して個人保有は約980億円、わずか0.14%です。
しかし、地方債には国債にはない特徴があります。
自分のお金を身近な地域の学校、防災、環境、交通などへ振り向けられることです。
2027年4月から始まるデジタル地方債で1万円単位などへの小口化が進み、購入手続きが分かりやすくなれば、地方債と個人との距離は縮まる可能性があります。
さらに資金使途の明確化や購入後の情報提供まで組み合わせることができれば、地方債は個人向け国債とは違う価値を持つ金融商品になります。
個人向け国債と同じ土俵で競うのではなく、「地域に投資できる債券」という地方債ならではの特徴をどこまで生かせるのか。
それがデジタル地方債を個人に広げる鍵になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 「デジタル地方債の可能性 地域に投資、裾野広げる 個人の購入、増やす契機」