上場企業は毎年、決算書を作って有価証券報告書を提出しています。
しかし、正しい決算書を作るためには、最後に数字をチェックするだけでは十分ではありません。
売上を計上する。
商品を仕入れる。
代金を支払う。
在庫を数える。
子会社から決算情報を集める。
それらを会計システムに記録する。
こうした日々の業務が正しく行われて初めて、最終的な決算書も正しいものになります。
そこで上場企業などに求められているのが、財務報告に係る内部統制を経営者自身が評価する制度です。
一般にJ SOXと呼ばれています。
重要なのは、J SOXが単に不正を見つけるためだけの制度ではないことです。
正しい財務報告を作るための会社の仕組みを整え、その仕組みが実際に機能しているかを毎年確認する制度なのです。
J SOXとは何か
J SOXとは、日本における財務報告に係る内部統制報告制度を指す一般的な呼び方です。
法律上の正式名称がJ SOXというわけではありません。
金融商品取引法に基づいて、上場会社などの経営者が財務報告に係る内部統制の有効性を評価し、その結果を内部統制報告書として提出する制度です。
そして、その内部統制報告書について監査法人などによる監査を受けます。
簡単にいえば、
「正しい決算書を作れる会社の仕組みになっているかを経営者自身が毎年確認し、その結果を外部にも報告する制度」
と考えると分かりやすいでしょう。
単に社内でチェックして終わるのではありません。
内部統制の評価結果を公的な開示制度の中に組み込んでいるところが大きな特徴です。
SOXは米国の法律に由来する
J SOXという呼び方は、米国のSOX法に由来しています。
米国では2000年代初頭、エンロンやワールドコムなど大企業の巨額な会計不正が大きな問題になりました。
企業が公表していた財務情報への信頼が大きく揺らぎました。
そこで2002年に成立したのが、サーベンス・オクスリー法です。
二人の議員の名前からSOX法と呼ばれています。
米国のSOX法では、企業の財務報告や内部統制に対する経営者の責任が強化されました。
日本でも不正会計や不適切な情報開示が問題となるなか、企業の財務報告に対する信頼性を高める必要性が強く意識されるようになりました。
そこで日本でも金融商品取引法によって内部統制報告制度が導入されました。
米国のSOX法を参考にした日本版の制度であることから、一般にJ SOXと呼ばれるようになったのです。
なぜ内部統制を評価するのか
会社の決算書は、決算日に突然作られるものではありません。
毎日の取引が積み重なって作られます。
たとえば売上高を考えてみます。
営業担当者が商品を販売します。
販売情報が販売管理システムへ入力されます。
請求書が発行されます。
売上データが会計システムへ送られます。
経理部門が内容を確認します。
月末や期末に売掛金などの残高を確認します。
こうした一連の流れを経て、最終的に決算書の売上高になります。
もし途中の仕組みに問題があれば、最終的な決算書にも問題が生じる可能性があります。
そこで、
取引は正しく承認されているか。
架空取引を防止できるか。
データが正しく会計システムへ送られているか。
必要なチェックが実際に行われているか。
といった内部統制を評価します。
決算書が完成してから間違いを探すだけではなく、間違った決算書が作られにくい仕組みを会社の中に作るという発想です。
制度が導入された背景
日本の内部統制報告制度は、2006年の金融商品取引法制の改正によって導入されました。
2008年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。
制度導入の背景には、企業の情報開示をめぐる問題がありました。
企業が公表する決算書に重大な誤りや虚偽があれば、投資家は正しい投資判断ができません。
しかも、不正会計が起きた後に、
「経理担当者が勝手にやった」
「子会社で行われていたので本社は知らなかった」
という説明だけでは、投資家の信頼を守ることはできません。
経営者には、正しい財務報告が作られる会社の仕組みそのものを構築する責任があります。
そこで、財務報告に係る内部統制を経営者自身に評価させ、その結果を外部へ報告させる制度が導入されました。
経営者が内部統制を評価する
J SOXで非常に重要なのが、内部統制を評価する主体です。
監査法人が最初に評価するわけではありません。
基本となるのは経営者による評価です。
経営者は、財務報告に係る内部統制を整備し、運用する責任を負います。
そのうえで、その内部統制が有効に機能しているかを評価します。
ただし、社長が全国の営業所や工場を一つずつ訪問してチェックするわけではありません。
実際には内部統制を担当する部署などが、経営者の責任のもとで評価作業を行います。
業務の流れを確認します。
重要な統制を特定します。
必要な承認が行われているかを確認します。
証拠となる資料を調べます。
問題が見つかれば改善します。
こうした評価結果を最終的に経営者が取りまとめます。
重要なのは、
「内部統制は監査法人が確認してくれるもの」
ではないということです。
まず会社自身が内部統制を作り、会社自身が評価することが出発点です。
すべての業務を同じように評価するわけではない
大企業では毎日膨大な取引が行われています。
すべての取引を一件ずつ確認することは現実的ではありません。
そこでJ SOXでは、財務報告に重要な影響を与える可能性がある部分を中心に評価します。
たとえば売上高が非常に大きい会社であれば、売上に関係する業務プロセスは重要になります。
大量の商品在庫を持つ会社であれば、在庫管理も重要になります。
多くの子会社を持つ企業では、連結決算や子会社からの情報収集も重要になります。
つまり、
「何が財務報告に大きな影響を与えるのか」
を考えながら評価範囲を決めます。
内部統制評価は、単にチェック項目を大量に増やせばよいわけではありません。
重要なリスクを見極め、それに対応する仕組みが機能しているかを確認することが大切です。
内部統制報告書を提出する
経営者が財務報告に係る内部統制を評価したら、その結果を内部統制報告書として提出します。
内部統制報告書には、内部統制を評価した基準日や評価範囲、評価手続、評価結果などを記載します。
内部統制が有効であると判断すれば、その評価結果を記載します。
一方、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性のある問題が存在する場合には、その内容が重要になります。
ここでもポイントは、
「会社の内部管理だから社内だけで処理する」
のではないことです。
財務報告の信頼性に関係する内部統制の評価結果を、投資家など外部の人も確認できる開示制度にしているのです。
監査法人は何をするのか
経営者が内部統制を評価したら、それで終わりではありません。
内部統制報告書は監査法人などによる監査を受けます。
ここで注意したいのは、経営者と監査法人の役割の違いです。
内部統制を整備するのは会社です。
内部統制を運用するのも会社です。
その内部統制を評価するのは経営者です。
そして経営者が行った内部統制の評価について監査するのが監査法人などです。
つまり、
会社が内部統制を作る。
経営者が評価する。
監査法人がその評価を監査する。
という構造になっています。
監査法人に内部統制を作ってもらい、監査法人に評価してもらう制度ではありません。
自分の会社の財務報告を正しくする第一義的な責任は、会社と経営者にあります。
会計監査とは何が違うのか
監査法人は決算書についても監査を行っています。
これが会計監査です。
会計監査では、財務諸表が企業の財政状態や経営成績などを適正に表示しているかについて、監査人が意見を表明します。
これに対して内部統制監査では、経営者が作成した内部統制報告書について監査します。
簡単に整理すると、
会計監査は財務諸表を見る。
内部統制監査は財務報告を作る仕組みに対する経営者の評価を見る。
という違いがあります。
両方を組み合わせることで、完成した決算書と、その決算書を作る仕組みの両面から財務報告の信頼性を高めています。
一度整備すれば終わりではない
内部統制は、一度作れば永久に使えるものではありません。
会社の状況は毎年変化します。
新しい事業を始めることがあります。
会社を買収することがあります。
海外子会社が増えることがあります。
新しい会計システムを導入することがあります。
担当者が変わることもあります。
以前は有効だった内部統制が、会社の変化によって十分に機能しなくなる可能性があります。
そのため、財務報告に係る内部統制について継続的に評価する必要があります。
上場企業にとって内部統制評価は、上場したときに一度だけ行う作業ではありません。
毎年度の財務報告を支える継続的な経営管理なのです。
J SOXは書類を作る制度ではない
J SOXというと、
業務フローを作る。
チェックリストを作る。
証拠書類を保存する。
評価結果を文書化する。
といった作業が注目されがちです。
確かに、内部統制を評価した証拠を残すことは必要です。
しかし、本来の目的は大量の書類を作ることではありません。
正しい財務報告を作れる会社の仕組みを構築することです。
チェックリストに丸が付いていても、実際の業務でチェックが機能していなければ意味がありません。
形式的な内部統制ではなく、
「この仕組みで本当に重大な誤りや不正を防止したり発見したりできるのか」
という視点が重要になります。
今回の確認書厳格化ともつながる
金融庁が検討している確認書の厳格化も、この考え方と深く関係します。
今後は経営者が、有価証券報告書の内容が適正であることだけではなく、正確な有価証券報告書を作成し開示するための手続きが整備され、そのチェック体制が実際に機能しているかを自ら点検したことまで確認書に記載する方向です。
J SOXではすでに、経営者が財務報告に係る内部統制を評価しています。
今回の見直しによって、有価証券報告書の作成や開示に対する経営者の責任がさらに意識されることになります。
経営者に求められているのは、
「決算書が出来上がったので最後に署名する」
ことではありません。
正しい財務情報が作られる会社の仕組みそのものに責任を持つことなのです。
結論
J SOXとは、日本における財務報告に係る内部統制報告制度を指す一般的な呼び方です。
上場企業などの経営者が、正しい財務報告を作るための内部統制が有効に機能しているかを評価し、その結果を内部統制報告書として提出します。
さらに、その内部統制報告書について監査法人などによる監査を受けます。
重要なのは、J SOXが単なるチェックリストや書類作成の制度ではないことです。
会社の日々の取引から決算書が完成するまでの過程で、不正や重大な誤りが発生しにくく、発生しても発見できる仕組みを作ることが本来の目的です。
決算書が正しいかを最後に確認するだけではありません。
正しい決算書が作られる会社になっているかを毎年確認する。
それがJ SOXの基本的な考え方です。
参考
日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 会計、経営者自ら確認 不正防止へ「宣言」義務付け 金融庁