保育園も施設を運営する以上、建物の維持費や光熱費、給食費、そして保育士などの職員に支払う人件費が必要です。
一般的な企業であれば、こうした費用を踏まえて商品やサービスの価格を決め、利用者から受け取った売上を経営の原資にします。
ところが、保育園では同じように自由に価格を決められるわけではありません。
認可保育所などの運営を支えている重要な仕組みが公定価格です。
保育士の給与や保育園経営を理解するには、まずこの公定価格がどのような仕組みなのかを知る必要があります。
公定価格とは何か
公定価格とは、教育や保育に必要となる費用について、国が定める基準です。
子ども・子育て支援制度では、認定こども園や幼稚園、保育所などに対して、施設を運営するために必要となる費用が給付されます。
その金額を計算する基礎となるのが公定価格です。
一般の商品であれば、企業が原材料費や人件費、競合他社の価格などを考えて販売価格を決めます。
一方、認可保育所などでは、園が自由に保育サービスの基本価格を設定し、その金額を保護者から徴収するという仕組みではありません。
国が一定の基準を設けることで、全国の保育サービスを公的に支えています。
公定価格は子ども1人あたりを基本に計算する
公定価格は、単純にすべての保育園へ同じ金額を支給する制度ではありません。
基本的には、子ども1人あたりの単価を基礎として計算されます。
ただし、その単価も全国一律ではありません。
子どもの年齢や施設の定員、地域などによって必要となる費用が異なるためです。
例えば、年齢の低い子どもほど多くの保育士を配置する必要があります。
同じ子ども1人を預かる場合でも、0歳児と年長児では必要となる職員数が違います。
必要な人員が多ければ、それだけ人件費も増えます。
そのため、公定価格にもこうした違いが反映される仕組みになっています。
保育料と公定価格は同じものではない
公定価格を理解するときに注意したいのが、保護者が支払う保育料との違いです。
公定価格がそのまま保護者の負担額になるわけではありません。
保育に必要な費用については、保護者が負担する部分だけでなく、国や地方自治体が公費で負担する部分があります。
つまり、保育サービスには実際には大きな費用がかかっていますが、その全額を保護者が直接支払っているわけではありません。
公費を投入することで、家庭の負担を抑えながら保育サービスを提供しています。
さらに幼児教育・保育の無償化によって、一定の年齢や条件に該当する子どもについては保護者負担が無償となる仕組みもあります。
保育園の運営費を考えるときは、保護者が払う金額だけを見るのではなく、公費を含めた資金の流れを見る必要があります。
公定価格には基本部分と加算がある
公定価格には、基本となる部分だけでなく、さまざまな加算があります。
施設の条件や職員配置などに応じて必要な費用が変わるためです。
例えば、職員の配置や処遇改善など一定の条件を満たした場合には、基本となる金額に加算される仕組みがあります。
この加算の一つとして重要なのが地域による違いです。
東京の中心部と地方では、一般的な賃金水準などが異なります。
全国どこでもまったく同じ人件費を前提にすると、賃金水準の高い地域では保育士を確保することが難しくなる可能性があります。
そこで地域ごとの人件費の違いなどを公定価格に反映させています。
この仕組みが、今回問題になっている保育士給与の地域差にもつながっています。
公定価格は保育園の経営を大きく左右する
一般企業なら、原材料費や人件費が上昇すれば商品価格を引き上げるという選択肢があります。
保育園では事情が違います。
認可保育所などは公定価格を中心とした公的な制度の中で運営されています。
例えば保育士不足によって採用時の給与を引き上げなければならなくなったとしても、その分を自由に保育サービスの価格へ転嫁できるわけではありません。
公定価格が十分に上がらなければ、施設側の経営負担が増えることになります。
物価上昇や賃金上昇が続く局面では、公定価格をどのように改定するかが保育施設の経営にとって非常に重要になります。
保育士給与の原資にもなる
公定価格の中でも特に大きな割合を占めるのが人件費です。
保育は典型的な労働集約型のサービスだからです。
子どもの安全を確保しながら保育するためには、一定数の保育士などを配置しなければなりません。
機械を導入したからといって、保育士を大幅に減らせる仕事ではありません。
そのため、公定価格として施設に入るお金が、保育士などの給与を支える重要な原資になります。
ここが一般企業の給与との大きな違いです。
一般企業なら、企業が稼いだ利益や将来の成長戦略などを踏まえて給与を決めることができます。
保育施設では、公定価格によって得られる収入が給与水準を大きく左右します。
公定価格に地域差があれば給与にも影響する
ここから今回の保育士給与問題につながります。
公定価格の人件費部分には地域による加算があります。
もともとは地域ごとの賃金水準などを反映するための仕組みです。
ところが、行政区域と実際の通勤圏が一致しない地域では問題が生じます。
例えば東京23区と埼玉県南部は都県が違いますが、鉄道などで簡単に行き来できます。
保育士にとってみれば、両方が就職先の候補になります。
それにもかかわらず公定価格の地域加算に大きな差があれば、保育施設が提示できる給与にも差が生じやすくなります。
すると給与水準の高い地域へ保育士が移動し、隣接地域では人材不足が深刻になる可能性があります。
公定価格は単なる保育園への補助金の計算方法ではなく、保育士の労働市場にも影響する制度なのです。
保育料を上げれば解決するわけではない
保育士不足なら、保育園が料金を値上げして給与を上げればよいと思うかもしれません。
しかし、公的な保育制度ではそれほど単純ではありません。
子育て支援という政策目的があるため、保育費をすべて利用者負担にすれば、子育て世帯の負担が大きくなります。
一方で保護者負担を抑えすぎて、保育施設に十分なお金が入らなければ、保育士の待遇改善や人材確保が難しくなります。
そこで政府が公定価格を設定し、公費を投入することで両者のバランスを取っています。
つまり公定価格には、
保護者の負担を抑えること
保育施設の経営を維持すること
保育士の待遇を確保すること
必要な保育サービスを供給すること
という複数の役割があります。
一つの価格制度によって、子育て支援と保育産業の経営を同時に支えているわけです。
公定価格の地域差見直しが重要になる理由
こども家庭庁が2027年度から検討している見直しも、この仕組みを前提にすると理解しやすくなります。
問題は単純に東京の保育士給与が高いことではありません。
東京23区とその周辺自治体のように、実際には一つの通勤圏になっている地域で公定価格の人件費加算に大きな差があることです。
働く人は行政区域ではなく、給与や通勤時間などを比較して職場を選びます。
そのため、公定価格についても都道府県などの行政区域だけでなく、実際の生活圏や経済圏を考慮する必要が出てきました。
保育士の地域格差問題は、給与だけの問題ではありません。
公定価格という保育制度の根幹と、人が自由に移動する労働市場とのずれから生じている問題なのです。
結論
保育の公定価格とは、認定こども園や幼稚園、保育所などの教育や保育に必要となる費用について、国が定める基準です。
保育施設は一般企業のように自由に基本的なサービス価格を設定して経営しているわけではなく、公定価格を基礎とした公的な給付によって運営されています。
そのため、公定価格は施設の収入だけでなく、保育士の給与にも大きな影響を与えます。
そして公定価格の人件費部分に地域差があれば、隣接する自治体の間でも保育士の待遇に差が生じ、人材が給与の高い地域へ移動する可能性があります。
保育士給与の地域格差を理解する第一歩は、給与そのものを見ることではありません。
その給与の原資がどこから来ているのかを見ることです。
公定価格を理解すると、なぜ政府が保育士の地域間格差を制度側から修正しようとしているのかが見えてきます。
参考
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 こども家庭庁、保育士給与の地域差是正