鉄をつくる代表的な方法には、高炉と電炉があります。
どちらも最終的には自動車、建物、機械などに使われる鋼材を生産しますが、鉄のつくり方は大きく異なります。
高炉では主に鉄鉱石と原料炭を使い、鉄鉱石から新しい鉄を取り出します。
一方、電炉では主に古い建物や自動車などから回収された鉄スクラップを電気で溶かし、再び鋼として利用します。
この違いは原料だけの問題ではありません。
必要となる設備、生産方法、得意とする鋼材、二酸化炭素排出量などにも違いがあります。
特に脱炭素が世界的な課題となるなか、高炉から電炉への転換が鉄鋼業の重要なテーマになっています。
高炉では何を原料にするのか
高炉で最も重要な原料が鉄鉱石です。
鉄鉱石には鉄が含まれていますが、そのままでは自動車や建物に使える鉄ではありません。
鉄と酸素が結びついた状態になっているため、酸素を取り除く必要があります。
そこで使われるのがコークスなどです。
コークスは原料炭を加工してつくられます。
高炉の内部に鉄鉱石やコークスなどを投入し、下から高温の空気を送り込みます。
高温の炉内で化学反応を起こし、鉄鉱石から酸素を取り除きます。
こうして溶けた銑鉄をつくります。
その後、炭素などの成分を調整して鋼にします。
つまり高炉方式では、
鉄鉱石
原料炭
などを使い、自然界にある鉄鉱石から新しい鉄を取り出しているのです。
電炉では何を原料にするのか
電炉の主な原料は鉄スクラップです。
古いビルを解体すると鉄骨や鉄筋が出ます。
自動車を廃車にしても大量の鉄が回収できます。
工場で鋼材を加工すると端材が発生します。
こうした鉄を回収して製鉄原料として利用します。
電炉では炉の中に鉄スクラップなどを入れ、大量の電気を使って溶かします。
その後、成分を調整して新しい鋼をつくります。
つまり、
高炉は鉄鉱石から鉄をつくる
電炉はすでに存在する鉄を再利用する
という大きな違いがあります。
電炉は鉄のリサイクルを担う設備でもあるのです。
高炉は新しい鉄を社会へ供給する
それでは、すべて電炉にすれば鉄鉱石を使う必要がなくなるのでしょうか。
そう単純ではありません。
鉄スクラップは、過去につくられた鉄が社会から戻ってきたものです。
最初に鉄がつくられていなければスクラップも存在しません。
さらに建物や橋などに使われた鉄は、数十年間使用されることがあります。
現在社会で使われている鉄をすべてすぐ回収できるわけではありません。
経済成長によって社会全体で必要な鉄の量が増える場合には、回収されるスクラップだけでは需要を満たせないこともあります。
その場合、鉄鉱石から新しい鉄をつくる必要があります。
高炉は社会に新しい鉄を供給する役割を持ち、電炉は社会から戻ってきた鉄を循環させる役割を持つと考えると分かりやすいでしょう。
高炉は大量生産に向いている
高炉の大きな特徴は、大量の鉄を連続的につくれることです。
巨大な高炉を中心として、
原料受け入れ設備
コークス炉
高炉
転炉
圧延設備
などが一体となった大規模な製鉄所がつくられています。
一度稼働すると、基本的には24時間体制で長期間操業します。
大量生産するほど巨大設備の固定費を多くの製品へ分散できます。
そのため国内の鉄鋼需要が拡大し続けていた時代には、高炉による大量生産が大きな強みになりました。
日本の高度経済成長を支えた製鉄方式でもあります。
電炉は生産調整をしやすい
電炉にも大量の設備投資は必要ですが、高炉と比較すると生産量を調整しやすい特徴があります。
高炉では炉内を高温に保ちながら連続操業するため、
需要が少ないから今日は止める
需要が増えたから明日は動かす
という運転には向いていません。
一方、電炉は高炉よりも操業時間を調整しやすいという特徴があります。
鋼材需要や電力価格などを考慮しながら生産することができます。
国内需要が拡大し続ける時代には、大量生産能力が大きな競争力になります。
しかし人口減少などによって需要が伸びにくくなると、生産量を需要に合わせやすいことも重要になります。
この違いは今後の日本の鉄鋼業を考えるうえでも重要です。
生産できる鋼材には違いがあるのか
従来、高炉メーカーと電炉メーカーでは得意とする鋼材に違いがありました。
高炉メーカーが得意としてきた代表的な製品が、自動車などに使われる高品質な鋼板です。
自動車の車体には、
強度
薄さ
加工しやすさ
品質の均一性
など高度な性能が求められます。
一方、電炉メーカーは建設用の棒鋼やH形鋼などを得意としてきました。
鉄スクラップにはさまざまな種類の鉄が混ざるため、高度な成分管理が必要となる鋼材では技術的な難しさがあったからです。
しかし、この区分は絶対的なものではありません。
製造技術やスクラップの選別技術などが向上すれば、電炉でも高品質な鋼材を生産できる範囲が広がります。
脱炭素を背景として、高炉メーカー自身が大型電炉を活用して高級鋼を生産する取り組みも重要になっていきます。
二酸化炭素排出量が違う理由
高炉と電炉の違いで現在特に注目されているのが、二酸化炭素排出量です。
高炉では鉄鉱石から酸素を取り除かなければなりません。
そのためコークスなどに含まれる炭素を利用します。
この過程で二酸化炭素が発生します。
つまり高炉では、単に工場を動かすためのエネルギーだけでなく、鉄鉱石を鉄へ変える化学反応そのものに炭素が深く関係しています。
一方、電炉ではすでに鉄になっている鉄スクラップを溶かして再利用します。
鉄鉱石から鉄を取り出す工程を省けるため、高炉方式と比較して二酸化炭素排出量を大幅に減らしやすくなります。
これが脱炭素で電炉が注目される最大の理由の一つです。
電炉なら完全に脱炭素になるわけではない
ただし、
高炉は環境負荷が大きい
電炉は二酸化炭素を出さない
と単純に考えることもできません。
電炉では鉄スクラップを溶かすため大量の電力を使います。
その電力を火力発電によってつくっていれば、発電所で二酸化炭素が発生します。
そのため電炉の環境性能は、どのような電力を使うのかによっても変わります。
再生可能エネルギーなどによる電力を多く利用できれば、鉄鋼生産全体の二酸化炭素排出量をさらに減らすことができます。
鉄鋼業の電炉化と電力業界の脱炭素化は、別々の問題ではないのです。
なぜ高炉をすべて電炉へ変えないのか
電炉の二酸化炭素排出量が少ないのであれば、高炉をすべて電炉へ置き換えればよいと思うかもしれません。
しかしいくつかの課題があります。
まず鉄スクラップの量です。
電炉が増えれば、それだけ大量の鉄スクラップが必要になります。
世界中の鉄鋼会社が同時に電炉化を進めれば、良質な鉄スクラップの争奪戦になる可能性があります。
価格も上昇するかもしれません。
品質の問題もあります。
自動車用鋼板など高度な性能が必要な鋼材を大量生産するには、スクラップに含まれる成分を適切に管理する必要があります。
さらに大型電炉の建設には巨額の投資が必要です。
十分な電力を安定的に確保する必要もあります。
電炉化は単に古い炉を取り外して新しい炉へ交換すれば終わる話ではありません。
原料、電力、技術、設備投資を一体で考える必要があります。
鉄スクラップが戦略資源になる
電炉化が進むほど重要になるのが鉄スクラップです。
高炉中心の時代には、
鉄鉱石
原料炭
の安定確保が特に重要でした。
電炉が増えれば、
鉄スクラップ
電力
の重要性が高まります。
日本国内で発生する鉄スクラップは海外へ輸出されることもあります。
国内の電炉需要が増えれば、日本国内のメーカーと海外メーカーが同じ鉄スクラップを巡って競争する可能性があります。
さらに高品質な鋼材をつくるには、良質なスクラップの確保が重要になります。
脱炭素が進むほど、これまで廃材として見られることもあった鉄スクラップが重要な産業資源へ変わっていくのです。
高炉も脱炭素技術の開発が進む
脱炭素だから高炉がすぐになくなるわけでもありません。
高炉方式でも二酸化炭素排出量を減らす技術開発が進められています。
重要な考え方の一つが、炭素への依存を減らすことです。
鉄鉱石から酸素を取り除くために大量の炭素を使えば、二酸化炭素が発生します。
そこで水素などを利用して鉄鉱石を還元する技術が研究されています。
さらに製鉄工程で発生する二酸化炭素を回収する方法など、さまざまな技術開発が考えられます。
将来の鉄鋼業は、
高炉か電炉か
という単純な二者択一ではなく、
電炉の拡大
高炉の低炭素化
新しい製鉄技術
を組み合わせて脱炭素を進めることになると考えられます。
日本の鉄鋼業は量から製法まで変わる
日本の鉄鋼業はこれまで大規模な高炉を中心として発展してきました。
鉄鉱石や原料炭を大型船で輸入し、臨海製鉄所で大量の鉄を生産する仕組みです。
高度経済成長期には非常に合理的でした。
しかし現在は状況が変わっています。
国内の粗鋼生産量はかつての年1億トン規模から8000万トン規模へ縮小しています。
高炉の休止も進んでいます。
さらに脱炭素という新しい課題が加わりました。
今後は単に、
鉄を何トン生産するか
だけではなく、
どの方法で鉄をつくるか
も鉄鋼会社の競争力を左右します。
同じ1トンの鋼材でも、製造時の二酸化炭素排出量が違えば、その価値が異なる時代になる可能性があります。
結論
高炉と電炉は、どちらも鋼をつくるための設備ですが、原料と製造方法が大きく異なります。
高炉では主に鉄鉱石と原料炭を使い、鉄鉱石から新しい鉄を取り出します。
大量生産に向き、自動車向け高性能鋼板など幅広い鋼材を生産してきました。
一方、電炉では主に鉄スクラップを大量の電力で溶かし、再び鋼として利用します。
鉄を循環利用できることに加え、高炉方式と比べて二酸化炭素排出量を減らしやすいことが大きな特徴です。
ただし電炉化には、良質な鉄スクラップの確保、安定した電力供給、高品質な鋼材を生産する技術などの課題があります。
そのため高炉がすべて短期間で電炉へ置き換わるわけではありません。
それでも脱炭素によって、鉄鋼業の競争軸が変わり始めています。
これまでは、どれだけ大量に安く鉄をつくれるかが重要でした。
これからは、それに加えて、どれだけ二酸化炭素排出量を抑えて高品質な鉄をつくれるかが問われます。
鉄鉱石から新しい鉄を生み出す高炉。
社会に蓄積された鉄を再び利用する電炉。
この二つの製鉄方法の違いを知ることは、日本の鉄鋼業が大量生産の時代から脱炭素と資源循環の時代へどのように変わろうとしているのかを理解することにつながるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 物価の記憶(3)鋼材市況、バブル崩壊予見 浦安問屋街、競争から協業へ