国の予算をつくるとき、各省庁が自由に好きなだけ予算を要求できると、要求総額はどんどん膨らんでしまいます。
厚生労働省には社会保障を充実させたい理由があります。
防衛省には防衛力を強化したい理由があります。
経済産業省には産業支援を増やしたい理由があります。
国土交通省にはインフラを整備したい理由があります。
それぞれの省庁から見れば、必要な政策にできるだけ多くの予算を確保したいと考えるのは自然です。
しかし国全体で使えるお金には限りがあります。
そこで、概算要求の段階から各省庁の要求額に一定の上限を設け、予算の膨張を抑える考え方が使われてきました。
これがシーリングです。
2027年度予算では、このシーリングの考え方が大きく見直されました。
今回は、そもそもシーリングとは何なのか、なぜ国の予算編成に必要とされてきたのかを整理します。
シーリングとは何か
シーリングとは英語で天井を意味します。
予算編成では、各省庁が財務省へ概算要求を提出するときに設けられる要求額の上限という意味で使われます。
例えば、ある省庁が前年度に1兆円の政策経費を使っていたとします。
翌年度について何の制約もなければ、
新しい政策を始めたい
既存事業も拡大したい
物価上昇分も増やしたい
という形で、1兆2000億円や1兆3000億円を要求するかもしれません。
同じことをすべての省庁が行えば、国全体の予算要求額は急速に膨らみます。
そこで政府が、
概算要求は一定の範囲内で行ってください
というルールを設けます。
これがシーリングです。
予算要求にあらかじめ天井をつくることで、各省庁が際限なく要求額を増やすことを防ぐわけです。
シーリングは予算額そのものではない
注意したいのは、シーリングは最終的な予算額を決める制度ではないことです。
あくまで概算要求の段階で使われるルールです。
例えば要求上限が1000億円だったとしても、その省庁に1000億円の予算が必ず認められるわけではありません。
省庁が1000億円を要求した後、財務省による査定があります。
査定の結果、
900億円
800億円
700億円
となることもあります。
つまり、
シーリングで要求できる範囲を決める
その範囲で各省庁が概算要求する
財務省が内容を査定する
最終的な予算額を決める
という流れになります。
シーリングは予算編成の最初の段階で働く歳出抑制の仕組みなのです。
概算要求基準とは何か
シーリングを理解するうえで重要なのが概算要求基準です。
翌年度予算の編成が始まると、政府は各省庁がどのようなルールで予算を要求するのかについて基本的な方針を示します。
これが概算要求基準です。
各省庁がそれぞれ独自の基準で要求するのではありません。
政府全体で、
どのような経費をどの範囲まで要求できるのか
どの政策を重点的に扱うのか
どのような特例を設けるのか
といったルールを決めます。
各省庁はそのルールに沿って概算要求を作成します。
シーリングは、この概算要求基準の中で歳出の膨張を抑える重要な役割を担ってきました。
なぜ最初に上限を決めるのか
予算を抑えるのであれば、各省庁から自由に要求してもらった後、財務省が査定して削ればよいとも考えられます。
しかし、それでは要求額が非常に大きくなる可能性があります。
さらに、
必要な政策を全部要求して、削る仕事は財務省に任せればよい
という行動につながりかねません。
そこで要求する段階から一定の制約を設けます。
各省庁自身に、
限られた予算の中で何を優先するのか
を考えてもらうわけです。
ここにシーリングの重要な意味があります。
シーリングは財務省が予算を削るためだけの制度ではありません。
各省庁自身に政策の優先順位を考えさせる仕組みでもあるのです。
予算に優先順位をつける仕組み
例えば、ある省庁が1000億円まで要求できるとします。
ところが、その省庁が実施したい政策をすべて積み上げると1200億円必要だったとします。
シーリングがなければ、そのまま1200億円を要求できます。
しかし上限が1000億円なら、200億円分を何らかの方法で見直さなければなりません。
既存事業を縮小する。
効果の低い事業を廃止する。
新規事業の規模を小さくする。
実施時期を後ろにずらす。
こうした判断が必要になります。
つまりシーリングがあることで、各省庁の内部でも予算の取り合いが起こります。
その結果、
本当に必要な政策は何か
優先順位の低い政策は何か
を考える必要が生まれます。
限られた予算を重要な政策へ振り向けるための仕組みでもあるわけです。
新しい政策を始めるなら何かを見直す
シーリングには、もう一つ重要な考え方があります。
新しい政策を始めるなら、既存の政策も見直すという考え方です。
国の政策は、一度始めると簡単にはなくなりません。
補助金をつくる。
支援制度をつくる。
新しい組織をつくる。
こうした政策が毎年追加される一方で、古い政策が残り続ければ予算は膨らんでいきます。
そこで要求総額に上限を設けます。
新しい政策に100億円を使いたければ、既存事業の一部を見直して財源を生み出す。
こうした入れ替えを促すことができます。
予算の新陳代謝を促す仕組みともいえます。
シーリングがなければ何が起きるのか
シーリングがなければ、各省庁は必要だと考える金額を要求しやすくなります。
これは必ずしも悪いことではありません。
例えば、大規模災害への備えや新しい感染症への対応、安全保障環境の変化など、従来の予算規模では対応できない問題が発生することがあります。
AIや半導体のように、国際競争が急激に進む分野もあります。
こうした分野まで過去の予算額を基準とした上限で縛れば、本当に必要な投資ができなくなる可能性があります。
一方、上限をなくせば要求額が膨張しやすくなります。
各省庁にはそれぞれ予算を増やしたい理由があるからです。
したがってシーリングには、
歳出膨張を防げる
というメリットがある一方、
必要な政策まで予算上限に縛られる可能性がある
という問題もあります。
シーリングだけで歳出を抑えることにも限界がある
シーリングがあるからといって、国の歳出が自動的に減るわけではありません。
社会保障費のように、高齢化などによって自然に増えていく経費があります。
国債の利払い費のように、市場金利などによって増減する経費もあります。
災害や景気悪化が起きれば、追加の財政支出が必要になる場合もあります。
さらに当初予算の要求を厳しく抑えても、後から大型の補正予算を編成すれば、年間を通じた歳出は増えます。
そのため、
当初予算だけをシーリングで厳しく抑える
一方で、
補正予算で大きな支出を追加する
という予算編成が続けば、国全体の歳出を正確に把握しにくくなります。
2027年度の予算編成では、こうした問題も見直そうとしています。
2027年度は考え方が大きく変わった
2027年度予算では、従来型のシーリングの考え方が大きく見直されました。
政府は通常の歳出とは別に、強く豊かな日本投資枠を設けました。
危機管理投資や成長投資など、国内投資を通じて潜在成長率を引き上げる効果が期待される政策を対象とします。
この投資枠については、要求上限を設けない仕組みになっています。
つまり従来のように、
まず金額の天井を決める
という発想から、
必要な金額を要求してもらい、その政策が本当に成長につながるかを予算編成の中で精査する
という考え方へ軸足を移したわけです。
ただし、要求上限がなくなったからといって、要求された予算がすべて認められるわけではありません。
政府は成長への寄与や民間投資を呼び込む効果などを精査し、効果的な施策に重点的に予算を配分する考えです。
シーリングから査定へ重心が移る
従来のシーリングでは、要求する前の段階で金額を制限することで歳出を抑える面がありました。
これに対して要求上限を外すと、予算編成の後半がより重要になります。
例えば1000億円の要求があったとして、
本当に1000億円必要なのか
その1000億円によって民間投資はいくら増えるのか
将来の生産性向上につながるのか
既存政策より効果が高いのか
といった政策効果を厳しく査定する必要があります。
つまり、
入口で金額を抑える
という方法から、
入口では必要額を要求させ、出口で政策効果を厳しく選別する
という方向へ変わることになります。
要求段階の自由度が高まるほど、その後の査定の重要性は大きくなります。
歳出膨張をどう防ぐのか
シーリングを緩めたり撤廃したりすると、当然ながら歳出膨張への懸念が出てきます。
2027年度の概算要求が143兆円前後と過去最大になったことは、その象徴ともいえます。
ただし政府は、単純にすべての歳出を増やす方針ではありません。
伸ばすべき歳出と見直すべき歳出を分ける考え方を示しています。
成長につながる投資は増やす。
一方で、効果の低い補助金や既存事業などは見直す。
つまりシーリングという一律の天井だけに頼るのではなく、政策ごとの効果を見ながら予算を入れ替える考え方です。
この仕組みが機能するかどうかが、2027年度予算編成の大きなポイントになります。
結論
シーリングとは、各省庁が概算要求を行う際に設ける予算要求額の上限です。
各省庁が必要だと考える政策をすべて積み上げれば、予算要求額は際限なく膨らむ可能性があります。
そこで概算要求基準を通じて一定の天井を設け、限られた範囲の中で各省庁自身に政策の優先順位を考えさせてきました。
シーリングには、単に歳出を削るだけではなく、新しい政策を始める一方で効果の低い既存政策を見直し、予算の新陳代謝を促す役割もあります。
一方、過去の予算額を基準とする上限が強すぎれば、AIや半導体、経済安全保障など、新たに巨額の投資が必要になった分野へ十分な予算を振り向けにくくなる問題もあります。
2027年度予算では、この考え方を大きく転換し、強く豊かな日本投資枠について要求上限を設けない仕組みが導入されました。
そのため今後は、要求額を最初から金額で抑えること以上に、要求された政策が本当に成長につながるのかを査定することが重要になります。
シーリングとは単なる予算の天井ではありません。
限られた国のお金をどの政策に優先的に配分するのかを決めるための仕組みだと考えると分かりやすいでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 概算要求、143兆円前後 「天井」廃止で過去最大
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 上限撤廃、強まる官邸裁量
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 概算要求 財務省との議論本格化