簡易課税制度では、事業者が実際にいくら仕入れ、そこでいくら消費税を支払ったのかを一件ずつ計算する必要がありません。
その代わりに使われるのが、みなし仕入率です。
売上にかかる消費税額のうち、一定割合を仕入れで支払った消費税額とみなして納税額を計算します。
たとえば、みなし仕入率が80パーセントなら、売上にかかる消費税額の80パーセントを仕入れで負担した消費税額とみなします。
実際の仕入れが多かったのか少なかったのかは、基本的に計算へ反映しません。
この仕組みによって中小事業者の事務負担を軽減できます。
ところが、2027年4月から食料品の消費税率が1パーセントへ引き下げられると、みなし仕入率の仕組みに大きな問題が生じる可能性があります。
農家などでは売上にかかる税率が1パーセントへ下がる一方、肥料や農業機械などの仕入れには10パーセントが残る可能性があるからです。
今回は、みなし仕入率とは何か、なぜ業種によって割合が違うのか、食料品1パーセントへの減税で何が問題になるのかを見ていきます。
みなし仕入率とは何か
消費税の納税額は、原則として売上にかかる消費税額から仕入れにかかる消費税額を差し引いて計算します。
たとえば売上にかかる消費税額が100万円、控除できる仕入れにかかる消費税額が70万円なら、単純化すると納付する消費税額は30万円です。
この方法では、実際の仕入れにかかる消費税額を把握する必要があります。
一方、簡易課税制度では実際の仕入税額を使いません。
売上にかかる消費税額に一定割合を掛け、仕入税額を計算したものとみなします。
この割合がみなし仕入率です。
実際の仕入額を調べなくてもよい
みなし仕入率の大きな特徴は、実際の仕入額と直接連動しないことです。
たとえば売上にかかる消費税額が100万円で、みなし仕入率が80パーセントだったとします。
仕入れにかかる消費税額は、
100万円に80パーセントを掛けた80万円
とみなします。
したがって納付税額は、
100万円から80万円を差し引いた20万円
です。
実際には仕入れで70万円の消費税を負担していても、90万円を負担していても、簡易課税の計算上は80万円とみなします。
これによって、事業者は一件ずつ仕入税額を積み上げなくても納税額を計算できます。
なぜ業種によって割合が違うのか
すべての企業に同じみなし仕入率を使うわけではありません。
事業の種類によって、売上に占める仕入れや経費の構造が違うからです。
たとえば卸売業では、他社から商品を大量に仕入れ、それを別の事業者へ販売します。
そのため売上に対する仕入れの割合が比較的大きくなります。
一方、サービス業では人の働きそのものが価値の中心になる場合があります。
給与には原則として消費税がかからないため、売上に対する課税仕入れの割合は卸売業ほど大きくならないことがあります。
そこで簡易課税制度では、事業を複数の区分に分け、それぞれ異なるみなし仕入率を設定しています。
みなし仕入率は6つの事業区分に分かれる
現在の簡易課税制度では、事業を6種類に区分してみなし仕入率を設定しています。
第一種事業は卸売業で90パーセントです。
第二種事業は小売業などで80パーセントです。
第三種事業は製造業や一定の農林漁業などで70パーセントです。
第四種事業はその他の事業で60パーセントです。
第五種事業はサービス業などで50パーセントです。
第六種事業は不動産業で40パーセントです。
仕入れの割合が高いと想定される業種ほど、みなし仕入率も高く設定されていることが分かります。
ただし、実際の事業内容によってどの区分になるのかを判断する必要があります。
農業には特別な扱いがある
農業については、販売する相手や取引内容などによって簡易課税上の扱いを確認する必要があります。
特に飲食料品に該当する農林水産物を生産し、一定の形で販売する事業については、簡易課税制度上の区分に特例があります。
これは農業では、肥料や農薬、農業機械、燃料など多くの課税仕入れが発生することを考慮した仕組みです。
農業と一言でいっても、米作、野菜、果樹、畜産など事業構造はさまざまです。
そのため、実際にどのみなし仕入率が適用されるのかは、具体的な取引内容によって判断する必要があります。
重要なのは、農家も実際の仕入税額ではなく、一定のみなし仕入率を使って消費税を計算できる場合があるという点です。
原則課税とは考え方が大きく違う
原則課税と簡易課税の違いを整理すると分かりやすくなります。
原則課税では、実際に支払った消費税額を基礎に仕入税額控除を計算します。
そのため仕入れが増えれば、控除できる税額も基本的には増えます。
一方、簡易課税では実際の仕入額を使いません。
売上にかかる消費税額にみなし仕入率を掛けて計算します。
したがって、実際に大きな設備投資をして仕入税額が増えても、その金額がそのまま簡易課税の計算へ反映されるわけではありません。
簡単に計算できる代わりに、実際の事業活動とのズレが生じる可能性があります。
食料品1パーセントで何が問題になるのか
政府は2027年4月から食料品の消費税率を8パーセントから1パーセントへ引き下げる方針です。
ここで、みなし仕入率の特徴が問題になります。
みなし仕入率は売上にかかる消費税額へ掛ける割合です。
つまり、売上にかかる消費税額が小さくなれば、みなし仕入税額も自動的に小さくなります。
ところが、実際の仕入れで負担する消費税まで同じ割合で小さくなるとは限りません。
食料品を販売する事業者にとって、このズレが大きくなる可能性があります。
農家で考えると分かりやすい
農家を例に考えてみます。
農家が販売する一定の農産物は、食料品として1パーセントになることが想定されます。
すると売上にかかる消費税額は大幅に減少します。
一方、農家は、
肥料
農薬
農業機械
燃料
修理サービス
施設設備
などを購入します。
これらすべてが食料品1パーセントになるわけではありません。
10パーセントの標準税率が残るものも多くあります。
つまり、売上税額は大きく減るのに、実際の仕入税額はそれほど減らないという状況が起こり得ます。
売上税額が減ればみなし仕入税額も減る
単純な例を考えてみます。
売上にかかる消費税額が80万円で、みなし仕入率が80パーセントだとします。
みなし仕入税額は64万円です。
ところが税率変更によって、同じ税抜売上高に対する売上税額が10万円になったとします。
みなし仕入率が同じ80パーセントなら、みなし仕入税額は8万円です。
つまり、みなし仕入税額も大幅に小さくなります。
しかし、農家が肥料や農業機械などの仕入れで実際に負担する消費税が同じように減っていなければ、実額とみなし額の差が大きくなります。
ここが食料品1パーセントで問題になる部分です。
みなし仕入率を高くすれば解決するのか
では、食料品を扱う事業者のみなし仕入率を引き上げればよいのでしょうか。
一つの考え方ではあります。
売上税額が小さくなっても、高いみなし仕入率を設定すれば控除相当額を大きくできます。
しかし、みなし仕入率には上限があります。
また、売上側が1パーセント、仕入れ側に10パーセントが多く残るという大きな税率差を、単純な割合の変更だけで十分に調整できるとは限りません。
さらに農家、食品メーカー、小売業などでは仕入れ構造が異なります。
すべての事業者に同じ特例を設ければ、新たな有利不利が生まれる可能性もあります。
そのため制度設計は簡単ではありません。
原則課税へ変更すればよいとは限らない
実際の仕入税額が大きいのであれば、原則課税を利用すればよいという考え方もあります。
原則課税なら、実際に負担した仕入税額を一定の要件のもとで控除できます。
しかし、簡易課税を利用している中小事業者は、事務負担を軽くするためにこの制度を選んでいます。
原則課税へ移れば、
仕入れごとの税率管理
適格請求書の保存
仕入税額控除の計算
帳簿管理
などの負担が増える可能性があります。
税率変更によって事業者が事実上原則課税へ移らざるを得なくなれば、簡易課税制度による事務負担軽減というメリットが失われます。
簡易課税の見直しが論点になる理由
経済産業省は、食料品の消費税率1パーセントへの引き下げに関連して、課税売上高5000万円以下の簡易課税事業者の扱いを論点として示しています。
これは食料品だけを大幅に減税すると、現在のみなし仕入率を前提とした計算方法が実際の税負担と合わなくなる可能性があるためです。
現在のみなし仕入率を維持するのか。
特別な計算方法を設けるのか。
原則課税へ変更しやすくするのか。
別の給付制度で補うのか。
今後、こうした選択肢を含めた制度設計が必要になります。
結論
みなし仕入率とは、簡易課税制度を利用する事業者について、売上にかかる消費税額の一定割合を仕入れで負担した消費税額とみなすための割合です。
実際にいくら仕入れ、いくら消費税を支払ったのかを一件ずつ計算しなくてもよいため、中小事業者の事務負担を軽減できます。
一方、実際の仕入税額を使わないため、事業の実態と計算上の仕入税額にズレが生じることがあります。
この問題が大きくなる可能性があるのが、2027年4月に予定される食料品の消費税率1パーセントへの引き下げです。
農家などでは農産物を販売するときの税率が1パーセントへ下がる一方、肥料や農業機械などの仕入れには10パーセントが残る可能性があります。
ところが簡易課税のみなし仕入税額は、実際の仕入税額ではなく売上税額を基礎として計算します。
売上税額が大幅に減れば、みなし仕入税額も大幅に減ります。
実際の仕入れで負担する消費税がそれほど減らなければ、両者のズレが拡大します。
簡易課税制度は、本来は消費税を簡単に計算するための制度です。
しかし食料品だけ1パーセントという大きな税率差を設けることで、その簡単な仕組み自体を見直す必要が生じる可能性があります。
消費税率の変更は、税率の数字だけでなく、既存の税額計算の仕組みにまで影響を及ぼすのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 消費減税、総額表示を猶予 政府検討 値札交換の負担考慮