子育ての負担は、家庭や職場の中だけで生じるものではありません。
子どもを連れてスーパーへ買い物に行く、ショッピングモールを利用する、レストランで食事をするといった日常生活の中にも、さまざまな負担があります。
こども家庭庁の2023年の調査では、子どもと一緒にいる際に不便を感じたり周囲の配慮が欲しかったりした場面として、スーパーやショッピングモール、レストランやカフェなども挙げられています。
こうした日常生活の不便を企業の商品やサービスによって減らそうという考え方が広がっています。
こども家庭庁が2027年度の創設を目指す新しい子育て支援企業の認定制度でも、店舗内に子どもが遊べる空間を確保するといった取り組みを評価する方向です。
店舗づくりそのものが子育て支援として評価される可能性が出てきたのです。
キッズスペースにはどんな意味があるのか
子育てしやすい店舗の代表的な設備として考えられるのがキッズスペースです。
小さな子どもにとって、大人の買い物や商談、食事の時間は必ずしも楽しいものではありません。
長時間待つことが難しい場合もあります。
そこで、子どもが安全に過ごせる場所を店舗内に設ければ、保護者がサービスを利用しやすくなります。
例えば自動車販売店や住宅展示場などでは、商品説明や商談に一定の時間がかかることがあります。
子どもが過ごせる場所があれば、保護者は説明を聞きやすくなります。
飲食店や商業施設でも同様です。
キッズスペースは子どものためだけの設備ではなく、保護者が店舗を利用しやすくするための設備でもあるのです。
授乳室が外出の範囲を広げる
乳幼児を連れて外出する家庭にとって重要なのが授乳できる場所です。
自宅であればいつでも授乳できますが、外出先ではそうはいきません。
授乳できる場所が見つからなければ、外出できる時間や行動範囲が制限されることがあります。
商業施設などに授乳室が整備されていれば、保護者は長時間外出しやすくなります。
授乳室は直接商品を販売する場所ではありません。
店舗から見ると、そのスペースを売り場などに利用することもできます。
それでも授乳室を設けるのは、子育て世帯が安心して施設を利用できる環境をつくることが、施設全体の利用価値につながるからです。
子育て支援と商業施設の集客を両立させる設備と考えることができます。
おむつ交換設備も重要になる
小さな子どもとの外出では、おむつ交換も避けることができません。
そのため、トイレなどにおむつ交換設備があるかどうかは、子育て世帯にとって店舗選びの重要な条件になることがあります。
さらに重要なのが、誰が利用できる場所に設置するかです。
おむつ交換設備が女性用トイレだけに設置されていれば、男性が子どもを連れて外出した場合に利用しにくくなります。
男性の育児参加を進めるのであれば、男性も利用できる場所に設備を設ける必要があります。
子育て支援設備の設計は、育児を誰が担うのかという社会の考え方とも関係しているのです。
子ども連れで利用しやすい動線とは何か
子育てしやすい店舗では、個別の設備だけでなく店舗全体の動線も重要です。
例えばベビーカーを利用している家庭を考えてみます。
入口に大きな段差があれば、それだけで利用しにくくなります。
通路が狭ければ、ベビーカーを押しながら商品を見ることが難しくなります。
エレベーターが分かりにくい場所にあれば、階を移動するだけでも負担になります。
子どもを抱えながら荷物を持っている場合には、自動ドアや広い通路なども大きな意味を持ちます。
高齢者や車いす利用者にも使いやすい設計と共通する部分があります。
子育てしやすい店舗づくりは、結果として幅広い人に利用しやすい店舗づくりにつながる可能性があります。
飲食店では子ども向け設備が利用しやすさを左右する
レストランやカフェでは、さらに独特の子育て負担があります。
小さな子どもは大人と同じ椅子を使いにくいことがあります。
子ども用の椅子があるかどうかで利用しやすさが変わります。
ベビーカーを置けるスペースも必要です。
子ども向けメニューや食器が用意されていれば、保護者が持参する物を減らすことができます。
一つ一つは小さなサービスに見えます。
しかし、こうした小さな違いが積み重なることで、子ども連れの家庭にとって利用できる店と利用しにくい店が分かれます。
子育て支援は大規模な設備投資だけでなく、日常的な店舗運営の工夫でも実現できるわけです。
店舗投資にはコストがかかる
一方、企業から見ると子育て支援設備には費用がかかります。
キッズスペースをつくれば、本来商品を陳列できた売り場面積が減ります。
授乳室を整備するにも工事費が必要です。
おむつ交換設備には導入費や維持管理費がかかります。
通路を広くすれば、その分だけ商品を並べられる面積が小さくなる場合があります。
つまり、子育てしやすい店舗をつくることには機会費用もあります。
社会的には価値があっても、企業が短期的な売上だけを考えると投資をためらう可能性があります。
ここに政策支援を行う意味が出てきます。
新しい認定制度が企業評価につながる
こども家庭庁が検討している新しい認定制度では、店舗内に子どもが遊べる空間を確保するといった要素も評価対象とする方向です。
これは従来の企業向け子育て支援制度とは大きく異なります。
例えばくるみん認定では、従業員の育児休業取得や働き方など、企業内部の取り組みが中心です。
これに対して新制度では、顧客として店舗を利用する子育て世帯への配慮も評価する方向です。
店舗設計やサービス内容そのものが、企業の子育て支援として評価されるわけです。
企業の人事部門だけではなく、店舗開発や商品企画、営業などにも子育て支援という視点が入ってきます。
子育て支援が顧客獲得につながる
子育てしやすい店舗への投資は、企業にとって単なる社会貢献とは限りません。
顧客獲得につながる可能性があります。
例えば同じような商品や料理を提供する二つの店舗があるとします。
一方には授乳室やおむつ交換設備があり、ベビーカーでも利用しやすい。
もう一方にはそうした設備がない。
小さな子どもを持つ家庭であれば、前者を選ぶ可能性があります。
一度利用して便利だと分かれば、その後も繰り返し利用することも考えられます。
子育て支援設備への投資が顧客満足度を高め、リピーターの獲得につながれば、企業側にも経済的なメリットが生まれます。
子どもが成長しても顧客関係は続く
子育て世帯を顧客として考える場合、長期的な視点も重要です。
乳幼児を連れて利用していた家庭の子どもも、いずれ成長します。
その家庭が同じスーパーやショッピングモール、飲食店を長期間利用すれば、企業との顧客関係は何年も続く可能性があります。
さらに子ども自身が成長して顧客になることもあります。
そのため、子育て世帯が利用しやすい環境を整えることは、目先の売上だけでなく長期的な顧客基盤をつくる投資とも考えられます。
企業が子育て支援を行うことと企業利益は、必ずしも対立するものではありません。
結論
子育てしやすい店舗とは、キッズスペース、授乳室、おむつ交換設備、ベビーカーで移動しやすい通路などを整え、子ども連れの家庭が利用しやすい環境をつくった店舗です。
こうした設備は子どものためだけではありません。
保護者の外出や買い物、外食の負担を軽くし、子育て世帯の日常生活そのものを支える役割があります。
一方、店舗側には設備費や維持費、売り場面積が減るといった負担があります。
2027年度に創設が検討されている新しい子育て支援企業認定制度で、こうした取り組みが評価され、法人減税や補助金などにつながれば、企業が投資しやすくなる可能性があります。
さらに、子育てしやすい店舗は顧客満足度を高め、子育て世帯の来店や長期的な顧客関係につながる可能性もあります。
子育て支援を企業にとってのコストだけで考えるのではなく、店舗の価値を高める投資として考える。
新しい認定制度は、日常生活の身近な場所から子育て環境を変えていくきっかけになる可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 子育て向け商品・サービス提供企業に法人減税