企業が子育て支援に取り組むと、費用がかかります。
育児休業を取得しやすい職場をつくる、子育て世帯が利用しやすい店舗を整備する、子育て支援住宅を開発する、子ども食堂を支援するといった取り組みには、いずれも人やお金が必要です。
そのため、子育て支援は企業にとって負担だと考えることもできます。
しかし、こども家庭庁が進める「こどもとともに成長する企業構想」では、子育て支援と企業価値の向上を一体的に考える方向が示されています。
社会にとって良いことをすれば企業が一方的に費用を負担するという発想ではありません。
子育て支援が人材確保や顧客獲得、企業ブランドなどにつながり、最終的には企業自身の成長にも結び付く仕組みをつくろうとしているのです。
社会的価値とは何か
社会的価値とは、企業活動によって社会に生み出される価値です。
企業の売上や利益として直接表れないものも含まれます。
例えば、企業が店舗に授乳室やおむつ交換設備を整備したとします。
利用者から授乳室の利用料を取らなければ、その設備から直接売上が発生するわけではありません。
しかし、子どもを連れた家庭が外出しやすくなるという社会的な価値が生まれます。
企業が子ども食堂を支援する場合も同じです。
子どもの居場所が増えたり、地域とのつながりが生まれたりすれば、社会にとって価値があります。
このように、企業の決算書にそのまま利益として表れなくても、社会全体に生み出される価値があります。
企業価値とは何か
企業価値は、企業が将来にわたって生み出す経済的な価値を考える概念です。
単純に現在の利益だけで決まるものではありません。
企業が将来どれだけ利益やキャッシュフローを生み出せるかが重要になります。
そのため、現在は費用になっている支出でも、将来の利益につながるのであれば企業価値を高める投資になり得ます。
例えば、人材育成に1000万円を使えば、その年度だけを見ると費用です。
しかし、その結果として従業員の能力が高まり、将来の利益が増えるのであれば、人材育成には投資としての意味があります。
子育て支援についても同じ考え方ができます。
子育て支援が採用力につながる
企業価値との関係で分かりやすいのが採用です。
少子化が進めば、企業が採用できる若い人材も減っていきます。
企業同士の人材獲得競争が激しくなれば、給与以外の働く環境も重要になります。
求職者にとって、将来子どもが生まれても働き続けられる会社なのかは重要な判断材料になります。
育児休業を取得しやすいか。
長時間労働が少ないか。
柔軟な働き方ができるか。
こうした環境を整えている企業には、人材が集まりやすくなる可能性があります。
子育て支援への支出が採用力を高めるのであれば、それは将来の競争力への投資になります。
離職率を下げる効果もある
企業にとっては、人を採用するだけでなく、採用した人に長く働いてもらうことも重要です。
従業員が出産や育児を理由に退職すれば、それまで企業が人材育成に使ってきた費用や時間の一部が失われます。
経験のある従業員が退職すれば、その人が持っていた知識や取引先との関係なども失われる可能性があります。
さらに代わりの人材を採用し、教育する費用も発生します。
育児休業や短時間勤務、シッターサービスなどを整備することで従業員が働き続けられるのであれば、こうした離職コストを抑えられます。
子育て支援費用だけを見るのではなく、退職を防ぐことで削減できるコストまで考える必要があります。
顧客獲得にもつながる
新しい子育て支援企業認定制度では、従業員だけでなく、顧客や地域社会への支援も評価する方向です。
ここでは子育て支援が売上につながる可能性があります。
例えば、子ども連れで利用しやすいスーパーと、利用しにくいスーパーがあったとします。
商品や価格に大きな違いがなければ、子育て世帯は利用しやすい店舗を選ぶかもしれません。
住宅でも同じです。
子どもを見守りやすい間取りやキッズスペースなどがあれば、子育て世帯から選ばれる可能性があります。
社会的な価値を提供することが、顧客に選ばれる理由になるわけです。
企業ブランドという無形の価値もある
企業には工場や店舗など目に見える資産だけでなく、ブランドや信用など目に見えない価値があります。
子育て支援に積極的な企業という評価が定着すれば、企業ブランドを高める可能性があります。
求職者から選ばれやすくなる。
顧客から支持される。
取引先から評価される。
こうした効果が積み重なれば、長期的な企業競争力につながります。
ただし、広告だけで子育て支援企業を名乗っても十分ではありません。
実際の取り組みが伴っていることが重要です。
そこで国の認定制度による客観的な評価が意味を持ちます。
認定制度が社会的価値を見える化する
社会的価値には、売上や利益のように簡単に数字で表しにくいという問題があります。
企業がどれだけ子育て支援に取り組んでいるのかを、外部の人が判断するのは容易ではありません。
認定制度には、この情報の差を小さくする役割があります。
一定の基準を満たした企業を国が認定すれば、求職者や消費者などが企業を比較しやすくなります。
さらに求人サイトなどで認定企業かどうかを確認できるようになれば、企業の取り組みが人材獲得にも結び付きやすくなります。
社会的価値を見える化し、それを企業への評価に変える仕組みと考えることができます。
法人減税や補助金が最初の投資を支える
子育て支援が長期的に企業価値を高める可能性があっても、企業が最初から積極的に投資するとは限りません。
効果が出るまで時間がかかるからです。
例えば、店舗に子育て支援設備を整備しても、翌日から売上が大幅に増えるとは限りません。
育児支援制度を充実させても、離職率低下による効果が確認できるまでには時間がかかります。
そこで法人減税や補助金などによって初期負担を軽くすれば、企業が投資に踏み出しやすくなります。
政策支援は企業の代わりに永遠に費用を負担するものではなく、社会的価値と企業価値が結び付くまでの最初のハードルを下げる役割を持つことができます。
子育て支援企業の成長力という視点
今回の制度を考えるうえで興味深いのが、子育て支援に取り組む企業と企業業績の関係です。
日本経済新聞の記事では、くるみんを取得した中小企業の純利益は2024年までの5年間で54%伸び、市場平均の26%を上回ったとされています。
もちろん、この数字だけで、くるみんを取得したから利益が増えたと断定することはできません。
もともと経営力の高い企業ほど子育て支援にも積極的だった可能性もあります。
それでも、子育て支援と企業成長が必ずしも対立するものではないことを考える材料にはなります。
人材を大切にする経営が、採用や定着、生産性などを通じて企業業績につながる可能性があるからです。
社会的価値と利益を循環させる
理想的なのは、子育て支援を行うほど企業が損をする構造ではありません。
子育て支援を行う。
認定制度によってその取り組みが見える化される。
求職者や顧客から評価される。
採用力や顧客獲得力が高まる。
企業の利益や企業価値が高まる。
その利益をさらに子育て支援へ投資する。
こうした循環が生まれれば、政府が補助金を出し続けなくても企業自身が子育て支援を続ける理由が生まれます。
こども家庭庁が目指しているのは、社会的価値と企業価値が相反するのではなく、互いを高める関係をつくることだと考えられます。
結論
子育て支援は、短期的に見れば企業にとって費用になります。
育児支援制度、キッズスペース、授乳室、子育て支援住宅などにはお金がかかるからです。
しかし、その取り組みによって採用力が高まり、離職率が下がり、顧客から選ばれ、企業ブランドが向上すれば、長期的には企業価値を高める可能性があります。
重要なのは、社会的価値と企業利益を対立するものとして考えないことです。
認定制度によって企業の取り組みを見える化し、法人減税や補助金で初期投資を後押しし、公共調達や採用、顧客獲得などのメリットにつなげる。
そして企業が得た利益をさらに子育て支援へ投資する。
この循環が生まれれば、子育て支援は企業に求められる負担ではなく、企業自身の成長戦略の一部になります。
少子化対策と企業価値向上を同時に実現できるか。
2027年度に創設が検討されている新しい認定制度は、その可能性を試す仕組みともいえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 子育て向け商品・サービス提供企業に法人減税