ステーブルコインが普及すると、銀行にとって大きな問題になる可能性があります。
それが預金の流出です。
例えば銀行口座に100万円を置いていた人が、その100万円を円建てステーブルコインへ交換したとします。
利用者から見れば、銀行預金100万円がステーブルコイン100万円相当へ変わっただけです。
しかし銀行から見ると、自行に置かれていた預金が100万円減る可能性があります。
これが社会全体で数兆円、数十兆円という規模になれば、銀行の資金調達構造にも影響を与えます。
銀行は預金を集め、その資金を企業や個人への貸出などに利用しています。
ステーブルコインの普及は、単に新しい決済手段が増えるだけではありません。
私たちがどこにお金を置くのかという選択を変え、銀行のビジネスモデルにも影響する可能性があるのです。
銀行預金からステーブルコインへ資金を移す
例えばAさんが銀行の普通預金に500万円を持っているとします。
このうち100万円を円建てステーブルコインへ交換します。
Aさんの資産全体は、単純化すれば変わりません。
交換前は、
銀行預金500万円
でした。
交換後は、
銀行預金400万円
ステーブルコイン100万円相当
となります。
Aさんから見れば、資産の保有形態を変えただけです。
しかし銀行から見れば預金が100万円減っています。
このような動きが多数の預金者によって行われれば、銀行預金からステーブルコインへ大きな資金移動が起きる可能性があります。
預金流出とは何か
預金流出とは、銀行に置かれていた預金が外部へ移動することです。
例えば預金者が100万円を引き出して現金で保有すれば、銀行から預金が流出します。
別の銀行へ100万円を振り込んでも、その銀行から見れば預金流出です。
ステーブルコインへ交換する場合も、銀行預金から別の形の資産へ資金が移ることになります。
もちろん、社会全体で見ればその円が完全に消えるわけではありません。
信託型ステーブルコインなら、裏付けとなる円が信託財産として管理されるなど、別の場所に資金が存在することになります。
重要なのは、その資金がどの銀行のどのような形の預金として残るのかです。
銀行にとって預金は重要な資金調達手段
銀行は企業や個人へお金を貸しています。
住宅ローンを考えてみます。
銀行が利用者へ3000万円を貸し、利用者は長期間にわたって元本と利息を返済します。
企業向け融資なら数億円、数十億円を貸し出すこともあります。
こうした銀行活動を支える重要な資金調達手段の一つが預金です。
個人や企業から預金を集め、その資金基盤を使って貸出や有価証券運用などを行います。
預金は銀行にとって非常に重要な負債であると同時に、事業を支える資金源なのです。
預金は比較的安定した資金になっている
銀行預金の特徴の一つは、多くの預金者が日常的に銀行口座へ資金を置いていることです。
給与が銀行口座へ振り込まれます。
公共料金が口座から引き落とされます。
クレジットカードの利用代金も銀行口座から支払われます。
企業も売上代金を銀行口座で受け取ります。
そのため銀行口座は決済と資産保管の中心になっています。
預金者一人一人は自由に引き出せますが、銀行全体で見ると一定額の預金が継続的に残りやすい構造があります。
銀行にとって、この安定した預金基盤は大きな意味を持っています。
ステーブルコインが決済口座の役割を奪う可能性
もしステーブルコインが日常の決済に広く使われるようになれば、銀行口座へ置いておく必要のある資金が減る可能性があります。
例えば現在は毎月の生活費として50万円を銀行口座に置いている人がいるとします。
将来、
スーパー
コンビニ
家賃
電気料金
自動車購入
個人間送金
などを円建てステーブルコインで支払えるようになれば、50万円の一部をステーブルコインとして保有するようになるかもしれません。
銀行口座が担ってきた決済用資金の保管場所という役割を、ステーブルコインのウォレットが一部担う可能性があります。
企業預金への影響はさらに大きくなる可能性がある
個人だけではありません。
企業も銀行口座に多額の資金を保有しています。
例えば企業が取引先への支払いに備えて10億円を銀行口座に置いているとします。
企業間決済がステーブルコインへ移行すれば、その一部をステーブルコインとして保有する可能性があります。
仮に3億円をステーブルコインへ移せば、その銀行から見れば3億円の預金が減る可能性があります。
企業間取引は個人の買い物より金額が大きいため、ステーブルコインが本格的に普及した場合、企業預金への影響は無視できません。
信託型ステーブルコインが高額決済で利用しやすくなれば、この問題はさらに重要になります。
預金が減ると貸出原資はどうなるのか
銀行の預金が大きく減れば、銀行は別の方法で資金を調達する必要が出てくる可能性があります。
例えば市場から資金を借りたり、債券を発行したりする方法があります。
しかし預金と市場調達ではコストが異なることがあります。
例えば銀行が預金に年0.5%の金利を支払っているとします。
一方、市場から資金を調達するには年1%以上必要になるかもしれません。
仮に1兆円の資金調達コストが0.5%上昇すれば、単純計算で年間50億円の負担増です。
預金が減ることで銀行の資金調達コストが上昇すれば、貸出金利などにも影響する可能性があります。
預金がそのまま銀行システムから消えるとは限らない
ただし、ステーブルコインが増えた金額だけ銀行システム全体の預金が消えると考えるのも単純すぎます。
例えば100万円の銀行預金を信託型ステーブルコインへ交換したとします。
その100万円が裏付け資産として別の銀行の預金口座などに置かれるのであれば、銀行システム全体では預金として残る可能性があります。
つまり、
A銀行の個人預金が100万円減る
信託財産を管理するB銀行などに100万円が移る
ということが考えられます。
この場合、銀行システム全体から資金が消えるというより、預金の所在や性質が変わります。
小口預金が大口資金へ集約される可能性
ここには銀行にとって重要な変化があります。
例えば100万人がそれぞれ10万円ずつステーブルコインを保有するとします。
合計すると1000億円です。
もともとは100万人の銀行口座に分散していた預金かもしれません。
ところがステーブルコインの裏付け資産として管理されると、1000億円という大きな資金へ集約される可能性があります。
銀行から見ると、
多数の個人から集めた比較的分散された預金
から、
ステーブルコイン発行や信託に関係する主体から預かる大口資金
へ預金構造が変わる可能性があります。
金額が同じでも、資金の安定性や交渉力は同じとは限りません。
大口資金は動きやすい可能性がある
100万人の預金者が同じ日に一斉に銀行を変更する可能性は通常それほど高くありません。
しかし1000億円の裏付け資産を管理する主体が資金の預け先を変更すれば、一度に巨額の資金が移動する可能性があります。
つまりステーブルコインの普及によって、預金が集中すると、銀行間の資金移動が大きくなる可能性があります。
銀行にとっては預金総額だけでなく、
誰から預かっている資金なのか
どの程度安定しているのか
どのくらい短期間で移動する可能性があるのか
という点が重要になります。
金利競争が激しくなる可能性もある
ステーブルコインが銀行預金の競争相手になれば、銀行が預金金利を引き上げる可能性もあります。
例えば普通預金にほとんど利息が付かず、ステーブルコインを利用したサービスに利便性や経済的メリットがあれば、預金者が資金を移す可能性があります。
銀行としては預金を維持するために、
預金金利を引き上げる
ポイントなどの特典を付ける
決済サービスを充実させる
資産運用サービスと連携する
といった対応を取ることが考えられます。
ステーブルコインの普及は、銀行間だけだった預金獲得競争に新しい競争相手を加える可能性があります。
それなら銀行自身が発行すればよい
銀行にとってステーブルコインが脅威になるのであれば、自分たちでステーブルコイン事業へ参入するという選択肢があります。
実際に日本でも大手銀行がステーブルコインの発行や活用を検討しています。
銀行自身が関与すれば、
預金
ステーブルコイン
企業決済
海外送金
デジタル証券
などを一体的に提供できる可能性があります。
利用者が銀行預金からステーブルコインへ資金を移しても、銀行グループ内のサービスとして取り込めれば、顧客との関係を維持できます。
銀行にとってステーブルコインは、預金を奪う競争相手であると同時に、自ら提供できる新しい金融インフラでもあるのです。
銀行がステーブルコインを手掛ける理由
銀行にはステーブルコイン事業で利用できる強みがあります。
すでに多くの個人や企業と取引があります。
本人確認の仕組みがあります。
マネーロンダリング対策のノウハウがあります。
企業間決済のネットワークがあります。
海外金融機関との関係もあります。
さらに金融規制の下で資金管理を行ってきた経験があります。
こうした既存の金融インフラとステーブルコインを組み合わせれば、新しい決済サービスを提供できる可能性があります。
そのため銀行がステーブルコインを単なる競争相手として排除するとは限りません。
自ら新しい仕組みへ参加する動機があります。
銀行の役割そのものが変わる可能性
ステーブルコインが普及しても、銀行がなくなるとは考えにくいでしょう。
企業は融資を必要とします。
個人は住宅ローンを利用します。
企業の信用力を審査する仕事も必要です。
預金や資産運用、外国為替などさまざまな金融サービスもあります。
一方、銀行が長く担ってきた決済機能の一部は、ステーブルコインなど新しい仕組みと競争する可能性があります。
その場合、銀行は、
預金を集める会社
振込を行う会社
というだけではなく、
デジタル資産を含めた金融インフラを提供する会社
へ役割を広げていく可能性があります。
急激な預金流出は金融システムの問題にもなる
ステーブルコインへの資金移動がゆっくり進むのであれば、銀行も対応する時間があります。
しかし短期間に大量の預金が移動すると、金融システム上の問題になる可能性があります。
デジタル化された資金は、現金よりはるかに速く移動できます。
スマートフォンの操作だけで銀行預金から別のデジタル資産へ巨額の資金を移せる環境になれば、信用不安が起きたときの資金移動も速くなる可能性があります。
この問題はステーブルコインだけでなく、将来CBDCが導入される場合にも重要な論点です。
決済を便利にすることと、金融システムを安定させることの両方を考える必要があります。
結論
ステーブルコインが普及すると、銀行預金の一部がステーブルコインへ移る可能性があります。
個人が銀行預金100万円をステーブルコインへ交換すれば、その銀行から見れば預金が100万円減る可能性があります。
企業が数億円、数十億円の決済資金をステーブルコインへ移せば、影響はさらに大きくなります。
銀行にとって預金は重要な資金調達手段です。
預金が減れば、市場調達など別の方法で資金を確保する必要が生じ、資金調達コストが上昇する可能性があります。
ただし、ステーブルコインへ移った円が銀行システムから完全に消えるとは限りません。
信託型ステーブルコインの裏付け資産として別の銀行などに置かれれば、預金の所在や性質が変わることになります。
多数の個人預金が巨額の裏付け資産へ集約されることで、銀行の預金構造そのものが変化する可能性もあります。
だからこそ銀行自身もステーブルコイン事業へ参入しようとしています。
ステーブルコインは銀行にとって、預金を奪う可能性のある競争相手であると同時に、次世代の決済サービスを提供するための新しい道具でもあります。
ステーブルコインの普及が本格化したとき、本当に大きく変わるのは支払い方法だけではありません。
私たちのお金がどこに置かれ、そのお金を使って誰が企業や個人へ資金を供給するのかという、銀行を中心としてきた金融の資金循環そのものが変わる可能性があるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 家・車もステーブルコイン