円建てステーブルコインを100万円分持っていても、保有しているだけで必ず利息が付くわけではありません。
前回の記事で説明したように、ステーブルコインの裏付け資産から利息が生じていても、その収益が利用者へそのまま支払われるとは限らないからです。
一方、ステーブルコインを第三者へ貸し出すことで収益を得る仕組みがあります。
これがステーブルコインレンディングです。
例えば100万円相当の円建てステーブルコインを一定期間貸し出し、その対価として収益を受け取るという考え方です。
見た目だけなら銀行の定期預金に似ています。
しかし仕組みは大きく異なります。
預金は銀行に対する預金債権ですが、レンディングではステーブルコインを第三者へ貸し出すことによって収益を得ます。
そのため貸出先の信用リスクやサービス提供者のリスクなどを負う可能性があります。
高い利回りだけを見るのではなく、誰に何を貸しているのかを理解することが重要です。
レンディングとは何か
レンディングとは、簡単にいえば保有している資産を貸し出し、その対価として収益を受け取る仕組みです。
例えば100万円相当のステーブルコインを持っているとします。
その100万円相当を一定期間貸し出します。
貸出先はそのステーブルコインを利用し、一定期間後に返還します。
利用者は貸し出した対価として収益を受け取ります。
例えば年3%相当の条件で100万円分を1年間貸し出したと単純化すれば、3万円相当の収益が生じるというイメージです。
ただし実際の収益率や期間、手数料、返還条件などはサービスによって異なります。
ステーブルコイン自体から利息が生まれるわけではない
ここは重要なポイントです。
100万円分のステーブルコインを自分のウォレットで保有しているだけなら、通常は100万円相当のステーブルコインを持っている状態です。
レンディングでは、その資産を第三者へ貸します。
その貸付の対価として収益を受け取ります。
つまり、
ステーブルコインを保有しているから利息が付く
のではなく、
ステーブルコインを貸しているから収益が発生する
という違いがあります。
この点を理解しないと、銀行預金の利息と同じように考えてしまいます。
預金金利とは何が違うのか
例えば銀行へ100万円を預けるとします。
銀行は預金者から集めた資金を企業への貸出などに利用します。
預金者は銀行に対して100万円の預金債権を持ちます。
銀行は契約に基づいて預金者へ利息を支払います。
一方、ステーブルコインレンディングでは、利用者が保有するステーブルコインを貸し出します。
このため法律上や経済上の関係は銀行預金とは異なります。
また銀行預金には預金保険制度があります。
一般預金等については、一定の範囲で預金者を保護する仕組みがあります。
ステーブルコインのレンディングを利用したからといって、それが銀行預金になり、同じ預金保険によって保護されるわけではありません。
誰に貸しているのか
レンディングを利用するときに最も重要な質問の一つが、
自分のステーブルコインを誰に貸しているのか
です。
例えばサービス事業者が利用者からステーブルコインを集め、それを別の企業や投資家へ貸し出す仕組みが考えられます。
借り手は、
暗号資産取引を行う事業者
機関投資家
マーケットメークを行う事業者
その他の資金需要者
などである可能性があります。
利用者から見るとアプリに100万円を預けているように見えても、その裏側では別の相手へ資産が貸し出されている場合があります。
誰が最終的な借り手なのか。
どのような目的で借りているのか。
どの程度の信用力があるのか。
こうした点がリスクを考えるうえで重要になります。
なぜ借り手は利息を払うのか
借り手が利息を支払うのは、そのステーブルコインを利用して利益を得たり、資金需要を満たしたりできるからです。
例えばある事業者が1000万円相当のステーブルコインを借りるとします。
その資金を取引や決済などに利用し、借入コストを上回る利益を得られると考えているなら、一定の利息を払ってでも借りる意味があります。
これは企業が銀行からお金を借りるのと基本的な考え方は似ています。
借り手には資金需要があります。
貸し手には余っている資産があります。
その両者を結び付けることでレンディング市場が成立します。
なぜ預金より高い利回りになることがあるのか
ステーブルコインレンディングでは、銀行預金より高い収益率が提示されることがあります。
それを見ると、
同じ円相当の資産なら、こちらのほうが得ではないか
と考えるかもしれません。
しかし金融の世界では、一般に高い収益には相応のリスクがあります。
借り手の信用リスクが高ければ、その分だけ高い金利を要求する必要があります。
流動性が低い取引なら、その分だけ高い収益が求められることがあります。
新しい市場で資金需要に対して貸し手が少なければ、高い利回りになることもあります。
したがって高利回りは、単なるお得なサービスではなく、何らかのリスクや市場構造の裏返しである可能性があります。
借り手が返せなければどうなるのか
最大の問題は借り手が返済できなくなることです。
例えば100万円相当のステーブルコインを貸したとします。
借り手が事業に失敗し、返還できなくなったとします。
その場合、貸した100万円相当の全部または一部を回収できない可能性があります。
これが信用リスクです。
銀行でも融資先が倒産することがあります。
しかし銀行は多数の貸出先へ資金を分散し、自己資本を持ち、金融規制の下で信用リスクを管理しています。
レンディングサービスがどのようなリスク管理を行っているのかは、利用者が確認すべき重要なポイントです。
担保を取る仕組みもある
貸し倒れリスクを減らすため、借り手から担保を取る仕組みがあります。
例えば100万円相当のステーブルコインを借りるために、150万円相当の暗号資産を担保として差し入れるとします。
借り手が返済できなくなった場合、担保を売却して貸付金の回収に充てます。
これを過剰担保型の貸付と考えることができます。
貸付額より多い担保を取ることで安全性を高めます。
しかし担保が暗号資産なら、その価格が大きく下落する可能性があります。
150万円だった担保が短期間で80万円になれば、100万円の貸付を十分に回収できない可能性があります。
担保があるから絶対安全というわけではありません。
強制清算とは何か
暗号資産を担保にするレンディングでは、担保価値が一定水準まで下がった場合に自動的に売却する仕組みが利用されることがあります。
例えば100万円を貸し、150万円の暗号資産を担保に取ったとします。
担保価格が130万円、120万円と下落していきます。
一定水準を下回ったところで担保を売却し、貸付金を回収します。
これが強制清算です。
価格が緩やかに動くなら機能しやすい仕組みです。
しかし市場が急落すると、想定した価格で担保を売却できない可能性があります。
そのため過剰担保や強制清算があっても、信用リスクを完全になくせるわけではありません。
サービス事業者の破綻リスクもある
利用者が直接借り手へ貸すのではなく、レンディング事業者を通じて貸し出す場合、その事業者自体のリスクも考える必要があります。
例えば事業者が利用者から100億円相当のステーブルコインを集めていたとします。
事業者の資産管理に問題が発生したり、貸付先で巨額の損失が発生したりすれば、利用者への返還が難しくなる可能性があります。
利用者から見れば、
ステーブルコインの価格は1円を維持している
にもかかわらず、
貸し出したステーブルコインが戻ってこない
ということがあり得ます。
ステーブルコインそのものの価格リスクと、レンディングサービスの信用リスクは別なのです。
いつでも引き出せるとは限らない
銀行の普通預金なら、通常は必要なときに引き出せます。
一方、レンディングでは貸出期間が設定されている場合があります。
例えば3か月間貸し出す契約なら、その間は自由に引き出せない可能性があります。
また、いつでも返還請求できる仕組みでも、大量の利用者が同時に返還を求めた場合に対応できるかという問題があります。
事業者が集めたステーブルコインを長期間貸し出しているのに、利用者には即時返還を約束していれば、資産と負債の期間にずれが生じます。
信用不安が起きたとき、このずれが問題になる可能性があります。
ステーブルコインが1円でも元本割れすることがある
例えば100万円分の円建てステーブルコインをレンディングしたとします。
1年後もステーブルコイン自体は1コイン1円を維持しています。
しかし貸付先の破綻によって80万円分しか回収できなかったとします。
利用者が受け取れるのは80万円相当になる可能性があります。
この場合、
ステーブルコインが値下がりしたから損をした
のではありません。
貸付先の信用リスクによって損失が発生したのです。
つまりレンディングを始めると、ステーブルコイン本来の価格安定性とは別のリスクを引き受けることになります。
利回りを見る前に仕組みを見る
例えば二つのサービスがあるとします。
Aサービスは年1%相当。
Bサービスは年8%相当。
数字だけを見るとBサービスのほうが魅力的です。
しかし重要なのは、
なぜ8%を払えるのか
という点です。
借り手が高い金利を払っているのか。
リスクの高い運用をしているのか。
事業者が一時的な販売促進費を負担しているのか。
別の収益源から補填しているのか。
利回りの源泉を理解できなければ、リスクを正しく評価できません。
金融商品では、利回りそのものより、誰がどのような活動によってその利回りを生み出しているのかを見ることが重要です。
預金の代わりではなく投資に近い
ステーブルコインレンディングを考えるときには、銀行預金の代替というより、信用リスクを取って収益を得る投資に近いと考えるほうが分かりやすいでしょう。
銀行預金なら、預金者は銀行にお金を預けます。
レンディングなら、ステーブルコインを第三者へ貸します。
その対価として収益を受け取ります。
つまり収益の源泉は貸付です。
借り手が返済できることを前提に成り立っています。
円に連動するステーブルコインを使っているからといって、貸付そのものまで安全になるわけではありません。
結論
ステーブルコインレンディングとは、保有しているステーブルコインを第三者へ貸し出し、その対価として収益を得る仕組みです。
100万円分のステーブルコインを保有しているだけで利息が生まれるのではありません。
その100万円分を誰かに貸すことで収益が発生します。
したがって銀行預金の金利とは仕組みが異なります。
重要なのは、
誰に貸しているのか
借り手はなぜ高い金利を払えるのか
どのような担保を取っているのか
貸し倒れが起きたら誰が損失を負担するのか
いつ返還してもらえるのか
という点です。
ステーブルコインそのものが1コイン1円を維持していても、貸付先が破綻すれば元本を回収できない可能性があります。
つまり、
ステーブルコインの価格が安定していること
レンディングの元本が安全であること
は全く別の問題です。
高い利回りには、その利回りを生み出す理由があります。
ステーブルコインレンディングを見るときには、何%もらえるのかという数字だけではなく、その収益を誰が払い、どのようなリスクを自分が引き受けているのかを確認することが重要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月25日 朝刊 家・車もステーブルコイン