中小企業には、年間所得800万円以下の部分について法人税率を15%に軽減する特例があります。
本来の税率は19%です。
この15%という税率は、もともと恒久的な制度としてつくられたものではありません。
2008年のリーマン・ショック後、深刻な景気悪化に苦しむ中小企業を支援するために導入された時限的な措置です。
ところが危機から長い年月が経過しても制度は延長され続けています。
なぜ一時的な経済対策として始まった税制が、恒久制度に近い状態になるのでしょうか。
リーマン・ショックで中小企業の経営が悪化した
2008年に発生した世界的な金融危機は、日本企業にも大きな影響を与えました。
海外需要が急速に縮小し、輸出企業の業績が悪化しました。
その影響は大企業だけではありません。
大企業から仕事を受注していた中小企業にも波及しました。
受注が減る
売上が落ちる
資金繰りが悪化する
雇用維持が難しくなる
という問題が広がりました。
こうした状況で、中小企業の手元にできるだけ資金を残す政策の一つとして法人税負担の軽減が行われました。
19%から15%へ引き下げた
一定の中小法人については、もともと年間所得800万円以下の部分に19%の法人税率が適用されます。
これを租税特別措置によって15%へ引き下げました。
例えば課税所得が800万円の会社なら、単純計算では、
19%なら152万円
15%なら120万円
となります。
差額は32万円です。
会社から国へ支払う法人税が32万円減るため、その分だけ企業の手元に資金を残せます。
金融危機で資金繰りが悪化していた中小企業を支えることが制度導入の重要な目的でした。
時限措置とは何か
時限措置とは、最初から適用期限を設けて導入する政策です。
永久に続けることを前提とせず、例えば2年間や3年間と期限を決めます。
期限が来たら、
政策目的は達成されたのか
経済環境は変化したのか
現在も支援が必要なのか
税収減に見合った効果があるのか
などを検証します。
必要がなくなれば終了します。
まだ必要であれば延長します。
この仕組みなら、経済危機のときだけ企業を支援し、経済が正常化したら通常の税制へ戻すことができます。
理論上は非常に合理的な仕組みです。
なぜ期限が来ても終了しないのか
ところが実際には、一度導入された税制優遇を終了するのは簡単ではありません。
最大の理由は、企業側から見ると制度廃止が増税になるからです。
15%の税率が長く続けば、企業はそれを前提として経営計画を立てるようになります。
毎年の税引き後利益
設備投資
借入金返済
従業員の給与
内部留保
なども15%の税率を前提として考えるようになります。
そこで税率を19%へ戻せば、企業にとっては新しい税金をつくっていなくても税負担が増えます。
制度を始めるより、終了するほうが政治的に難しくなる理由です。
延長する理由は毎回つくりやすい
中小企業を取り巻く経営環境は常に変化しています。
リーマン・ショック後には景気回復の遅れがありました。
その後も、
東日本大震災
新型コロナウイルス禍
原材料価格の上昇
エネルギー価格の上昇
円安
人手不足
賃上げ負担
など、中小企業を支援する理由となる問題が次々と発生しました。
一つの危機が終わっても別の経営課題が生じます。
そのため期限が来るたびに、今は中小企業の税負担を増やす時期ではないという判断が行われやすくなります。
時限措置の延長が繰り返される一つの構造です。
延長が続くと事実上の恒久措置になる
法律上は期限が設定されていても、期限が来るたびに延長されれば企業から見た実態は恒久制度に近づきます。
例えば3年間の特例が5回延長されれば15年間続きます。
毎回、
今回も期限付きです
と説明されても、企業側は次回も延長される可能性が高いと考えるようになります。
すると税率15%が例外ではなく、実質的な標準税率のように受け止められます。
この状態になってから制度を廃止すると、企業には大きな制度変更として認識されます。
租税特別措置が既得権益化しやすい理由の一つです。
税制改正要望も制度存続に影響する
租税特別措置の期限が近づくと、制度を所管する省庁は延長の必要性を検討します。
中小企業支援に関係する制度であれば、経済産業省などが企業の経営環境を踏まえて税制改正要望を出します。
その後、政府や与党の税制改正議論で、
制度を廃止するのか
縮小するのか
要件を変更するのか
延長するのか
が検討されます。
業界団体などからも制度存続を求める要望が出ることがあります。
税制は単純な計算だけで決まるのではなく、経済政策や政治判断とも深く関係しています。
廃止すると税収は増える
政府側から見れば、軽減税率を廃止すると税収増につながります。
15%だった税率を19%へ戻せば、その差に相当する法人税収が増えるからです。
租税特別措置を見直す議論では、この税収増を別の政策の財源として利用する考え方があります。
例えば、
消費税減税
教育支援
社会保険料負担の軽減
子育て支援
などです。
つまり特定の中小企業に与えている税制優遇を廃止し、より広い国民を対象とする政策へ財源を移すという考え方です。
企業側から見れば実質的な増税になる
一方、中小企業側から見ると事情は逆です。
所得800万円の企業なら、15%から19%へ戻ることで単純計算では法人税負担が32万円増えます。
この32万円は、
設備投資
従業員への賞与
借入金返済
内部留保
などに使えた資金です。
制度廃止によって政府の税収が増えるということは、その反対側で企業の手元資金が減ることを意味します。
租特廃止は単純な無駄削減ではありません。
誰かの税負担を増やし、その財源を別の政策へ振り替えるという側面があります。
本当に中小企業全体を支援しているのかという問題もある
軽減税率には別の論点もあります。
法人税率を軽減しても、赤字企業には直接的な恩恵がありません。
課税所得がなければ、そもそも所得に対する法人税が発生しないからです。
経営が厳しい赤字企業よりも、利益を出している中小企業のほうが軽減税率のメリットを受けます。
そのため中小企業支援が必要だから軽減税率を維持するという説明だけでは十分ではありません。
中小企業のなかの、
どの企業が恩恵を受けているのか
制度によって設備投資や雇用が増えたのか
減税額に見合った政策効果があるのか
まで検証する必要があります。
租特の出口が難しい理由
租税特別措置には入口だけでなく出口が必要です。
経済危機が起きたときに税制優遇を導入することは比較的簡単です。
企業も歓迎します。
しかし危機が終わった後に制度を廃止しようとすると、利用している企業の負担が増えます。
そこで反対が起こります。
さらに制度が長く続くほど企業経営に組み込まれ、廃止は難しくなります。
その結果、
一時的な問題に対応する
期限付きの租特をつくる
期限が来る
別の経済問題が発生する
制度を延長する
さらに延長する
事実上の恒久制度になる
という流れが生まれます。
租特を総点検するときに、この構造が大きな問題になります。
結論
中小企業の法人税15%軽減税率は、リーマン・ショック後の厳しい経営環境に対応するために導入された時限的な租税特別措置です。
一定の中小法人について年間所得800万円以下の部分の法人税率を、本来の19%から15%へ引き下げています。
しかし一度税制優遇が導入されると、企業はその制度を前提として経営するようになります。
期限が来ても中小企業を取り巻く新たな経営課題が発生し、延長を求める理由も生まれます。
その結果、時限措置でありながら延長が繰り返され、実態として恒久制度に近づいていきます。
制度を廃止すれば政府の税収は増えますが、中小企業にとっては実質的な増税です。
租税特別措置を見直すうえでは、制度を導入した当初の目的だけでなく、現在も税収減に見合った政策効果があるのかを検証し、必要であれば終了できる仕組みを持つことが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 維新が税優遇廃止案 賃上げ税制やサ高住 政府・自民と調整難しく
財務省 2025年12月26日 令和8年度税制改正の大綱
国税庁 2026年 法人税の税率