最低賃金が2026年度は全国加重平均で1176円となる見通しになりました。前年度より55円、率にして4.9%の引き上げです。
引き上げ幅としては依然として過去2番目の大きさですが、伸び率は6年ぶりに前年を下回りました。
この数字だけを見ると「賃上げが鈍った」と感じるかもしれません。しかし、今回の決定には、日本の賃金政策が新たな段階に入ったことを示す重要な意味があります。
今回は最低賃金が「現実路線」に戻った背景について考えてみます。
最低賃金はどのように決まるのか
最低賃金は毎年、厚生労働省の中央最低賃金審議会で議論されます。
最低賃金法では、次の3つを総合的に考慮すると定められています。
・労働者の生活費
・一般的な賃金水準
・企業の支払い能力
つまり、働く人の生活を守ることと、企業が支払える範囲とのバランスを取る制度です。
単純に「生活が苦しいから大幅に上げればよい」というものでも、「企業が厳しいから据え置けばよい」というものでもありません。
毎年、この3つの要素の間で調整が行われています。
政府目標が大きな影響を与えてきた
ここ数年は、この3要素だけでは説明できないほど大幅な引き上げが続いていました。
背景にあったのが政府の「最低賃金1500円」という目標です。
当初は2030年代半ばとしていた目標が、その後は「2020年代中」と前倒しされました。
この目標を達成するには毎年7%前後という非常に高い賃上げが必要になります。
そのため、最低賃金審議会でも政府方針を強く意識せざるを得ない状況が続いていました。
今回は政府目標そのものが「2030年代前半のできるだけ早期」と修正されました。
これによって、審議会でも法律本来の3要素に沿った議論がしやすくなったとみられています。
物価は上がっているが中小企業も苦しい
最低賃金を上げる理由は十分あります。
食料品を中心に物価は高止まりし、最低賃金近くで働く人ほど生活への影響は大きくなっています。
一方で、中小企業も厳しい状況です。
原材料価格やエネルギー価格、人件費などが上昇しているものの、すべてを販売価格へ転嫁できる企業ばかりではありません。
特に地方の小規模事業者では利益率が低く、人件費の急激な増加は経営そのものを圧迫する可能性があります。
最低賃金は働く人を守る制度ですが、それを支える企業が持続できなければ雇用自体が失われかねません。
そのため「賃上げ」と「企業の持続可能性」の両立が大きな課題になります。
地域ごとの差にも注目したい
今回決まった1176円は全国平均です。
実際の最低賃金は今後、各都道府県で決定されます。
近年は人材流出を防ぐため、国の目安を上回る引き上げを行う自治体が増えています。
その一方で、引き上げ額を確保する代わりに適用開始日を遅らせるケースも見られました。
今後は金額だけではなく、「いつから適用されるか」も重要なポイントになります。
企業にとっては人件費の計画に関わり、働く人にとっては収入が増える時期に直結するためです。
最低賃金だけでは日本の賃金問題は解決しない
最低賃金は重要な制度ですが、日本全体の賃金を押し上げる万能薬ではありません。
本来は企業の生産性が高まり、その成果として賃金が継続的に上昇する姿が理想です。
価格転嫁が進み、設備投資や人材投資が活発になり、企業の利益が増える。
その結果として賃金も上がるという好循環が定着しなければ、最低賃金だけを引き上げ続けることには限界があります。
今回の4.9%という引き上げ率は、高すぎる目標を追いかける段階から、現実的な持続可能性を重視する段階へ政策が移りつつあることを示しているのかもしれません。
結論
2026年度の最低賃金は1176円となる見通しとなりました。
伸び率は前年を下回りましたが、55円という引き上げ額自体は依然として歴史的な水準です。
今回注目すべきなのは、政府目標に強く引っ張られる局面から、最低賃金法が定める「生活費」「賃金水準」「企業の支払い能力」という本来の基準に立ち返る動きが見え始めたことです。
今後は最低賃金の金額だけでなく、中小企業の生産性向上や価格転嫁の促進、地域経済の活性化といった政策が一体となって進むかどうかが、日本の賃金上昇を左右する重要なテーマになるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年7月30日 朝刊
最賃1176円、現実路線の4.9%決着 政府目標後退、中小にも配慮