かつて日本企業において、退職金は「老後保障」の中心的存在でした。
長く勤めれば勤めるほど退職金が増え、定年時にはまとまった資金を受け取る。
それを前提に、
- 住宅ローン
- 子どもの教育費
- 老後生活
を設計する家庭も少なくありませんでした。
しかし現在、多くの企業で退職金制度は縮小・変質しています。
- 退職金水準の低下
- 確定拠出年金(DC)への移行
- ポイント制導入
- 前払い制度
- 退職金廃止
など、制度は大きく変わりました。
なぜ日本企業は、長年維持してきた退職金制度を変え始めたのでしょうか。
そこには、日本型雇用そのものの変化があります。
退職金は“後払い賃金”だった
そもそも退職金とは何なのでしょうか。
法的には企業に支払い義務があるわけではありません。
就業規則や退職金規程に基づいて支給される制度です。
実務上は、
- 功労報償
- 老後保障
- 賃金後払い
- 長期勤続インセンティブ
など複数の意味を持っていました。
特に日本型雇用では、「若い頃は低賃金でも、後半で回収する」という年功型賃金体系が一般的でした。
つまり退職金は、
「会社に長く尽くした人への最後の精算」
という性格を持っていたのです。
終身雇用と退職金はセットだった
高度成長期の日本では、
- 終身雇用
- 年功序列
- 企業別組合
が一体となった雇用システムが形成されました。
企業側は、
- 長期雇用を保障する代わりに
- 人材を内部育成し
- 定年まで囲い込む
という仕組みを採用していました。
退職金制度は、その中核でした。
長期勤続するほど支給額が増えるため、従業員は転職しにくくなります。
つまり退職金には、
- 老後保障
だけでなく - 離職防止
という機能もあったのです。
バブル崩壊で何が変わったのか
状況を大きく変えたのが、1990年代以降の長期低成長です。
バブル崩壊後、日本企業は、
- 利益率低下
- 国際競争激化
- 人件費負担増
に直面しました。
特に重荷となったのが、「将来の退職金負担」です。
退職金制度は、長期雇用を前提に設計されています。
しかし、
- 成長率低下
- 人口減少
- 高齢化
によって、従来型制度維持が難しくなりました。
さらに会計制度改革も大きな影響を与えます。
退職給付会計は企業に何を迫ったのか
2000年前後、日本では退職給付会計が本格導入されました。
これにより企業は、
- 将来支払う退職金
- 年金債務
を貸借対照表へ計上する必要が生じました。
つまり、それまで見えにくかった「将来負担」が可視化されたのです。
低金利や運用環境悪化も重なり、多くの企業で退職給付債務が膨らみました。
結果として、
- 財務悪化
- 自己資本圧迫
- 利益変動
が問題視されます。
ここから企業は、
- 確定給付型(DB)
から - 確定拠出型(DC)
への移行を進めていきます。
なぜDC(確定拠出年金)が増えたのか
確定給付型では、企業が将来給付額を保証します。
一方、確定拠出型では、
- 企業は掛金だけ負担
- 運用成果は個人責任
となります。
つまり企業側から見ると、
- 将来債務が読める
- 財務リスクを減らせる
- 会計変動を抑えられる
メリットがあります。
逆に従業員側は、
- 運用次第で増減
- 元本割れリスク
- 投資知識必要
という状況になります。
ここでも、「老後保障の個人化」が進んでいるのです。
“会社が老後を守る”時代は終わったのか
かつて日本企業は、生活共同体に近い側面を持っていました。
- 社宅
- 家族手当
- 企業年金
- 退職金
- 福利厚生
などを通じて、企業が生活保障機能を担っていたのです。
しかし現在、企業はそこまでの役割を担わなくなっています。
背景には、
- 株主重視経営
- 資本効率重視
- グローバル競争
- 雇用流動化
があります。
長期固定費となる退職金制度は、資本市場から見ると「重い負担」に映る面があります。
つまり退職金縮小は、単なるコスト削減ではなく、
「企業と従業員の関係性変化」
でもあるのです。
なぜ若年層は退職金を重視しなくなったのか
一方で、若年層側の価値観変化もあります。
現在では、
- 転職一般化
- 副業普及
- キャリア自律
- ジョブ型雇用
が広がっています。
その中では、
「定年まで一社に勤める」
という前提自体が弱くなっています。
長期勤続を前提とする退職金制度は、流動化社会と相性が悪いのです。
企業側も、
- 退職金より基本給
- 退職金より株式報酬
- 退職金より成果連動
へシフトしつつあります。
退職金縮小は“合理化”なのか
経営面から見れば、退職金縮小には合理性があります。
- 将来債務圧縮
- 財務健全化
- 人材流動化対応
につながるからです。
しかし社会全体で見ると、問題もあります。
退職金は、日本人にとって
- 老後の最後の安心
- 住宅ローン返済原資
- 老後資金準備
として機能してきました。
それが縮小すると、個人側には、
- 自助努力
- 投資
- 資産形成
が強く求められるようになります。
つまり退職金縮小は、老後不安の「投資化」ともつながっているのです。
退職金制度は消えるのか
今後、退職金制度が完全になくなるとは限りません。
ただし、
- 一律年功型
- 長期勤続前提
- 老後保障型
から、
- 成果連動型
- ポイント制
- 自己運用型
へ変質していく可能性は高いでしょう。
企業が全面的に老後を保障する時代から、
「企業・個人・市場」で分担する時代へ移行しているとも言えます。
結論
退職金制度縮小の背景には、
- 長期低成長
- 会計制度改革
- 株主重視経営
- 雇用流動化
- 高齢化
があります。
かつて退職金は、日本型雇用の中核でした。
しかし現在は、
- 終身雇用弱体化
- 老後保障の個人化
- 投資自己責任化
の流れの中で、その役割を変えつつあります。
退職金制度縮小とは、単なる人事制度変更ではありません。
それは、
「会社が人生を支える時代の終わり」
を象徴する変化なのかもしれません。
参考
・厚生労働省「就労条件総合調査」
・企業会計基準委員会「退職給付会計に関する資料」
・日本経済新聞 各種記事
「企業年金」「退職金制度」「DC移行」関連記事
・人事院・労働政策研究関連資料