相続税や贈与税の実務に携わる税理士にとって、「取引相場のない株式(非上場株式)の評価」は最も難しい分野の一つです。
評価方法は長年にわたり整備されてきましたが、その制度を逆手に取った評価額圧縮スキームも次々と考案されてきました。
2026年7月、国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」では、現行制度を利用した8つの具体的なスキームが示され、制度見直しに向けた議論が大きく前進しました。
今回は、この動きが意味するものを整理しながら、今後の実務への影響について考えてみます。
非上場株式評価はなぜ難しいのか
上場会社であれば、市場価格が存在するため株価は明確です。
一方、中小企業や同族会社の株式には市場価格がありません。
そのため相続税法では、
- 類似業種比準価額方式
- 純資産価額方式
- 両者を組み合わせる併用方式
- 配当還元方式
などを用いて評価することになります。
会社規模や株主構成などによって評価方法が変わるため、制度自体が非常に複雑になっています。
制度の複雑さが節税スキームを生む
制度が複雑であるほど、そのルールを利用した節税策も生まれます。
もちろん合法的な事業承継対策も数多くあります。
しかし一方で、
「評価方法そのものを意図的に変える」
ことだけを目的とした取引が行われるケースも少なくありません。
今回国税庁が示した8つの事例は、まさにこうした制度の隙間を利用する典型例といえます。
国税庁が問題視した八つの評価圧縮スキーム
今回示された事例を見ると、共通しているのは「実態ではなく評価方法だけを変える」ことです。
例えば、
会社規模を意図的に変更する
子会社を利用して評価方法を変える
配当還元方式を利用できる株主構成を作る
貸付や資産移転を繰り返して純資産価額を下げる
オペレーティングリースを利用する
第三者を介在させる
不動産取得後3年経過ルールを利用する
など、多様な手法が紹介されています。
これらはいずれも会社の本来の価値が変わったわけではなく、評価ルールだけを利用して税負担を軽くすることを目的としています。
本当に問題なのは「形式」と「実質」のズレ
税法では以前から
「租税回避」
への対応が重要な課題となっています。
形式上は法律に従っていても、
経済的実態が伴わない取引
税負担軽減だけを目的とした取引
については問題視される傾向が年々強まっています。
近年の最高裁判例でも、実質を重視する考え方が広がっています。
今回の見直しも、この流れの延長線上にあると考えられます。
今後は「評価方法」より「経済合理性」が重視される
今回の有識者会議では、8月の会合で国税庁が「たたき台」を示し、秋頃までに一定の方向性をまとめる予定となっています。
現時点では具体的な制度改正は決まっていません。
しかし、
評価方法の選択
会社規模区分
株主区分
子会社利用
などについて、何らかの見直しが行われる可能性があります。
つまり、「制度上可能だから」という理由だけでは認められにくい時代へ向かっていると言えるでしょう。
事業承継対策への影響
多くの中小企業では、事業承継税制や自社株対策を長期間かけて進めています。
そのため制度変更が行われれば、
以前は有効だった対策
これから予定していた対策
について再検討が必要になる可能性があります。
特に今後は、
事業目的があるか
経済合理性があるか
長期的な経営判断か
といった視点がより重要になるでしょう。
単なる評価引下げだけを目的としたスキームは、ますます採用しにくくなると考えられます。
税理士に求められる役割も変わる
税理士の役割は、「評価額をできるだけ下げること」ではありません。
経営承継
円滑な相続
企業価値の維持
税務リスクの回避
まで含めた総合的な助言が求められる時代になっています。
制度改正が進めば、形式的なテクニックよりも、本来の事業承継を支えるコンサルティング能力が一層重要になるでしょう。
結論
非上場株式評価制度は、中小企業の事業承継を支える重要な制度です。一方で、その複雑さが評価額圧縮スキームを生み出してきたことも事実です。
今回、国税庁が具体的な8つの事例を示したことは、「制度の抜け道」を個別に塞ぐだけでなく、制度全体をより実態重視へ見直していく姿勢を明確にしたものといえるでしょう。
今後の制度改正では、評価方法そのものよりも、取引や組織再編に経済合理性や事業目的があるかどうかが一層重視される可能性があります。事業承継を進める企業や税理士は、目先の評価引下げではなく、長期的に持続可能な承継計画を構築する視点がこれまで以上に重要になるでしょう。
参考
税のしるべ 2026年7月13日号(1面)
「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議に現評価方法を濫用したスキーム8事例、次回8月の会合に議論の『たたき台』を提示」