事業承継というと、多くの人は株式の移転や相続税対策を思い浮かべます。
しかし、近年、専門家の間で最も重視されるようになったテーマの一つが「認知症リスク」です。
経営者が認知症になった場合、会社の経営そのものが止まってしまう可能性があります。
事業承継は「亡くなった後」の話ではなく、「判断能力が低下したとき」の備えも含めて考える時代になっています。
今回は、認知症リスクと事業承継の関係について考えてみます。
認知症は誰にでも起こり得るリスク
日本は世界でも有数の長寿社会です。
経営者も70代、80代まで第一線で活躍するケースが珍しくなくなりました。
一方で、高齢になるほど認知症を発症する可能性は高まります。
もちろん、年齢だけで判断することはできません。
しかし、「自分だけは大丈夫」と考えて何も準備をしないことが、会社にとって最も大きなリスクになることがあります。
だからこそ、事業承継対策では認知症への備えが最初のテーマとして位置付けられています。
判断能力が失われると経営が止まる
会社経営では、日々さまざまな意思決定が必要です。
例えば、
- 契約書への署名
- 銀行との融資契約
- 株式の譲渡
- 不動産の売買
- 設備投資の決定
- 役員人事
これらは、経営者に十分な判断能力があることを前提に行われます。
もし認知症などによって判断能力が失われると、これらの重要な手続きを進めることが難しくなる場合があります。
経営者一人の問題ではなく、会社全体の経営判断に影響が及ぶのです。
株式が動かせなくなる可能性がある
中小企業では、経営者が自社株式の大半を保有しているケースが少なくありません。
ところが、判断能力が低下すると、生前贈与や株式の譲渡といった承継手続きを計画どおり進められなくなる可能性があります。
事業承継税制の活用や組織再編なども、本人の意思確認が重要になる場面があります。
そのため、「いつかやろう」と先送りしている間に、選択肢が大きく狭まってしまうことも考えられます。
会社の信用にも影響する
経営者が長期間経営判断を行えなくなると、社内外にも影響が広がります。
従業員は会社の将来に不安を感じます。
金融機関は経営体制を確認しようとします。
取引先も今後の事業継続を心配するかもしれません。
特に中小企業では、「社長=会社」という印象を持たれていることが多いため、経営者の健康状態が会社の信用にも直結しやすいのです。
だからこそ、後継者を早い段階から社内外へ紹介し、経営に参加させることが重要になります。
認知症対策は事業承継対策でもある
認知症対策というと、個人の老後対策をイメージするかもしれません。
しかし、経営者にとっては会社を守るための経営対策でもあります。
例えば、
- 後継者を早期に決める
- 経営権を段階的に引き継ぐ
- 株式承継の計画を立てる
- 遺言を準備する
- 家族や役員と将来について話し合う
こうした取り組みは、認知症への備えにもつながります。
事業承継は、万一の事態が起きてから始めるものではなく、経営者が十分に判断できる時期に進めることが大切なのです。
早く準備するほど選択肢は広がる
事業承継には多くの制度があります。
事業承継税制、生前贈与、種類株式、遺言、生命保険など、状況に応じて活用できる方法はさまざまです。
しかし、それらは「経営者自身が意思決定できること」が前提となります。
元気なうちは選択肢が数多くありますが、判断能力が低下すると利用できる方法が限られてしまうことがあります。
その意味でも、「まだ早い」という時期こそ、準備を始める最適なタイミングといえるでしょう。
結論
事業承継で最も怖いリスクは、必ずしも相続税ではありません。
経営者が判断能力を失い、会社の意思決定が止まってしまうことです。
認知症リスクは、高齢化が進む日本では誰にでも起こり得る現実的な課題です。
だからこそ、元気なうちに後継者を育て、経営権や株式の承継計画を整えておくことが重要になります。
認知症対策は、経営者自身のためだけではありません。
会社、従業員、取引先、そして家族を守るための事業承継対策でもあるのです。
参考
北陸税理士会「事業承継税制(特例版)における実務上の論点整理」
中小企業庁「今後の検討の方向性について」