介護が必要になったとき、自宅で暮らし続けるのか、それとも老人ホームへ入居するのかは、多くの家庭が直面する問題です。
費用だけを見れば、自宅介護の方が安いと思われがちです。
東京都内の有料老人ホームでは、2026年1月時点の入居時費用の中央値が1001万円、月額費用の中央値も29万7820円となりました。
この水準の施設で5年間暮らした場合、単純計算では約2800万円になります。
一方、自宅で暮らせば高額な入居一時金は必要ありません。
しかし、自宅介護にも介護保険サービスの自己負担、住宅の維持費、介護用品、医療費、住宅改修費などがかかります。
さらに、家族が介護のために働く時間を減らしたり、仕事を辞めたりすれば、家計への影響は大きくなります。
自宅介護と老人ホームのどちらが安いのかを考えるときには、毎月支払う金額だけではなく、住居費や家族の負担まで含めて比較する必要があります。
自宅介護なら入居一時金は必要ない
自宅介護の大きな特徴は、すでに住む場所があることです。
持ち家で住宅ローンを完済していれば、新たに老人ホームの入居一時金を準備する必要はありません。
東京都内の有料老人ホームでは入居時費用の中央値が1001万円です。
自宅介護なら、この1000万円規模の初期費用を必要としないことは大きな違いです。
長年暮らしてきた自宅で生活を続けられるという心理的なメリットもあります。
近所との付き合いを維持できます。
かかりつけ医を変えずに済む場合もあります。
費用だけではなく、生活環境を大きく変えずに済むことも自宅介護の特徴です。
自宅でも介護サービスにはお金がかかる
自宅に住んでいれば介護費用がかからないわけではありません。
介護が必要になれば、介護保険の在宅サービスを利用することがあります。
訪問介護。
訪問看護。
デイサービス。
ショートステイ。
福祉用具の貸与。
こうしたサービスを組み合わせながら自宅生活を続けます。
介護保険サービスには要介護度ごとの支給限度額があり、その範囲内で利用する場合には所得に応じて原則1割、一定以上の所得がある場合には2割または3割を負担します。
サービスの利用量が増えれば、自己負担額も増えていきます。
要介護度が上がるほど在宅介護の負担も増える
比較的介護の必要性が低い段階では、自宅介護の費用を抑えやすい場合があります。
例えば週に数回デイサービスを利用し、必要なときだけ訪問介護を利用する生活です。
しかし、要介護度が上がれば状況は変わります。
一人で入浴できない。
トイレへ行くにも介助が必要。
食事にも介助が必要。
夜間にも見守りが必要。
このような状態になれば、必要な介護サービスが増えます。
介護保険の支給限度額を超えてサービスを利用すれば、超過部分は原則として全額自己負担になります。
自宅だから必ず安いとは限らず、介護の必要性によって費用は大きく変わります。
自宅の住宅維持費も忘れてはいけない
自宅介護と老人ホームを比較するときに見落とされやすいのが、自宅そのものにかかる費用です。
持ち家でも住居費がゼロになるわけではありません。
固定資産税があります。
マンションなら管理費や修繕積立金があります。
戸建てなら屋根や外壁、給湯器などの修繕費が必要になることがあります。
火災保険などもあります。
住宅ローンが残っていれば、その返済も続きます。
老人ホームの料金と比較するときには、老人ホームだけに住居費がかかると考えるのではなく、自宅を維持するために年間いくら必要なのかも計算する必要があります。
バリアフリー化にまとまった費用が必要になることもある
若い頃に購入した住宅が、高齢になっても暮らしやすいとは限りません。
玄関に段差がある。
浴室が滑りやすい。
廊下が狭い。
階段を使わなければ寝室へ行けない。
こうした住宅では、介護が必要になったときに改修が必要になる場合があります。
手すりの設置。
段差の解消。
洋式便器への交換。
扉の変更。
こうした一定の住宅改修には介護保険による給付制度があります。
しかし、大規模なリフォームやエレベーターの設置などまで、すべて介護保険でまかなえるわけではありません。
自宅介護を続けるために、まとまった住宅改修費が必要になることもあります。
老人ホームでは住居と介護をまとめて考えやすい
老人ホームでは、住居と生活支援、介護などを一体として考えやすいという特徴があります。
特に介護付き有料老人ホームでは、施設の介護体制の中で必要な介護を受けながら生活します。
食事も提供されます。
共用部分の清掃や建物管理も施設側が行います。
自宅のように自分で建物を修繕したり、庭を管理したりする必要はありません。
その代わり、家賃や管理費、食費などを含む月額費用を支払い続けます。
老人ホームの費用が高く見えるのは、住居費だけではなく、さまざまな生活サービスがまとめて料金に含まれているためでもあります。
自宅介護では食費や光熱費も続く
老人ホームの月額費用には食費や管理費、水道光熱費などが含まれている場合があります。
一方、自宅介護ではこれらを通常の家計として支払います。
食費。
電気代。
ガス代。
水道代。
通信費。
日用品費。
一つ一つを見ると老人ホームの料金とは別物に見えますが、生活するために必要な費用という意味では同じです。
自宅介護と老人ホームを公平に比較するのであれば、介護サービスの自己負担額だけではなく、生活費全体を比較する必要があります。
家族による介護には見えないコストがある
自宅介護で最も見落とされやすいのが、家族の負担です。
例えば配偶者や子どもが毎日介護をしていたとしても、家族に給与を支払うわけではありません。
家計簿上では介護費用はゼロに見えます。
しかし、そのために家族が働く時間を減らしていれば、収入が減少しています。
例えば介護のために勤務時間を減らし、毎月5万円収入が減ったとします。
年間では60万円です。
5年間なら300万円になります。
家計から介護事業者へ支払っていないだけで、家族の収入減少という形で介護コストを負担していることになります。
介護離職すれば負担はさらに大きくなる
家族が仕事と介護を両立できなくなり、介護離職する場合があります。
この場合、経済的な影響はさらに大きくなります。
現在の給与収入がなくなります。
将来受け取る厚生年金に影響する可能性があります。
退職金や企業年金にも影響する場合があります。
そのため、親を老人ホームへ入れれば月30万円かかるが、自宅で家族が介護すれば無料だという比較は正しくありません。
家族が介護のために失う収入まで考える必要があります。
場合によっては、介護サービスや老人ホームを利用して家族が仕事を続けた方が、家族全体では経済的に合理的なこともあります。
老老介護では体力的な問題もある
自宅介護では、配偶者が介護者になることもあります。
例えば85歳の夫を80歳の妻が介護するような老老介護です。
この場合、お金だけでは判断できない問題があります。
介護する側も高齢です。
入浴介助。
移乗介助。
夜間のトイレ介助。
こうした介護は身体的な負担が大きくなります。
介護者自身が体調を崩せば、夫婦二人とも支援が必要になる可能性があります。
自宅介護を続けられるかどうかは、本人の要介護度だけではなく、介護する家族の年齢や健康状態にも左右されます。
老人ホームなら家族の負担がゼロになるわけではない
一方、老人ホームへ入居すれば家族の負担が完全になくなるわけでもありません。
面会があります。
衣類や日用品を届けることがあります。
病院へ入院した場合には家族の対応が必要になることもあります。
施設との契約や各種手続きを家族が行う場合もあります。
ただし、食事や入浴、排せつなどの日常的な介護を施設の職員に任せられることは、家族にとって大きな違いです。
特に24時間の見守りが必要になった場合、自宅で家族だけが対応することは難しくなります。
介護度が低いうちは自宅が安い場合がある
一般的には、本人が比較的自立しており、利用する介護サービスが少ない段階では、自宅で暮らした方が費用を抑えやすい場合があります。
すでに住宅ローンを完済している持ち家なら、住居費の負担も比較的小さくできます。
必要な介護サービスだけを利用することもできます。
しかし、要介護度が高くなり、訪問介護やデイサービス、ショートステイなどを頻繁に利用するようになると、費用差は縮まっていく可能性があります。
さらに家族の介護負担まで加えると、単純な金額比較だけでは判断できなくなります。
途中から老人ホームへ移る方法もある
自宅介護か老人ホームかを、最初から最後まで二者択一で考える必要はありません。
比較的元気なうちは自宅で暮らします。
介護保険サービスを利用しながら在宅生活を続けます。
そして要介護度が高くなったり、家族による介護が難しくなったりした段階で老人ホームへ移る方法があります。
この方法なら、自宅で暮らせる期間は住居費を抑えながら生活し、介護の必要性が高まった段階で施設介護へ切り替えることができます。
高齢者の身体状態は変化するため、住まいも段階的に変えるという考え方です。
金額だけでなく家族全体で比較する
自宅介護と老人ホームを比較するときには、本人の支出だけを見るのでは十分ではありません。
自宅介護にかかる費用。
住宅維持費。
住宅改修費。
家族が介護のために失う収入。
家族の身体的な負担。
老人ホームの入居一時金。
老人ホームの月額費用。
こうした要素を一緒に考える必要があります。
月々の現金支出だけなら自宅介護の方が安くても、家族が仕事を辞めることになれば、家族全体の経済的損失は老人ホーム費用を上回る可能性もあります。
結論
自宅介護と老人ホームのどちらが安いのかについて、すべての家庭に共通する答えはありません。
比較的元気で、必要な介護サービスが少なく、住宅ローンを完済した自宅で暮らせるのであれば、自宅介護の方が費用を抑えやすい場合があります。
一方、要介護度が高くなれば、必要な介護サービスは増えます。
住宅改修が必要になることもあります。
さらに家族が仕事を減らしたり辞めたりすれば、家族全体では大きな経済的負担になります。
老人ホームは月額費用だけを見ると高額です。
しかし、その中には住居、食事、建物管理、生活支援など、自宅なら別々に負担する費用が含まれている場合があります。
重要なのは、自宅介護は安い、老人ホームは高いと最初から決めつけないことです。
本人に必要な介護。
自宅の維持費。
家族の介護負担。
家族が仕事を続けられるか。
そして何年間その生活を続けられるのか。
これらを含めて比較する必要があります。
終のすみかを選ぶということは、最も安い住まいを探すことではありません。
本人が必要な介護を受けながら生活でき、家族も自分たちの生活を維持できる場所を選ぶことです。
費用と介護、そして家族の負担まで合わせて考えることが、長い老後に耐えられる住まい選びにつながります。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 終のすみかの現実(上)老人ホーム 手届かぬ東京 入居費1000万円、4割上昇