経理担当者が休暇を取ることと、不正防止にはどのような関係があるのでしょうか。
一見すると、まったく別の話に見えます。
しかし、横領や不正な会計処理を長期間続けるためには、本人が日常的に帳簿や銀行取引を管理し、不自然な処理を他人に見られないようにしている場合があります。
担当者が数日間連続して会社を休めば、その間は別の人が仕事を担当します。
そこで初めて、
なぜ毎月この口座へ振り込んでいるのか
なぜこの取引だけ処理方法が違うのか
という疑問が生まれることがあります。
連続休暇は福利厚生だけではありません。
経理業務の属人化や不正を発見するための内部統制としても意味があります。
強制休暇とは何か
不正防止の仕組みとして、一定期間、担当者を業務から離れさせる考え方があります。
担当者本人の希望とは別に、会社のルールとして連続した休暇を取得させる方法です。
重要なのは、単に有給休暇を1日取得することではありません。
一定期間、担当者が日常業務から離れ、その間の仕事を別の人が行うことに意味があります。
例えば経理担当者が1週間休暇を取り、その間の銀行入出金や請求書処理を別の社員が担当します。
普段とは違う人が業務を見ることで、不自然な処理に気づく可能性が生まれます。
なぜ1日の休暇ではなく連続休暇なのか
不正をしている人でも、1日程度なら事前に処理を済ませたり、翌日に対応したりできる場合があります。
例えば不正な振込を毎週行っているわけではなく、月に一度だけ行っているとします。
その日を避けて休めば、不正を続けられるかもしれません。
一方、ある程度まとまった期間業務から離れれば、その間に給与支払日や取引先への支払日などが入る可能性があります。
別の人が実際の処理を担当する機会が増えます。
連続して業務から離れることに意味があるわけです。
不正を続けるには隠蔽が必要になる
不正は、一度実行すれば終わりとは限りません。
長期間続けるためには、その後も不自然な点を隠さなければならない場合があります。
例えば会社のお金を自分の口座へ不正に振り込んだとします。
銀行明細には振込記録が残ります。
会計帳簿にも何らかの処理が必要になります。
社長から質問されれば説明しなければなりません。
取引先別の残高が合わなくなれば修正が必要になることもあります。
つまり、不正を長期間続けるには、本人が継続的に業務へ関与する必要が生じる場合があります。
担当者が休むと別の人が業務を見る
担当者が連続休暇を取れば、会社は誰かに仕事を引き継がなければなりません。
普段は経理を担当していない社員が銀行明細を見るかもしれません。
社長自身が給与振込を確認することもあるでしょう。
そこで、
この振込先はどこなのか
この金額はなぜ毎月違うのか
この社員だけ給与が高いのはなぜか
この取引には請求書がないのではないか
といった疑問が生まれることがあります。
長年担当している本人には当たり前になっている処理でも、初めて見る人には不自然に映ることがあります。
代理担当者が実際に処理することが重要
連続休暇を取らせても、仕事をすべて休暇前に済ませてしまえば、不正防止効果は小さくなる可能性があります。
例えば経理担当者が1週間休む前に、その期間の振込をすべて自分で予約しておくとします。
代理担当者は何もする必要がありません。
これでは業務内容を見る機会が十分に生まれません。
内部統制として考えるなら、休暇期間中に代理担当者が実際の業務を経験できることが重要です。
振込を確認する。
銀行明細を見る。
請求書を確認する。
給与資料を見る。
こうした通常業務を別の人が行うことでチェック機能が生まれます。
今回の事件では約11年間不正が続いた
参考記事で紹介された大阪市の人材派遣会社では、男性社員が2006年に採用されました。
同僚が退職した2010年5月から会社で唯一の経理担当者となり、同年12月から給与の水増しを始めました。
不正は2022年1月まで約11年間続きました。
水増し総額は5108万円でした。
多い月には水増し額が100万円を超え、本来の給与の5.4倍になったこともあったとされています。
これほど長期間不正が続いた背景を考えるとき、同じ担当者が業務を継続して行うことによる属人化は重要な論点になります。
不正発覚のきっかけは別の人の目だった
この事件では2022年2月、銀行から振込依頼の不備について会社へ連絡がありました。
その不備自体は男性による改ざんとは別の箇所でしたが、これをきっかけに別の社員が給与の増額に気づきました。
ここで重要なのは、普段とは違う人の目が入ったことです。
不正を行っている本人だけが処理を続けていれば、同じ方法が繰り返されます。
しかし、何らかの事情で別の人が資料を見ると、それまで見過ごされていた異常が発見されることがあります。
連続休暇にも同じ効果を期待できます。
連続休暇は属人化の検査にもなる
連続休暇には、不正防止とは別の重要な役割があります。
会社の業務がどの程度属人化しているのかを確認できます。
例えば経理担当者が1週間休んだだけで、
銀行振込ができない
給与計算ができない
請求書の保存場所が分からない
会計ソフトへログインできない
取引先からの問い合わせに答えられない
という状態になったとします。
これは担当者に問題があるというより、会社の仕組みに問題があります。
一人の社員がいなければ重要業務が止まる状態だからです。
マニュアルを作るきっかけにもなる
代理担当者が仕事を行うためには、業務手順を明確にする必要があります。
そこで連続休暇を前提として、
給与計算の手順
振込データの作成方法
承認者
請求書の保存場所
銀行口座の確認方法
月次決算の手順
などをマニュアル化します。
担当者本人しか知らなかった仕事が会社の共有情報になります。
結果として、退職や病気などへの備えにもなります。
一人経理の会社ではどうするのか
経理担当者が一人しかいない中小企業では、
代わりに経理をできる人がいない
という問題があります。
だからといって、その担当者が永遠に休めない状態にすることは望ましくありません。
例えば経営者や別の社員が最低限の業務を覚える方法があります。
日常の経理処理すべてを覚える必要はありません。
給与振込を確認できる。
銀行口座を確認できる。
緊急の取引先への支払いができる。
重要書類の保存場所が分かる。
この程度でも違います。
税理士など外部専門家との連携方法を整理しておくことも考えられます。
休まない社員を評価しすぎない
経理担当者が、
10年間一度も長期休暇を取っていない
毎月の給与日は必ず出勤する
自分がいなければ会社が回らない
という状態を、責任感の表れとして高く評価することがあります。
もちろん本人が熱心に働いている場合もあります。
しかし内部統制の観点では、誰かがいなければ業務が止まる状態そのものを確認する必要があります。
担当者が安心して休める会社を作ることは、働き方の改善だけでなく、不正防止や事業継続にもつながります。
不正発見だけが目的ではない
連続休暇を導入する目的は、不正をしている社員を捕まえることではありません。
むしろ、不正がなくても大きな効果があります。
代理担当者が仕事を経験することで、業務の改善点が見つかることがあります。
不要な作業が分かるかもしれません。
マニュアルの不足にも気づけます。
複数の社員が経理業務を理解すれば、担当者が突然退職した場合にも対応しやすくなります。
連続休暇は、不正防止と業務継続を同時に確認する機会になります。
結論
経理担当者の連続休暇が不正防止につながるのは、一定期間、本人を日常業務から離れさせることで、別の人がその仕事を見る機会を作れるからです。
不正を長期間続けるためには、本人が日常的に取引や帳簿を管理し、不自然な処理を隠し続けなければならない場合があります。
そこへ別の人が入れば、
なぜこの振込があるのか
なぜこの給与だけ高いのか
なぜこの処理だけ違うのか
という疑問が生まれます。
さらに連続休暇は、会社の業務が特定の担当者へ依存していないかを確認する機会にもなります。
約11年間にわたり5108万円もの給与水増しが続いた事件から考えるべきなのは、不正をした社員だけではありません。
同じ人だけが重要な経理業務を長期間扱い続ける仕組みにも目を向ける必要があります。
優秀な担当者が休んでも会社の経理が動く。
そして、その間に別の人が仕事を確認できる。
安心して休める会社を作ることは、社員のためだけではありません。
会社のお金を守る内部統制にもなるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月3日朝刊 中小企業リーガル処方箋 給料水増し5000万円 「お一人様」経理、振込依頼操作