税務調査を受けることになった経営者の中には、「何か犯罪者のように扱われるのではないか」と不安を感じる方もいます。
確かに、税務職員は帳簿を確認し、経営者や経理担当者に質問を行います。その様子だけを見ると、警察の捜査と似ているように感じるかもしれません。
しかし、税務調査と犯罪捜査は、その目的も法的性質もまったく異なります。
国税通則法では、税務調査の権限は「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」と明確に定めています。
今回は、この規定の意味と実務への影響について解説します。
税務調査は行政手続である
税務調査は、税金を正しく計算し、公平に課税するための行政手続です。
目的は、
申告内容の確認
税額の適正な算定
必要な資料の収集
であり、犯罪者を摘発することではありません。
そのため、税務職員が行使する質問検査権も、適正な課税を実現するための行政上の権限として位置付けられています。
この点が、犯罪の立証を目的とする刑事事件の捜査とは根本的に異なります。
なぜ法律に明記されたのか
国税通則法第74条の8では、質問検査権などは犯罪捜査のための権限ではないことが明文化されています。
この規定が設けられた背景には、行政調査と刑事捜査を明確に区別する必要があったからです。
もし税務調査を犯罪捜査として扱ってしまえば、
令状の要否
人権保障
刑事手続
など、憲法上のさまざまな問題が生じます。
そのため、税務調査はあくまでも行政目的で行われることを法律上明確にしたのです。
査察調査とは何が違うのか
税務調査と混同されやすいものに「査察調査」があります。
いわゆる「マルサ」と呼ばれる国税査察官による調査です。
査察調査は、重大な脱税事件について刑事責任を追及することを目的としています。
そのため、
裁判所の令状
差押え
強制捜索
など、刑事手続に近い権限が認められています。
一方、通常の税務調査では、そのような強制権限はありません。
この違いを理解することは、税務行政全体を正しく理解するうえで非常に重要です。
税務調査から査察へ移ることはあるのか
「税務調査だから安心」というわけではありません。
税務調査の過程で重大な脱税の疑いが判明した場合には、その情報を契機として査察調査へ移行することがあります。
実際に裁判例でも、
税務調査で得られた情報をきっかけとして査察調査へ進むこと
自体は認められています。
つまり、
通常の税務調査
↓
重大な脱税の疑い
↓
査察調査
という流れになる可能性はあります。
ただし、それは税務調査自体が犯罪捜査であることを意味するものではありません。
行政調査と刑事手続は、それぞれ別の制度として運用されています。
税理士は制度の違いを理解する必要がある
税務調査では、経営者が過度に緊張してしまうことがあります。
その際、税理士には制度を正しく説明する役割があります。
通常の税務調査であれば、
事実を整理する
帳簿を確認する
税法の解釈を説明する
ことが中心です。
一方、査察事件では刑事事件としての対応が必要になる場合もあります。
税理士は、この二つの制度を混同せず、状況に応じた適切な助言を行うことが求められます。
誠実な対応が最大の防御になる
税務調査を必要以上に恐れる必要はありません。
多くの税務調査は、帳簿や申告内容を確認し、必要に応じて修正を行う行政手続として終了します。
日頃から、
適正な記帳
証拠書類の保存
税理士との相談
法令遵守
を心掛けていれば、通常の税務調査が刑事事件へ発展する可能性は極めて低いでしょう。
正しい経理こそが、最も確実なリスク管理なのです。
結論
税務調査は、適正で公平な課税を実現するための行政手続であり、犯罪捜査とは法律上も目的も異なります。国税通則法では、質問検査権などの調査権限は犯罪捜査のために認められたものではないことを明確に規定し、行政調査と刑事手続を区別しています。
一方で、税務調査を通じて重大な脱税の疑いが判明した場合には、査察調査へ移行する可能性もあります。税理士と経営者は、この制度の違いを正しく理解し、日頃から適正な税務処理を徹底することが、最善の備えとなるでしょう。
参考
近畿税理士会「税法実務講座 税理士目線の国税通則法 No.3」講義資料
国税通則法第74条の8(権限の解釈)