税務調査では、調査対象となる年度だけでなく、10年以上前の通帳まで確認されることがあります。
経営者の中には、
「なぜそんな昔の資料を見るのか」
「時効ではないのか」
と疑問に感じる方も少なくありません。
しかし、税務署が古い通帳を確認するのには明確な理由があります。それは過去を調べることが目的ではなく、現在の申告内容の信頼性を確認するためです。
今回は、税務署がなぜ古い通帳を重視するのか、その調査手法の考え方について解説します。
税務調査は現在より過去から始まる
一般的な感覚では、税務調査は直近の決算書や申告書から確認するように思えます。
しかし実際には、税務署は過去の資産形成や資金の流れを調べることがあります。
例えば会社の預金残高が大きく増加している場合、その資金の原資はどこから来たのかを確認します。
突然現れた資金ではありません。
過去の利益の蓄積なのか。
借入金なのか。
役員からの貸付金なのか。
相続財産なのか。
その経緯を理解するためには、数年前ではなく10年以上前の取引履歴が必要になることがあります。
税務署は現在の数字だけでなく、その数字が生まれた過程を見ているのです。
通帳はお金の履歴書である
税務署にとって通帳は単なる預金記録ではありません。
いわばお金の履歴書です。
人の履歴書を見れば、どの学校を卒業し、どの会社で働いてきたかが分かります。
同じように通帳を見れば、
いつ資金が増えたのか
どこから入金されたのか
誰に支払ったのか
どのような取引を繰り返しているのか
といった情報が見えてきます。
一つひとつの取引は小さくても、長期間の履歴を追うことで資金の流れ全体が見えてきます。
だからこそ税務署は古い通帳にも関心を持つのです。
相続や贈与との関係もある
古い通帳が重要になる代表例が相続税や贈与税の調査です。
例えば高齢の親の預金口座から長年にわたり子どもの口座へ資金が移動していた場合、それが生活費なのか贈与なのかが問題になります。
また名義預金の調査では、
誰が預金を管理していたのか
誰が通帳を保管していたのか
資金の出所はどこか
などを確認します。
このような調査では、10年前どころか20年以上前の資金移動が論点になることもあります。
税務署は過去の取引を確認することで、資産の真の所有者を把握しようとしているのです。
不正の多くは過去に始まっている
税務署が古い資料を見るもう一つの理由は、不正の兆候を探すためです。
実際には、問題が発覚した年度に突然不正が始まるケースは多くありません。
売上除外や架空経費などは長年続いていることがあります。
そのため税務署は、
「今年だけおかしい」
ではなく、
「いつから始まったのか」
を確認します。
過去の通帳や帳簿を分析することで、不自然な資金移動や継続的なパターンが見つかる場合があります。
税務調査は単年度調査ではなく、時系列分析でもあるのです。
デジタル時代は過去の記録が残りやすい
以前は紙の通帳や伝票が中心でした。
しかし現在は電子データの保存が進み、過去の記録を追跡しやすくなっています。
銀行取引。
クレジットカード利用履歴。
電子マネー。
ネットバンキング。
クラウド会計。
これらの情報を組み合わせることで、資金の流れは以前よりも明確に把握できるようになりました。
経営者の立場から見れば、
「昔のことだから分からない」
が通用しにくい時代になったとも言えます。
税務署が見ているのは金額より整合性
税務調査というと、多額の資金移動ばかりが注目されると思われがちです。
しかし実際には金額よりも整合性が重視されます。
例えば、
帳簿の記録。
契約書。
請求書。
通帳。
申告書。
これらが矛盾なくつながっているかが確認されます。
100万円の取引でも説明できなければ問題になります。
一方で1,000万円の取引でも証拠が揃っていれば大きな問題にならないことがあります。
税務署が過去の通帳を見る理由も、整合性を確認するためなのです。
記録を残す会社ほど調査に強い
税務調査で本当に強い会社は、利益が多い会社でも税金をたくさん納めている会社でもありません。
記録を残している会社です。
契約書がある。
請求書がある。
メールが残っている。
通帳で確認できる。
こうした証拠が揃っていれば、10年前の取引であっても説明できます。
逆に、
「担当者が退職した」
「資料は捨てた」
「記憶にない」
という状況では、正しい取引であっても説明が難しくなります。
税務調査は過去との戦いではなく、記録との戦いなのです。
結論
税務署が10年前の通帳を調べるのは、昔のミスを探すためだけではありません。
現在の申告内容や資産状況を理解するために、過去から現在までの資金の流れを確認しているのです。
通帳はお金の履歴書であり、企業や個人の経済活動の歴史を映し出します。
税務調査において重要なのは、完璧な記憶ではありません。
契約書、請求書、メール、通帳などの証拠を適切に保存し、いつでも説明できる状態を維持することです。
人生100年時代においても、会社経営においても、自分を守る最大の武器は記憶ではなく記録なのかもしれません。
参考
税のしるべ 2026年6月8日
「インボイス制度の再確認 第9回/金融機関の振込手数料に係るインボイスの保存」