企業の税務には、専門的な知識が必要です。
法人税、消費税、源泉所得税、国際税務など、それぞれに複雑な制度があります。
そのため、経験豊富な担当者に税務業務が集中することがあります。
「あの人に聞けば分かる」
「あの人が毎年やっているから大丈夫」
この状態は、日常業務では効率的に見えるかもしれません。
しかし、税務業務を特定の担当者1人に依存することには大きなリスクがあります。
担当者が忙しくなった。
長期休暇に入った。
突然異動した。
退職した。
こうしたことが起きただけで、必要な税務手続きが止まる可能性があるからです。
税務では、単純な提出漏れや期限遅れでも大きな追徴課税につながる場合があります。
だからこそ、税務業務を人ではなく組織として管理する必要があります。
属人化とは何か
属人化とは、特定の業務について、その担当者しか内容や進め方を把握していない状態です。
どの資料を使うのか。
どのように計算するのか。
誰に確認するのか。
どの書類を提出するのか。
期限はいつなのか。
過去にどのような判断をしたのか。
こうした情報が担当者の頭の中にしかない状態です。
担当者が通常どおり勤務している間は問題が表面化しないかもしれません。
むしろ経験豊富な担当者が1人で処理した方が早いこともあります。
問題になるのは、その担当者が対応できなくなったときです。
税務は属人化しやすい
税務業務は、特に属人化しやすい分野です。
理由の1つが専門性です。
税法や通達などについて一定の知識が必要になるため、誰でもすぐに代わることが難しい業務があります。
さらに、年に1度しか発生しない手続きも少なくありません。
毎月行う業務であれば複数の担当者が経験する機会があります。
しかし、年1回しか行わない手続きでは、前回の経験から次回まで1年空きます。
担当者だけが前年の処理方法を覚えているという状態になりやすいのです。
繁忙期にリスクが高まる
担当者が優秀であっても、人間が処理できる仕事量には限界があります。
決算期。
税務申告。
税制改正への対応。
税務調査。
通常業務。
これらが重なれば、税務担当者の負担は急激に増えます。
普段なら忘れない手続きでも、繁忙期には見落とす可能性があります。
特に注意したいのが、重要に見えにくい書類です。
高額な税金を納付する申告書であれば、社内でも多くの人が注意します。
一方、確認書や届出書などは、担当者以外が存在そのものを知らないことがあります。
このような書類ほど、繁忙期に漏れるリスクがあります。
担当者が異動するとリスクが表面化する
企業では人事異動があります。
長年税務を担当してきた人が、別の部署へ異動することもあります。
このとき、申告書や計算資料だけを引き継いでも十分とは限りません。
毎年提出している届出書。
特定の取引が発生した場合だけ必要になる書類。
税務当局との過去のやり取り。
過年度に行った税務判断。
将来の期限。
こうした情報まで引き継ぐ必要があります。
特に危険なのが、「毎年この時期になったら担当者が思い出して処理していた」という業務です。
予定表やマニュアルに残っていなければ、後任者はその業務が存在することすら知りません。
退職すれば知識も会社から失われる
属人化した状態で担当者が退職すると、その人が持っていた知識まで会社から失われる可能性があります。
過去の申告書を見れば数字は分かります。
しかし、
なぜこの処理を選択したのか
なぜこの資料を保存しているのか
どの税制上の要件を確認したのか
どの部署から情報を入手していたのか
といった背景までは分からないことがあります。
税務では、結論だけでなく判断過程を残しておくことが重要です。
担当者がいなくなっても会社として説明できる状態にしておく必要があります。
住友生命の事例が示す繁忙時のリスク
住友生命では、海外投資家に支払った社債の利子について、利子受領者確認書の提出が遅れました。
報道によれば、業務が立て込む中で1カ月分の書類提出が遅れたとされています。
その結果、源泉所得税の納付漏れを指摘され、不納付加算税や延滞税を含め約14億9,000万円の追徴課税につながりました。
租税回避を意図したものではなくても、事務手続きの遅れが大きな税務負担につながることがあります。
このようなミスを「担当者がもっと注意すればよかった」という問題だけで終わらせてはいけません。
担当者が忙しくても別の人が気付ける仕組みがあったかという視点が重要です。
1人が休んでも業務が止まらないようにする
属人化を防ぐ基本は、1人が不在でも重要な業務を継続できる状態にすることです。
主担当者だけでなく副担当者を決める方法があります。
副担当者も日頃から業務内容を把握しておけば、主担当者が突然休んでも対応しやすくなります。
すべての業務を2人が同じレベルで処理できる必要はありません。
少なくとも、
どの手続きが必要なのか
期限はいつなのか
資料はどこにあるのか
誰に確認すればよいのか
という基本情報を共有しておくことが重要です。
マニュアルは操作方法だけでは足りない
属人化を防ぐためにマニュアルを作成する企業もあります。
ただし、単なる操作マニュアルだけでは十分ではありません。
税務ソフトの入力方法。
e-Taxの操作方法。
こうした説明だけでなく、
なぜその手続きが必要なのか
どのような取引が発生したら対応するのか
期限を過ぎると何が起きるのか
必要資料はどこから入手するのか
誰の承認が必要なのか
まで記載することが重要です。
業務の背景まで残すことで、後任者が自分で判断しやすくなります。
過去の判断を記録する
税務では毎年同じ論点が発生することがあります。
そのたびに担当者が一から調べるのは効率的ではありません。
そこで、重要な税務判断について記録を残します。
検討した論点。
確認した事実。
適用した税務上の考え方。
最終的な結論。
参考にした資料。
こうした情報を残しておけば、担当者が変わっても過去の判断を確認できます。
ただし、前年と同じ処理を機械的に続けるのではなく、税制改正や事実関係の変化がないかを毎年確認することも必要です。
上司が進捗を確認できる状態にする
属人化を防ぐには、管理職が税務の細かな計算をすべて理解する必要はありません。
重要なのは、業務の進捗を確認できることです。
どの手続きがあるのか。
期限はいつなのか。
現在どこまで進んでいるのか。
遅れているものはないか。
大きな税務リスクはないか。
これらが一覧で分かれば、担当者が忙しいときに応援を増やすこともできます。
担当者だけが業務量を把握している状態から、組織として進捗を共有する状態へ変えることが重要です。
税務の専門家を育てることと属人化は違う
属人化を避けるからといって、専門性の高い担当者を作ってはいけないわけではありません。
むしろ複雑化する税務に対応するには、高い専門性を持つ人材が必要です。
問題なのは、専門知識がその人だけに閉じていることです。
専門家が判断する。
判断根拠を記録する。
別の担当者が確認する。
必要な情報を組織で共有する。
この仕組みがあれば、専門性と組織的な管理を両立できます。
「あの人しか分からない専門家」ではなく、「専門家の知識を会社の知識として残せる状態」にすることが重要です。
結論
税務業務を担当者1人に任せると、業務が効率的に見えることがあります。
しかし、その担当者が繁忙になったり、休職、異動、退職したりしたときに大きなリスクが表面化します。
特に税務では、年に1度しか行わない手続きや特定の取引が発生したときだけ必要になる書類があります。
担当者の記憶だけに依存していれば、後任者は手続きの存在そのものに気付かない可能性があります。
住友生命の事例が示すように、単純な書類提出の遅れでも巨額の追徴課税につながる場合があります。
だからこそ、
主担当者と副担当者を決める。
期限管理表を共有する。
業務マニュアルを作る。
税務判断の根拠を記録する。
提出状況を組織で確認する。
こうした仕組みが重要になります。
優秀な担当者を置くことと、担当者に依存することは同じではありません。
税務の専門性を人に蓄積しながら、その知識と業務を会社にも蓄積する。
それが属人化による税務リスクを減らす基本なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月28日朝刊 「書類遅れで14億円追徴 住友生命の教訓、地道なチェック不可欠」