ある社員が午後4時に退社すると、その後は誰も顧客からの問い合わせに答えられない。
担当者が休むと、必要な資料がどこにあるのか分からない。
本人しか仕事の進め方を知らないため、周囲の社員が代わりに対応できない。
このように、特定の人がいなければ仕事が進まない状態を「業務の属人化」といいます。
時短勤務者が増えると、こうした問題が表面化しやすくなります。
しかし、時短勤務者が午後4時に帰ること自体が問題なのではありません。
その人がいなければ仕事が止まってしまう仕組みの方に問題があります。
時短勤務者を重要な戦力として活用するためには、誰か一人の長時間労働に依存するのではなく、仕事を組織として共有できる仕組みが必要です。
属人化とは何か
属人化とは、特定の業務について、
担当者しかやり方を知らない
担当者しか必要な情報を持っていない
担当者しか判断できない
という状態です。
例えば営業担当者Aさんが、
顧客との過去のやり取り
値引きの経緯
契約条件
次回の商談予定
をすべて自分の頭の中だけで管理していたとします。
Aさんが会社にいる間は問題なく仕事が進みます。
しかしAさんが休めば、周囲の社員は顧客から問い合わせを受けても答えられません。
Aさん個人の能力に依存して仕事が成立している状態です。
担当者しか分からない仕事はなぜ生まれるのか
属人化は、意図的に作られるとは限りません。
長年同じ社員が担当しているうちに自然に生まれることがあります。
例えば、
顧客とのやり取りは個人のメール
資料は自分のパソコンに保存
仕事の手順は本人の頭の中
トラブル対応は経験で判断
という働き方です。
担当者本人にとっては効率的かもしれません。
自分ですべて把握しているため、いちいち記録する必要がないからです。
しかし、組織全体から見ると大きなリスクがあります。
時短勤務者が帰ると問題が表面化する
全員が夜遅くまで働いている職場では、属人化の問題が見えにくいことがあります。
担当者がいつも会社にいるからです。
例えば顧客から午後6時に電話が来ても、担当者が残業していれば本人が対応できます。
ところが、その担当者が育児のため午後4時までの時短勤務になったとします。
午後6時に顧客から問い合わせが来ました。
周囲の社員は、
契約内容が分からない
これまでの交渉経緯が分からない
どこまで回答してよいか分からない
ため対応できません。
ここで初めて、
この仕事はAさんしか分からない
という問題が明確になります。
問題は時短勤務ではない
この状況を見ると、
時短勤務だから顧客対応ができなくなった
と考えたくなるかもしれません。
しかし、仮にAさんがフルタイム勤務でも、
病気で休む
有給休暇を取る
出張する
異動する
退職する
ことがあります。
そのたびに仕事が止まるのであれば、問題は勤務時間ではありません。
仕事が一人の社員に依存していることが問題です。
時短勤務は、以前から存在していた属人化を見えるようにしただけともいえます。
属人化には企業リスクがある
属人化は日常業務だけの問題ではありません。
企業経営上のリスクにもなります。
例えば重要な取引先を担当している社員が突然退職したとします。
会社に、
商談履歴
契約条件
価格交渉の経緯
顧客の要望
が十分残されていなければ、引き継ぎができません。
最悪の場合、顧客との関係まで失う可能性があります。
経理やシステムなどでも同じです。
一人しか処理方法を知らない業務があれば、その社員がいなくなった瞬間に業務が止まる可能性があります。
業務共有とは何か
属人化を防ぐ基本は、仕事を共有することです。
例えば営業なら、
顧客情報を共有システムへ登録する
メールの重要な内容を記録する
商談履歴を残す
契約条件を共有する
次回対応事項を記録する
といった方法があります。
こうすれば担当者が不在でも、別の社員が状況を確認できます。
重要なのは、
仕事そのものを全員で行う
ことではありません。
必要なときに別の人が対応できる状態を作ることです。
マニュアルを作れば終わりではない
属人化対策というと、
マニュアルを作る
という方法がよく使われます。
もちろんマニュアルは重要です。
しかし、マニュアルを一度作れば属人化が解消するわけではありません。
例えば業務内容が変わったのに、3年前のマニュアルがそのまま残っていれば役に立ちません。
また、
このケースだけはAさんに聞かなければ分からない
という例外が大量に残っていれば、結局は属人化しています。
必要なのは、
手順を記録する
更新する
実際に別の人がその手順で仕事をしてみる
というところまで行うことです。
副担当者を置く方法もある
重要な仕事については、一人の担当者だけに任せず、副担当者を置く方法があります。
例えば、
主担当Aさん
副担当Bさん
という形です。
通常はAさんが顧客対応をします。
しかしAさんが時短勤務で退社した後や休暇中には、Bさんが対応します。
そのためには、Bさんも普段から情報を共有しておく必要があります。
これによって、
Aさんがいないから明日まで何もできない
という状態を減らすことができます。
情報を個人ではなく会社に残す
属人化を防ぐうえで重要なのは、
情報は担当者個人のものではなく会社のもの
という考え方です。
例えば顧客との重要なやり取りが担当者個人のメールボックスにしか残っていなければ、他の社員は確認できません。
そこで、
顧客管理システム
共有フォルダ
業務管理システム
社内チャット
などを利用して、必要な情報を組織として共有します。
担当者が変わっても、過去の経緯を確認できる状態を作ることが重要です。
判断まで属人化している場合がある
属人化するのは作業だけではありません。
判断そのものが特定の人に集中することもあります。
例えば、
この値引きを認めてよいか
この顧客にはどこまで対応するか
この経費を承認してよいか
という判断を、特定の管理職しかできない会社があります。
その管理職が不在になると、仕事が止まります。
この場合には、
誰がどこまで判断できるのか
という権限を整理する必要があります。
一定金額までは担当者が判断できる。
それを超えれば課長が承認する。
さらに大きな案件だけ部長へ上げる。
このように判断基準を明確にすれば、すべてを一人へ集中させずに済みます。
時短勤務者のためだけの改善ではない
属人化を解消すると、
時短勤務者が帰った後も対応できる
というメリットがあります。
しかし、それだけではありません。
フルタイム社員が、
有給休暇を取りやすくなる
病気で休みやすくなる
育児休業を取りやすくなる
異動しやすくなる
という効果もあります。
さらに退職時の引き継ぎも容易になります。
つまり、属人化解消は時短勤務者のための特別な対策ではありません。
組織全体を安定させるための仕組みです。
属人化と専門性は違う
注意したいのは、
属人化をなくすこと
と、
専門性をなくすこと
は違うという点です。
例えば高度な税務、法務、システム開発などでは、専門知識を持つ人しか判断できない仕事があります。
専門家が必要だからといって、それ自体が悪いわけではありません。
問題なのは、
その人しか情報を持っていない
その人しか手順を知らない
その人が突然いなくなると会社が何もできない
という状態です。
高度な専門性を持つ人がいても、
資料を残す
判断経緯を記録する
後継者を育成する
といった対策はできます。
専門性を生かしながら、組織として継続できる状態を作ることが重要です。
時短勤務が業務改善のきっかけになる
時短勤務者が増えると、
午後4時以降は誰が対応するのか
担当者が休んだらどうするのか
どこに情報を残すのか
という問題を考えざるを得なくなります。
一見すると会社にとって負担が増えたように見えます。
しかし、その過程で、
業務の標準化
情報共有
権限委譲
マニュアル整備
複数担当制
が進めば、会社全体の業務基盤が強くなります。
時短勤務者の存在が、それまで放置されていた属人化を解消するきっかけになるわけです。
結論
業務の属人化とは、特定の社員しか仕事の進め方や必要な情報を知らず、その人がいなければ業務が進まない状態です。
時短勤務者が午後4時に帰った後に、
顧客対応ができない
判断できない
資料の場所が分からない
という問題が起きると、
時短勤務では仕事が回らない
と考えがちです。
しかし、本当の問題は時短勤務ではありません。
一人の社員がいなければ仕事が止まる業務設計にあります。
担当者は時短勤務をしなくても、病気や休暇、異動、退職などで不在になることがあります。
そのたびに業務が止まる会社では安定した事業運営はできません。
必要なのは、
仕事の手順を共有する
情報を会社に残す
副担当者を置く
判断基準を明確にする
権限を適切に分散する
といった仕組みです。
時短勤務者が働きやすい職場を作ることは、特定の人だけを優遇することではありません。
誰かがいなくても仕事が回る強い組織を作ることでもあります。
時短勤務者が帰ると仕事が止まるのであれば、見直すべきなのは時短勤務制度ではなく、仕事の仕組みそのものなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月31日朝刊 「時短」勤務者は重要な戦力 人員確保に効果 管理職の意識変わる
日本経済新聞 2026年8月31日朝刊 シフトを選べる企業も