上場企業の株主総会では、会社が用意した議案だけが話し合われるわけではありません。一定の条件を満たした株主は、自分が考えた議案を株主総会に提出できます。
これが株主提案権です。
経営者に対して株主が直接問題を提起できる重要な権利ですが、その一方で、近年は実現可能性が乏しい提案や、会社経営との関係が薄い提案が問題になるケースも出ています。
そこで現在進められている会社法改正の議論では、株主提案権を行使するための要件を見直すことが検討されています。
特に焦点となっているのが、現在の300個以上という議決権数の要件です。
なぜ300個という基準が設けられているのでしょうか。そして、この基準をなくしたり引き上げたりすると、会社と株主の関係はどう変わるのでしょうか。
株主提案権とは何か
株主提案権とは、一定の条件を満たした株主が株主総会で議題や議案を提案できる権利です。
たとえば株主は、一定の要件を満たせば役員人事や定款変更などについて自ら議案を提出できます。
会社の経営に問題があると考える株主が、経営陣とは異なる選択肢を他の株主に示すこともできます。
この仕組みは、株主が会社経営に意見を反映させるための重要な手段です。
上場企業では多数の株主が存在するため、すべての株主が経営者と直接話し合えるわけではありません。
株主総会に議案を提出し、他の株主にも賛否を問うことができる株主提案権は、経営者と株主をつなぐ制度の一つといえます。
現在は1パーセント以上か300個以上が基本
株主であれば誰でも自由に株主提案ができるわけではありません。
現行の会社法では、一定期間継続して株式を保有していることに加え、原則として次のいずれかの要件を満たす必要があります。
総株主の議決権の1パーセント以上を持っていること
または
300個以上の議決権を持っていること
この2つはどちらか一方を満たせばよい仕組みです。
ここが重要です。
会社の規模が非常に大きければ、個人株主が1パーセントの議決権を取得するには莫大な資金が必要になります。
しかし300個以上という基準があるため、持株比率が1パーセントに届かない株主でも提案できる場合があります。
つまり300個要件には、大企業でも少数株主が経営に意見を示せるようにする役割があります。
なぜ300個という基準が作られたのか
現在につながる株主提案制度の要件は、1981年の旧商法改正で導入されました。
当時の株主総会では、総会屋の存在などが大きな社会問題となっていました。
一方で一般の株主が株主総会で十分に発言できないという問題もありました。
そこで一般株主にも会社経営について問題を提起する機会を与え、株主総会を健全化することが制度導入の狙いの一つでした。
ところが、それから40年以上が経過しています。
株式市場を取り巻く環境は大きく変化しました。
東京証券取引所の試算では、1981年当時の上場企業の投資単位は約41万円でした。
これに対して現在は約28万円まで低下しています。
株式分割などによって株式を購入しやすくする企業も増え、個人投資家が株主になりやすい市場へと変わってきました。
その結果、300個以上という要件を満たすために必要な投資額も、制度導入当時と比べて実質的に低下しています。
1981年当時の300個要件に必要だった投資額は、現在の投資単位に換算すると441個分に相当するとされています。
そこで、40年以上前に決めた300個という数字を現在もそのまま使うことが適切なのかという議論が出ているのです。
少数株主による提案が増えている
株主提案権の見直しが議論される背景には、少数株主による提案が多いという事情があります。
法制審議会会社法制部会で示された調査研究によると、2024年6月までの約14年間に株主提案権が行使された約2100件のうち、6割以上は議決権の保有割合が1パーセント未満の株主による提案でした。
そして、その中で実際に可決された事例は1件だけだったとされています。
もちろん、可決されなかったから意味のない提案だったとは限りません。
株主提案をきっかけに会社が経営方針を見直したり、株主との対話が進んだりする可能性もあります。
しかし、ほとんど可決される可能性のない提案についても会社が多くの事務作業を行わなければならないという問題があります。
株主提案を受けた会社には大きな実務負担が生じる
株主提案は、単に会社が提案書を受け取って株主総会に載せれば終わりというものではありません。
会社は提案内容を確認しなければなりません。
会社法上適法な提案なのかを調べます。
提案に賛成するのか反対するのかを検討します。
取締役会としての意見をまとめます。
社外取締役などにも説明する必要があります。
さらに株主総会資料への記載などの実務も発生します。
しかも株主総会の日程は決まっているため、限られた時間の中で処理しなければなりません。
日本経済団体連合会の調査では、株主提案権の行使期限の翌日から、株主総会の招集を決定する取締役会までの期間は平均10.7営業日とされています。
会社側からすれば、かなり短期間で対応しなければならないことになります。
明らかに不適法な提案なら株主総会で取り上げないという選択肢もあります。
しかし、提案を不適法として排除すれば、後から訴訟になる可能性があります。
そのため会社は簡単に排除できません。
結果として、実現可能性が低い提案であっても、法務部門や経営陣が多くの時間を使って対応することになります。
いよぎんホールディングスでは社名変更が提案された
2026年6月に開催されたいよぎんホールディングスの定時株主総会では、個人株主から社名変更を求める株主提案が出されました。
提案された社名は、いよぎん株主阿鼻叫喚ホールディングスというものでした。
提案した株主が保有していたのは302個の議決権でした。
会社全体に占める割合は約0.01パーセントです。
つまり1パーセント要件には到底届きません。
しかし300個以上という要件を満たしていたため、株主提案が可能になりました。
最終的な賛成率は0.9パーセント未満でした。
このような事例が、現在の300個要件をそのまま維持する必要があるのかという議論につながっています。
300個要件を廃止する案が検討されている
法制審議会の会社法制部会が2026年3月にまとめた中間試案では、議決権数の要件について大きく2つの方向性が示されました。
一つは300個という議決権数の要件そのものを廃止する案です。
この場合、基本的には議決権割合を基準に株主提案権を認める方向になります。
もう一つは300個という数字を、より大きな個数へ引き上げる案です。
つまり、
300個という仕組みそのものをなくすのか
それとも
議決権数による要件は残しながらハードルを高くするのか
という議論です。
どちらの案でも、現在より株主提案権を行使できる株主が少なくなる可能性があります。
1パーセントだけになると個人株主には非常に高い壁になる
300個要件を廃止すると別の問題が生じます。
大企業ほど1パーセントの株式を取得するために巨額の資金が必要になるからです。
法制審議会会社法制部会の資料によると、東証上場企業全体の時価総額の中央値は約210億6500万円です。
単純計算すると、その1パーセントは約2億1000万円になります。
さらに時価総額が数兆円、数十兆円という巨大企業になれば、1パーセントを取得するために必要な金額はさらに大きくなります。
これでは一般の個人株主が単独で株主提案を行うことは事実上難しくなる可能性があります。
だからこそ300個要件は、少数株主の発言機会を守る仕組みでもあるのです。
可決されない提案には意味がないのか
今回の議論で難しいのはここです。
会社側から見れば、可決される可能性がほとんどない提案のために多くの時間や費用を使うことには疑問があります。
しかし株主提案の価値は、可決されることだけではありません。
たとえば株主が資本政策や企業統治について問題提起したとします。
提案そのものは否決されたとしても、多くの株主が賛成すれば経営陣への強いメッセージになります。
会社側が翌年度以降の経営方針を変更する可能性もあります。
株主提案をきっかけに会社と株主の対話が始まることもあります。
したがって、
可決されなかった株主提案
イコール
意味のなかった株主提案
とは限りません。
株主提案権には、株主総会で多数決を行うだけでなく、会社に問題提起するという役割もあります。
業務執行に関する株主提案も論点になっている
今回の会社法改正では、さらに重要な論点が浮上しています。
経営戦略など業務執行に関する株主提案をどこまで認めるのかという問題です。
会社法では基本的に役割分担があります。
株主総会は取締役の選任、定款変更、組織再編など重要事項について意思決定します。
一方、具体的な経営計画や事業撤退などは取締役など経営陣が業務執行として判断します。
ところが実際には、定款変更という形を利用することで、経営戦略に関する事項を株主提案として提出できる場合があります。
たとえば特定事業からの撤退や気候変動対策、資本政策などについて、定款への記載を求める方法です。
なぜ経営戦略を株主が決めることが問題になるのか
企業側が懸念するのは経営判断の柔軟性です。
仮に具体的な経営方針を定款に記載すると、それを変更するときにも株主総会の決議が必要になる可能性があります。
特に定款変更には株主総会の特別決議が必要です。
経営環境が急速に変化しているにもかかわらず、会社が機動的に方針転換できなくなる可能性があります。
経営者は日々会社の情報を把握しながら意思決定しています。
そのため業務執行については取締役会に任せるというのが会社法の基本的な考え方です。
この立場からは、株主総会が具体的な経営判断にまで入り込むことには慎重であるべきだという考え方になります。
どこまでが業務執行なのか線引きは簡単ではない
一方で、業務執行に関する株主提案を一律に制限することにも問題があります。
たとえば資本政策はどうでしょうか。
株主還元を増やすのか。
内部留保を積み上げるのか。
成長投資を優先するのか。
これは経営判断であると同時に、株主の利益にも直接関係します。
気候変動への対応も同じです。
設備投資や事業戦略という意味では業務執行ですが、長期的な企業価値に影響する重要なテーマでもあります。
そのため、どこまでが株主が意見を示すべき事項で、どこからが経営陣に任せるべき業務執行なのかを明確に線引きすることは容易ではありません。
問われているのは会社と株主の距離
今回の株主提案権の見直しは、単に300個という数字を変更するだけの話ではありません。
その根底にあるのは、
株主は会社経営にどこまで関与すべきなのか
という問題です。
株主提案を容易にすれば、少数株主でも経営者に問題提起できます。
その一方で乱用的な提案が増えれば、会社だけでなく他の株主にも負担が生じます。
逆に要件を厳しくすれば企業の負担は軽くなりますが、資金力の小さい個人株主が意見を表明する機会を失う可能性があります。
つまり、
企業経営の効率性
と
少数株主の権利
をどこでバランスさせるのかが今回の改正の核心です。
法制審議会は2026年度内に会社法改正の内容を法務大臣へ答申する予定で、政府は2027年の通常国会への法案提出を目指しています。
今後300個要件が廃止されるのか、それとも引き上げられるのか。
さらに業務執行に関する株主提案まで制限されるのか。
今回の会社法改正は、上場企業と株主の関係を大きく変える可能性があります。
結論
株主提案権は、経営者ではなく株主側から株主総会に議案を提出できる重要な権利です。
現行制度では、原則として総議決権の1パーセント以上、または300個以上の議決権を一定期間保有する株主が提案できます。
300個要件は、資金力の小さい株主にも発言機会を与える役割を果たしてきました。
しかし制度が作られてから40年以上が経過し、株式の投資単位が低下したことで、当時より要件を満たしやすくなっています。
一方で、実現可能性の乏しい提案への対応が企業の負担になっているとの指摘もあります。
そこで今回の会社法改正では、300個要件の廃止や引き上げが検討されています。
さらに経営戦略など業務執行に関する株主提案を制限するかどうかも論点になっています。
株主提案を厳しく制限すれば企業経営は効率化するかもしれません。
しかし制限しすぎれば、少数株主が経営者に問題を提起する重要な手段を失います。
今回の会社法改正で問われているのは、単なる株主提案の件数ではありません。
会社を実際に経営する取締役と、その会社を所有する株主との間で、どこまで権限を分けるのかという会社制度の根本的な問題なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月31日 朝刊 株主提案、要件見直しで火花
日本経済新聞 2026年8月31日 朝刊 業務執行の提案巡り議論