外国為替資金特別会計には、二つの大きな利益があるように見えます。
一つは、円安によって膨らんだ50兆円を超える為替換算上の含み益です。
もう一つは、米国債などの運用収入を背景として毎年度生じる数兆円規模の剰余金です。
どちらも外為特会から生じる利益のように見えるため、同じものだと考えてしまいがちです。
しかし、両者はまったく同じではありません。
特に減税などの財源として利用できるのかを考える場合、この違いは重要です。
含み益は主として保有資産の評価額が変化したことによって生じます。
一方、剰余金は毎年度の収入や支出などを反映して生じ、その一部は実際に一般会計へ繰り入れられています。
外為特会に巨額の利益があるという数字だけではなく、その利益が何を意味しているのかを見る必要があります。
為替換算による含み益とは何か
外為特会は米国債など大量のドル建て資産を保有しています。
そのため円安になると、円換算した資産価値が大きくなります。
例えば100億ドルの資産を持っているとします。
1ドル100円なら円換算額は1兆円です。
1ドル150円まで円安になると1兆5000億円になります。
保有するドルは100億ドルのままです。
それでも円換算した評価額は5000億円増えます。
このような為替レートの変化によって生じる評価上の利益が、外為特会の為替換算差益です。
2025年3月末時点では、この為替換算差損益が50兆円を超える規模になっています。
含み益が増えても現金が増えたわけではない
含み益を理解するうえで重要なのは、資産の評価額が増えたことと、現金収入が発生したことを区別することです。
例えば1000万円で購入した土地が1500万円に値上がりしたとします。
資産価値は500万円増えています。
しかし土地を売っていなければ、銀行口座に500万円が入ってきたわけではありません。
外為特会も同じように考えることができます。
ドル建て資産を持ったまま円安になれば、円換算した評価額は増えます。
しかし政府の一般会計に、その金額と同額の現金収入が入るわけではありません。
したがって50兆円を超える含み益を、そのまま50兆円の財源と考えることはできません。
剰余金とは何か
一方、剰余金は外為特会の毎年度の収入や支出などを反映して生じます。
外為特会は巨額の外貨資産を保有しています。
その中心となる米国債などからは利子を受け取ります。
これは実際に発生する運用収入です。
一方、外為特会には費用もあります。
例えば円売りドル買い介入に必要な円資金を調達するために発行する政府短期証券には、金利などの調達コストがかかります。
こうした収入や支出などを反映して、年度末に生じるのが剰余金です。
含み益が資産価値の変化を表すのに対して、剰余金は毎年度の会計上の収支などから生じるという違いがあります。
米国債の利子は実際に入ってくる
両者の違いを理解するには、米国債の利子を考えると分かりやすくなります。
例えば政府が米国債を100億ドル保有しているとします。
この米国債から利子が支払われれば、政府は実際に利子収入を受け取ります。
これは円安によって評価額が増えただけの含み益とは違います。
資産を保有していることで発生した収入です。
もちろん外為特会には政府短期証券の利払いなどの費用もあります。
そのため米国債の利子収入すべてが剰余金になるわけではありません。
それでも、
外貨資産の価格や円換算額が増えたこと
と
外貨資産から収益が実際に発生したこと
は区別できます。
2024年度には約5兆3600億円の剰余金が生じた
2024年度決算では、外為特会の剰余金は約5兆3600億円となりました。
50兆円を超える為替換算上の含み益と比べると小さく見えるかもしれません。
しかし財源として考える場合には、この数兆円の方が重要な意味を持ちます。
剰余金の一部は実際に一般会計へ繰り入れることができるからです。
2024年度には約5兆3600億円の剰余金のうち、約3兆2000億円が一般会計へ繰り入れられました。
つまり外為特会から国の一般的な予算へ実際にお金が移されています。
50兆円という含み益と3兆2000億円という一般会計繰入額では、金額の大きさだけでなく、お金の性格そのものが違います。
一般会計繰入額とは何か
一般会計繰入額とは、特別会計から一般会計へ実際に移されるお金です。
一般会計は、社会保障や防衛、教育、公共事業など国の幅広い政策を支える会計です。
外為特会で生じた剰余金の一部を一般会計へ繰り入れれば、一般会計の歳入になります。
その意味では、外為特会の剰余金は国の財源と直接的な関係があります。
ただし、
剰余金が5兆円ある
ということと、
一般会計で5兆円すべてを使える
ということも同じではありません。
剰余金の一部は外為特会内部に残されるからです。
なぜ剰余金を全部一般会計へ移さないのか
外為特会は巨額の金融資産を保有しているため、さまざまな市場リスクを抱えています。
代表的なのが為替変動リスクです。
現在は円安によって巨額の為替換算差益が生じています。
しかし円高になれば逆方向に動きます。
また米国債などを保有しているため、金利変動の影響も受けます。
こうした将来の損失などに備えるため、剰余金のすべてを一般会計へ移すのではなく、一定額を外為特会内部に残します。
つまり剰余金には、
一般会計へ移せる部分
と
外為特会内部に残す部分
があります。
財源を考える場合には、最終的に一般会計へいくら移せるのかを見る必要があります。
含み益を一般会計へ移すには何が必要なのか
含み益は資産の評価上の利益なので、そのまま一般会計へ移すことはできません。
まず外貨資産を売却するなどの取引が必要になります。
例えばドルを売って円を買えば、政府は円を取得します。
しかし外為特会の場合、ここにも注意が必要です。
外貨資産の裏側には政府短期証券という負債があります。
過去の円売りドル買い介入では、政府短期証券を発行するなどして円を調達し、その円でドルを購入してきました。
そのため円買いドル売り介入によって得た円は、政府短期証券の償還に充てる仕組みになっています。
単純に、
外貨資産を売る
含み益を現金化する
一般会計へ移す
という流れにはならないのです。
含み益が50兆円あっても剰余金が50兆円になるわけではない
含み益と剰余金を混同すると、
外為特会には50兆円も利益があるのだから、毎年数兆円程度の減税なら簡単にできる
という考え方につながりやすくなります。
しかし50兆円の含み益は、円安による外貨資産の評価額の増加です。
毎年50兆円の収入が発生しているわけではありません。
一方、剰余金は年度ごとの収入や支出などから生じます。
今年5兆円の剰余金があったとしても、翌年度も同じ金額になるとは限りません。
海外金利が低下すれば外貨資産から得る利子収入が減る可能性があります。
国内金利が上昇すれば政府短期証券の調達コストが増える可能性があります。
したがって含み益と剰余金は、金額だけでなく発生する仕組みも違います。
なぜ二つの利益が混同されやすいのか
含み益と剰余金が混同されやすい最大の理由は、どちらも外為特会から生じる利益として報道されることがあるからです。
さらに外為特会の仕組みは複雑です。
外貨資産
為替換算差損益
運用収入
政府短期証券
剰余金
一般会計繰入額
といった複数の数字が登場します。
そのなかで50兆円という非常に大きな数字だけを見ると、政府が巨額の現金を持っているように感じてしまいます。
しかし国の財源を考える場合には、数字の大きさではなく、その数字が何を表しているのかを見る必要があります。
減税財源として重要なのはどちらなのか
減税の財源という観点から考えると、含み益よりも一般会計への繰入額の方が直接的です。
例えば外為特会から一般会計へ3兆円を繰り入れれば、その年度の一般会計の歳入は3兆円増えます。
一方、外為特会の含み益が50兆円から60兆円へ増えても、それだけで一般会計の歳入が10兆円増えるわけではありません。
この違いは非常に重要です。
ただし一般会計への繰入額を増やせば、どこまでも安定した財源を確保できるわけでもありません。
外為特会の剰余金は、海外金利や国内金利などの影響を受けます。
そのため毎年必ず一定額が生じるとは限りません。
一時的な財源と恒久的な財源を分けて考える
仮に外為特会から一般会計への繰入額を一時的に増やせば、その年度の財源を増やすことはできます。
しかし減税が毎年続くのであれば、財源も毎年必要になります。
外為特会の剰余金が将来減少すれば、別の財源を探さなければなりません。
そのため、
今年使えるお金がある
ということと、
将来も続けられる政策の財源がある
ということは別です。
外為特会を減税財源として議論するときには、この時間軸の違いも考える必要があります。
結論
外為特会の含み益と剰余金は、どちらも利益のように見えますが、その性格は大きく異なります。
含み益は、円安によって米国債などの外貨資産の円換算額が増加したことで生じる評価上の利益です。
外貨資産を保有しているだけでは、その金額と同額の現金が一般会計へ入ってくるわけではありません。
一方、剰余金は外貨資産から得られる利子収入や政府短期証券の利払いなど、毎年度の収入や支出を反映して生じます。
2024年度には約5兆3600億円の剰余金が生じ、そのうち約3兆2000億円が一般会計へ繰り入れられました。
つまり減税などの財源を考える場合、50兆円を超える含み益より、実際に一般会計へいくら繰り入れることができるのかを見ることが重要です。
ただし剰余金も毎年一定ではなく、全額を一般会計へ移せるわけでもありません。
外為特会について大切なのは、巨額の数字をすべて政府が自由に使えるお金として考えないことです。
含み益、剰余金、一般会計繰入額をそれぞれ分けて考えることで、外為特会を本当に減税財源として利用できるのかが見えてくるのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 「外為特会で減税」は悪手