鋼材の需給を見るとき、在庫が増えたか減ったかは重要な情報です。
しかし、在庫量だけを見ても、本当に在庫が多いのか少ないのかは判断できません。
例えば倉庫に鋼材が1000トンあったとしても、毎月1000トン出荷する会社なら1カ月分です。一方、毎月200トンしか出荷しない会社なら5カ月分になります。
同じ1000トンでも意味はまったく違います。
そこで重要になるのが、在庫を出荷などとの関係で見る在庫率という考え方です。
在庫が販売や出荷に対してどの程度の水準にあるのかを見ることで、鋼材市場の需給が締まっているのか、それとも緩んでいるのかを判断しやすくなります。
在庫率とは何か
在庫率とは、在庫の大きさを出荷などと比較して示す指標です。
統計や業界によって具体的な計算方法や表現方法は異なりますが、基本的な考え方は、
現在の在庫が現在の出荷規模に対してどのくらいあるのか
を見ることです。
分かりやすくするため、在庫が何カ月分あるのかという考え方で見てみましょう。
例えば鋼材の在庫が1000トンあり、毎月500トン出荷しているとします。
1000トンを500トンで割れば2です。
単純化すれば、現在の出荷ペースで約2カ月分の在庫を持っていることになります。
在庫が同じ1000トンでも、月間出荷量が250トンに減れば、
1000トンを250トンで割って4
となります。
約4カ月分です。
在庫量そのものは変わっていないのに、出荷が減ったことで在庫の重さは2倍になっています。
ここが在庫率を見る重要なポイントです。
在庫量だけでは需給を判断できない
なぜ在庫量だけを見るのでは不十分なのでしょうか。
企業の事業規模や出荷量が違うからです。
例えばA社とB社がそれぞれ1000トンの在庫を持っているとします。
A社の月間出荷量は1000トンです。
B社の月間出荷量は200トンです。
A社にとって1000トンは約1カ月分ですが、B社にとっては約5カ月分です。
A社では通常の営業活動に必要な在庫かもしれません。
しかしB社では在庫過剰になっている可能性があります。
同じことは市場全体でも起こります。
景気が良く、鋼材が大量に出荷されている時期なら、ある程度在庫量が多くても問題にならないことがあります。
反対に景気が悪化して出荷量が減っている時期には、同じ在庫量でも負担が重くなります。
したがって在庫を見るときには、
在庫が何トンあるか
だけではなく、
その在庫に対してどれだけ出荷されているか
を見る必要があります。
出荷が減るだけでも在庫率は上がる
在庫率の特徴は、在庫そのものが増えなくても上昇する可能性があることです。
例えば、
在庫1000トン
月間出荷1000トン
だったとします。
単純化すれば約1カ月分の在庫です。
ところが景気が悪化し、月間出荷量が500トンに減ったとします。
在庫がまだ1000トンなら約2カ月分になります。
在庫量は変わっていません。
それでも出荷量が半分になったことで、在庫の負担は相対的に大きくなりました。
さらに生産や仕入れがすぐに減らなければ、在庫そのものも増えていきます。
例えば在庫が1200トンへ増え、月間出荷量が400トンまで減れば、約3カ月分になります。
つまり景気悪化局面では、
出荷減少
在庫増加
という二つの動きが同時に起こり、在庫率が急上昇することがあります。
適正在庫とは何か
では在庫は少なければ少ないほど良いのでしょうか。
そうとは限りません。
企業が事業を続けるためには一定の在庫が必要です。
鋼材問屋の場合、顧客から注文を受けるたびに製鉄会社から鋼材を取り寄せていては、納期に間に合わない場合があります。
そのため、よく売れる鋼材をあらかじめ倉庫に保管しておきます。
顧客から注文が来れば、必要な量をすぐに加工して出荷できます。
このように事業を円滑に行うために必要な在庫が適正在庫です。
適正在庫は会社や商品によって異なります。
よく売れる商品なのか。
メーカーから短期間で仕入れられるのか。
顧客がどれくらい短い納期を求めるのか。
価格変動が大きい商品なのか。
こうした条件によって必要な在庫量は変わります。
したがって、何カ月分なら必ず適正在庫という絶対的な基準があるわけではありません。
過去の水準や出荷動向などと比較しながら判断することが重要です。
在庫が少なすぎても問題になる
過剰在庫が問題になる一方、在庫が少なすぎることにもリスクがあります。
例えば鋼材需要が急増したとします。
顧客から大量の注文が来ても、問屋の倉庫に商品がなければすぐに出荷できません。
メーカーへ発注しても納品まで時間がかかれば、顧客の注文に対応できない可能性があります。
これが品不足です。
品不足が広がれば、鋼材を確保しようとする企業が増えます。
需要に対して供給が足りなくなるため、市場価格にも上昇圧力がかかります。
つまり、
在庫率が低すぎる
品不足になる
企業が鋼材を確保しようとする
価格が上昇する
という流れが起こることがあります。
在庫率の低下は需給が引き締まっていることを示す場合があるのです。
在庫率が上がるとなぜ値下げ圧力が生じるのか
反対に在庫率が高くなれば、価格には下落圧力がかかりやすくなります。
鋼材問屋の立場から考えてみましょう。
鋼材を100万円で仕入れたとします。
すぐに販売できれば問題ありません。
しかし倉庫に何カ月も置いたままになれば、その100万円が在庫として固定されます。
企業は仕入れ代金を支払っていますから、資金繰りにも影響します。
さらに倉庫費用や管理費もかかります。
この状態が続けば、
多少安くしてでも在庫を売りたい
と考える企業が出てきます。
一社だけなら市場価格への影響は小さいでしょう。
しかし市場全体で在庫が増えていれば、多くの企業が同じ判断をする可能性があります。
値引き販売が増えれば、市場価格は下がりやすくなります。
これが在庫率上昇が価格下落につながる基本的な仕組みです。
高値で仕入れた在庫ほど怖い理由
鋼材のように市況が変動する商品では、在庫価格も重要です。
例えば1トン10万円で100トン仕入れたとします。
仕入金額は1000万円です。
ところが需要が急減し、市場価格が1トン8万円まで下がったとします。
100トンを市場価格で評価すれば800万円です。
単純化すると200万円分の価格差が生じています。
実際の会計処理は在庫の評価方法などによって異なりますが、経営上は高値で仕入れた商品を安値で販売しなければならないリスクがあります。
そのため市況が下落し始めると、企業は在庫を減らそうとします。
各社が一斉に在庫削減を進めれば販売競争が激しくなり、さらに価格が下がることもあります。
在庫が市況変動を増幅させる場合があるのです。
在庫率は景気の転換点を見る手掛かりになる
在庫率が注目されるもう一つの理由は、景気の転換点を考える材料になることです。
景気が良い局面では出荷が増えます。
商品が次々に売れるため、在庫率は低下しやすくなります。
企業は品不足を防ぐため生産や仕入れを増やします。
ところが需要の伸びが鈍くなると、出荷が減ります。
生産や仕入れをすぐに減らせなければ在庫が増えます。
すると在庫率が上昇します。
企業は在庫調整のため生産を減らします。
このため、
出荷増加と在庫率低下
から、
出荷減少と在庫率上昇
への変化は、景気の局面が変わり始めた可能性を示すことがあります。
価格と在庫率を一緒に見る
鋼材市況を理解するには、価格と在庫率を組み合わせて考えることが重要です。
例えば価格が上昇し、在庫率が低下している場合です。
商品がよく売れて在庫が減っているため、需要が強く、需給が引き締まっている可能性があります。
一方、価格が高いにもかかわらず在庫率が上昇している場合には注意が必要です。
需要そのものは弱くなっている可能性があるからです。
原料価格の上昇や生産能力の削減によって、需要が弱くても価格が高止まりすることがあります。
そのため、
価格が高いから景気が良い
と単純に判断することはできません。
価格
出荷
在庫
生産
を組み合わせて見る必要があります。
結論
在庫率とは、在庫の大きさを出荷などとの関係で見るための指標です。
単純に在庫が何トンあるかを見るだけでは、本当に在庫が多いのか少ないのか判断できません。
同じ1000トンの在庫でも、毎月1000トン出荷している市場と毎月200トンしか出荷していない市場では、その意味がまったく違います。
特に重要なのは、出荷が減るだけでも在庫の負担が大きくなることです。
さらに出荷減少と在庫増加が同時に起これば、在庫率は急速に上昇します。
在庫率が高くなれば、企業は資金負担を減らすため在庫を処分しようとします。
値引き販売が増えれば、鋼材価格にも下落圧力がかかります。
反対に在庫率が低くなりすぎれば品不足が起こり、価格上昇につながることがあります。
つまり鋼材市場を見るときには価格だけを見るのでは不十分です。
どれだけ売れているのか。
それに対して倉庫にどれだけ鋼材が残っているのか。
この二つを組み合わせることで、市場の本当の需給が見えてきます。
在庫率とは、倉庫に積まれた鉄の量を景気の数字へ変換するための物差しなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 物価の記憶(3)鋼材市況、バブル崩壊予見 浦安問屋街、競争から協業へ