事業承継では、「後継者を決めれば安心」と考えられがちです。
しかし、実際には後継者だけではなく、後継者以外の相続人への配慮も欠かせません。
その際に重要な役割を果たすのが「分割調整資金」です。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、この資金を準備できるかどうかが、円滑な事業承継と「争続」を分けることがあります。
今回は、分割調整資金の考え方について解説します。
分割調整資金とは何か
分割調整資金とは、遺産を公平に分けるために準備する現金などの資金をいいます。
例えば、経営者には次のような財産があるとします。
- 自社株式
- 会社の土地や建物
- 自宅
- 預貯金
後継者には会社経営を続けてもらうため、自社株式を集中して承継させたいと考えるのが一般的です。
しかし、それでは他の相続人との間で財産の偏りが生じることがあります。
その調整役となるのが分割調整資金なのです。
株式は簡単に分けられない
現金であれば、人数に応じて分けることができます。
しかし、自社株式は事情が異なります。
兄弟姉妹が均等に株式を保有すると、
- 経営権が分散する
- 株主間の意見がまとまらない
- 将来の経営判断が難しくなる
といった問題が起こる可能性があります。
そのため、事業承継では後継者へ株式を集中させることが望ましいケースが少なくありません。
その代わりに、他の相続人へ現金などを渡すことで公平性を確保する考え方が重要になります。
公平な相続には現金の存在が重要
「同じ割合で分けること」と「納得できること」は必ずしも一致しません。
後継者以外の相続人にとっても、
「会社は兄が継ぐけれど、自分にも十分な配慮があった」
と感じられれば、円満な相続につながりやすくなります。
そのためには、
- 預貯金
- 生命保険金
- 投資資産
- 売却しやすい資産
などを計画的に準備しておくことが有効です。
分割調整資金は、相続人同士の信頼関係を守るための資金ともいえるでしょう。
生命保険も有効な選択肢になる
分割調整資金を準備する方法はいくつかあります。
その代表例の一つが生命保険です。
生命保険金は、相続開始後比較的早い時期に受け取ることができるため、遺産分割や納税資金の準備にも役立つ場合があります。
講義資料でも、事業承継計画の中に生命保険の活用を組み込み、遺留分対策や株式承継と合わせて長期的に設計する例が示されています。
生命保険は万一に備えるだけではなく、円滑な事業承継を支える重要な金融ツールでもあるのです。
分割調整資金は早く準備するほど効果が大きい
分割調整資金は、相続直前になって用意できるものではありません。
毎年少しずつ資産を積み上げたり、保険契約を見直したりしながら、時間をかけて準備することが重要です。
また、会社の利益が安定している時期に準備を始めれば、経営への負担も比較的小さく抑えられます。
一方、経営環境が悪化してから資金を確保しようとしても、十分な準備ができない可能性があります。
だからこそ、事業承継は早めの計画が重要なのです。
事業承継は家族全員の安心につながる
分割調整資金を準備する目的は、お金を渡すことだけではありません。
本当の目的は、家族全員が安心して将来を迎えられる環境をつくることです。
後継者は安心して経営に集中できます。
後継者以外の相続人も、自分たちへの配慮を感じることができます。
その結果、家族の信頼関係が保たれ、会社も安定した経営を続けやすくなります。
事業承継とは、会社だけではなく家族全体の未来を設計する取り組みでもあるのです。
結論
分割調整資金は、円滑な事業承継を支える重要な準備の一つです。
自社株式を後継者へ集中させながら、他の相続人にも公平な配慮を行うことで、「争続」のリスクを大きく減らすことができます。
現金や生命保険などを計画的に準備することは、税金対策だけではなく、家族の信頼関係を守ることにもつながります。
事業承継を成功させるためには、「誰に会社を継がせるか」だけではなく、「家族全員が納得できる仕組みをどうつくるか」という視点を持つことが大切なのです。
参考
北陸税理士会「事業承継税制(特例版)における実務上の論点整理」
中小企業庁「今後の検討の方向性について」