個人向け国債への税制優遇を巡って、注目されている案の一つがNISAの対象に加えるという考え方です。
NISAは、株式や投資信託などから得られる利益を非課税にする制度です。
個人向け国債も金融商品なのだから、NISAで買えるのではないかと思うかもしれません。
しかし、現在のNISAでは個人向け国債を直接購入することはできません。
なぜ国債はNISAの対象になっていないのでしょうか。
そして、個人向け国債がNISAの対象になれば、家計のお金の流れはどう変わるのでしょうか。
現在のNISA対象商品
現在のNISAには、つみたて投資枠と成長投資枠があります。
つみたて投資枠は、長期の積立や分散投資に適した一定の投資信託などが対象です。
一方、成長投資枠では上場株式や一定の投資信託など、つみたて投資枠より幅広い商品を購入できます。
年間投資枠は、つみたて投資枠が120万円、成長投資枠が240万円です。
非課税で保有できる総額は両方を合わせて1800万円で、このうち成長投資枠は1200万円までとなっています。
NISA口座で購入した対象商品から得られる売却益や配当、分配金などは非課税になります。
通常であれば約20%の税金がかかる利益を非課税にすることで、家計の資産形成を後押しする制度です。
個人向け国債は現在NISAで直接買えない
現在のNISAでは、個人向け国債そのものを購入することはできません。
ここは、成長投資枠という名前から誤解しやすいところです。
成長投資枠では個別株や投資信託など幅広い商品を購入できますが、すべての金融商品を自由に購入できるわけではありません。
個人向け国債や通常の国債などの公社債を直接購入する仕組みにはなっていません。
したがって、
個人向け国債を100万円購入してNISA口座に入れておく
ということは現在できません。
個人向け国債を購入した場合、受け取る利子には原則として税金がかかります。
前回の記事で説明したように、利子に対する税率は20.315%です。
NISAで株式や投資信託を保有する場合との大きな違いです。
なぜ国債はNISAの対象外なのか
その背景には、NISAがどのような目的で作られてきたのかという問題があります。
日本の家計金融資産は、長年にわたって現金や預金に大きく偏ってきました。
そこで政府が進めてきたのが、貯蓄から投資への流れです。
家計のお金を株式や投資信託などへ振り向け、長期的な資産形成につなげることがNISAの重要な役割となっています。
これに対して個人向け国債は、性格がかなり異なります。
国が元本と利子を支払う金融商品であり、発行後1年が経過すれば原則として中途換金することもできます。
価格変動を伴う株式などに比べると、安全資産としての性格が非常に強い商品です。
そのため、預金に近い性質を持つ個人向け国債までNISAで優遇することが、貯蓄から投資へという政策目的に合っているのかという議論が出てきます。
成長投資枠との関係
仮に個人向け国債をNISAに加えるのであれば、制度上どのような枠で扱うのかも問題になります。
つみたて投資枠は、長期、積立、分散投資に適した一定の投資信託などを対象としています。
そのため、個人向け国債をそのまま対象にすることは、現在の制度設計とは性格が異なります。
そこで議論の対象になりやすいのが成長投資枠です。
しかし、ここでも問題があります。
成長投資枠には年間240万円、非課税保有限度額には1200万円という上限があります。
仮に個人向け国債を対象にすれば、その限られた非課税枠を国債に使うことになります。
株式や投資信託による長期的な資産形成を促す制度のなかに、安全資産である国債をどのように位置付けるのか。
制度の理念そのものにかかわる問題になります。
国債をNISAに入れると何が非課税になるのか
仮に個人向け国債をNISAの対象にする制度が作られた場合、最も分かりやすいメリットは利子に対する税負担です。
例えば年2.06%の個人向け国債を100万円保有するとします。
年間の税引前利子は2万600円です。
現在はここから20.315%の税金が差し引かれるため、手取りは約1万6415円になります。
仮にNISAのような仕組みで利子を非課税にできれば、2万600円をそのまま受け取れることになります。
1000万円なら年間の税引前利子は20万6000円です。
現在なら約4万1850円の税負担が発生します。
これが非課税になれば、その分だけ手取りが増えることになります。
金利そのものを引き上げなくても、非課税にすることで実質的な利回りを高められるわけです。
預金との金利差はさらに広がる
個人向け国債をNISAの対象にした場合、大きな影響を受ける可能性があるのが銀行預金です。
銀行預金の利息にも原則として税金がかかります。
一方、個人向け国債だけNISAによって利子を非課税にできるようになれば、
国債は比較的高い金利で非課税
預金は比較的低い金利で課税
という違いが生まれる可能性があります。
現在でも市場金利の上昇によって、個人向け国債と定期預金の金利差は拡大しています。
そこに税制上の差まで加われば、預金から国債への資金移動をさらに促す可能性があります。
家計にとっては魅力的でも、銀行にとっては大きな問題になります。
貯蓄から投資へに反するという慎重論
個人向け国債のNISA対象化には慎重論があります。
その代表的な理由が、NISA本来の目的との関係です。
NISAは家計の長期的な資産形成を支援するとともに、現預金に偏った金融資産を投資へ振り向ける役割を担ってきました。
ところが個人向け国債は、安全性を重視した金融商品です。
預金から個人向け国債へ100万円移したとしても、その100万円が企業の株式や投資信託へ向かうわけではありません。
家計の安全資産の置き場所が、
銀行預金から国債へ
変わっただけとも考えられます。
このため、個人向け国債をNISAで優遇することは、貯蓄から投資へではなく、貯蓄から国債へを政策的に促すことになるという見方があります。
政府にとっては国債の買い手を増やせる
一方、政府側には個人向け国債を優遇する別の理由があります。
国債の安定的な買い手を増やせることです。
これまで日本銀行は大規模な金融緩和政策によって大量の国債を購入してきました。
しかし、金融政策の正常化に伴って国債買い入れを縮小しています。
その穴を誰が埋めるのかが重要な問題になっています。
そこで注目されるのが家計です。
日本の家計は1100兆円を超える現預金を持つ一方、国債保有額は非常に小さくなっています。
NISAなどの税制優遇によって個人が国債を購入するようになれば、新しい安定的な国債の買い手を育てることができます。
つまり、個人向け国債のNISA対象化には、
家計の資産形成
だけではなく、
政府の国債消化
という側面もあるわけです。
NISAとは別の制度になる可能性もある
今後の議論で注意したいのは、個人向け国債への税制優遇が必ずNISAになるとは限らないことです。
2027年度税制改正に向けて検討されている税制優遇については、具体的な制度設計はまだ固まっていません。
NISAの対象商品を広げる方法もあれば、個人向け国債だけを対象とした別の非課税制度を設ける方法も考えられます。
一定額まで利子を非課税にする方法もあります。
さらに、購入できる国債の種類や保有金額、保有期間などに条件を設けることも考えられます。
税制優遇といっても、制度設計によって家計や金融市場への影響は大きく変わります。
今後は、税優遇をするかどうかだけではなく、どの制度を使って、誰に、どこまで優遇するのかを見る必要があります。
結論
現在のNISAでは、個人向け国債を直接購入することはできません。
NISAは株式や一定の投資信託などへの投資を通じて、家計の長期的な資産形成を支援する制度として作られているためです。
一方、個人向け国債は安全資産としての性格が強く、預金に近い金融商品です。
その国債をNISAの対象にすれば、利子に対する税負担を軽くできる可能性があります。
個人投資家にはメリットがありますが、銀行から国債への資金移動を加速させる可能性もあります。
さらに、貯蓄から投資へというNISAの目的と整合するのかという問題もあります。
個人向け国債のNISA対象化を巡る議論で重要なのは、単に国債の利子が非課税になるかどうかではありません。
これまでの貯蓄から投資へという政策に、預金から国債へという新しい政策目的を加えるのか。
2027年度税制改正に向けて、この点が大きな論点になりそうです。
参考
日本経済新聞 2026年8月21日 朝刊 個人向け国債に税優遇 財務省など要望へ、与党には慎重論
日本経済新聞 2026年8月21日 朝刊 個人向け国債 預金より運用有利に
日本経済新聞 2026年8月21日 朝刊 家計資産、国債シフトの芽