近年、日本では「女性活躍推進」が重要政策として掲げられています。
- 女性管理職比率の引き上げ
- 女性就業率向上
- 共働き支援
- 男女賃金格差是正
- リスキリング支援
など、多くの政策が打ち出されています。
一方で、日本の税制・社会保険制度には今なお、
「配偶者に扶養されること」
を前提とした仕組みが数多く残っています。
代表例が、
- 配偶者控除
- 第3号被保険者制度
- 扶養認定制度
- 家族手当
です。
つまり日本は、
「もっと働いてほしい」
と言いながら、
「一定以上働くと不利になる制度」
を同時に維持しているのです。
これは単なる制度の不整合なのでしょうか。
それとも、日本社会が抱える“価値観の二重構造”なのでしょうか。
本記事では、「女性活躍推進」と「扶養制度」の矛盾について、日本型雇用・税制・社会保障の観点から考察します。
女性就業率は実際には大きく上昇している
まず重要なのは、日本の女性就業率は既にかなり高くなっていることです。
特に30〜40代女性の就業率は大きく改善し、いわゆる“M字カーブ”も縮小しています。
背景には、
- 人手不足
- 共働き世帯増加
- 教育費上昇
- 実質賃金停滞
- 女性高学歴化
があります。
つまり現在の日本では、
「女性が働くこと」
自体は特別ではなくなっています。
しかし問題は、
「どこまで働けるか」
です。
ここで「年収の壁」が登場します。
「もっと働くと損をする」制度構造
日本では一定年収を超えると、
- 所得税
- 住民税
- 社会保険料
の負担が急増します。
特に大きいのが社会保険料です。
例えば106万円や130万円付近では、社会保険加入によって手取りが減少するケースがあります。
すると、多くの人が、
「これ以上働くと損」
と感じるようになります。
その結果、
- シフト調整
- 労働時間抑制
- 扶養内就労
が広がります。
つまり制度が、“短時間労働”を合理化しているのです。
これは女性活躍推進の方向性と明らかに緊張関係にあります。
なぜ日本は「扶養制度」を残したのか
では、なぜこうした制度が維持されてきたのでしょうか。
背景には、日本型社会の歴史があります。
高度経済成長期、日本は、
- 男性正社員
- 専業主婦
- 終身雇用
- 年功序列
を前提に社会制度を設計しました。
企業は長時間労働を求め、家庭内労働は主に妻が担いました。
税制や社会保険制度も、この役割分担を前提として整備されます。
つまり扶養制度は、
「女性を抑圧するため」
に作られたというより、
「昭和型家族モデルを支える装置」
として形成された側面が強いのです。
しかし現在、その前提は大きく変化しています。
政府は“女性活躍”を必要としている
現在、日本政府が女性就労を重視する最大理由は、人手不足です。
少子高齢化によって労働人口は減少しています。
その中で、
- 高齢者
- 外国人
- 女性
の労働参加拡大が成長維持の前提になっています。
つまり女性活躍推進は、
「ジェンダー平等政策」
であると同時に、
「労働力確保政策」
でもあります。
ここに、日本型政策の複雑さがあります。
理念としては男女平等を掲げながら、実際には経済成長維持の側面も強いのです。
「女性活躍」は本当に自由な働き方なのか
ここで難しい論点が生まれます。
「女性活躍推進」は、本当に自由な働き方を意味しているのでしょうか。
例えば、
- 子育て負担
- 家事負担
- 介護負担
は依然として女性側に偏る傾向があります。
その状態で、
「もっと働いてほしい」
だけが強調されれば、
“二重負担”
になる可能性があります。
つまり、
- 家庭責任は残る
- しかし就労も求められる
という構造です。
この点で、「女性活躍推進」は時に、
“経済合理性としての就労促進”
に見えることもあります。
扶養制度は「弱者保護」でもある
一方で、扶養制度には一定の保護機能もあります。
例えば、
- 非正規低所得層
- 子育て中家庭
- 地方の短時間労働者
にとっては、扶養メリットが家計維持装置になっています。
そのため単純に制度を廃止すると、
「手取り減」
が発生する人も多くなります。
つまり扶養制度は、
- 女性就労抑制装置
であると同時に、 - 低所得家計支援装置
でもあるのです。
ここが制度改革を難しくしています。
日本社会は「個人単位」に移行できるのか
欧州では、税や社会保障を「個人単位」で設計する国が多くあります。
一方、日本は長く「世帯単位」を重視してきました。
しかし現在は、
- 共働き一般化
- 単身世帯増加
- 非婚化
- フリーランス増加
によって、「世帯モデル」そのものが変化しています。
そのため今後は、
「誰かに扶養される前提」
から、
「個人が働き、個人で保障を受ける社会」
への転換が進む可能性があります。
ただし、それは単なる税制改正ではありません。
日本社会の家族観や働き方そのものを変える話でもあります。
「女性活躍」と「昭和制度」の衝突
現在起きているのは、
“令和型労働市場”
と
“昭和型制度”
の衝突です。
企業は人手不足で働き手を求める。
政府は女性就労を促進する。
しかし制度には、
「扶養内で働く方が合理的」
という設計が残る。
これが現在の「政策矛盾」です。
今回議論されている給付付き税額控除や「年収の壁」対策は、この矛盾を修正しようとする試みともいえます。
結論
「女性活躍推進」と「扶養制度」は、現在の日本では明確な緊張関係にあります。
政府は、
「もっと働いてほしい」
と求めながら、
制度側では、
「一定以上働くと負担が増える」
構造を残しています。
これは単なる制度ミスではありません。
日本社会が長年維持してきた、
- 昭和型家族モデル
- 世帯単位社会保障
- 男性稼ぎ主型雇用
が、今なお制度の深部に残っているからです。
そして現在、日本はその前提を修正しようとしています。
しかしその過程では、
- 家族観
- 働き方
- 再分配
- ジェンダー役割
そのものが問われることになります。
「年収の壁」の議論とは、単なる税制論ではなく、
“日本社会はどんな家族モデルを前提にするのか”
という問いなのかもしれません。
参考
・日本経済新聞 2026年5月27日朝刊「『年収の壁』超えで給付増 国民会議への政府案 働く意欲後押し」
・厚生労働省「年収の壁・支援強化パッケージ」
・内閣府「男女共同参画白書」
・総務省統計局「労働力調査」
・財務省「配偶者控除制度に関する資料」