企業買収(M&A)の会計処理を巡る議論のなかで、近年特に注目されているテーマが「のれんの非償却」です。現在、日本の会計基準では、企業買収で生じたのれんを一定期間で償却することが求められています。一方、国際会計基準(IFRS)では、のれんを定期償却せず、価値が低下した場合にのみ減損損失を計上する方式が採用されています。
この違いを巡り、日本でも非償却方式への移行を検討すべきではないかという議論が続いています。2026年には財務会計基準機構(FASF)がのれん会計の見直しについてパブリックコメントの実施を検討するなど、制度見直しの議論が再び活発化しています。
本稿では、日本が将来的にのれん非償却へ移行する可能性について、会計制度の観点から整理します。
現在の日本基準の考え方
日本の会計基準では、のれんは「20年以内の合理的な期間」で規則的に償却することとされています。
この方式は、企業買収によって生まれた価値が時間とともに減少する可能性があるという考え方に基づいています。のれんを定期的に費用化することで、企業の利益をより慎重に測定することを目的としています。
また、定期償却を行うことで、巨額の損失が突然発生するリスクを抑える効果もあるとされています。
国際会計基準の非償却方式
一方、IFRSでは、のれんの定期償却は行われません。
代わりに採用されているのが減損テストです。企業は定期的に資産価値を評価し、回収可能価額が帳簿価額を下回る場合にのみ減損損失を計上します。
この方式は、企業の将来収益力をより反映した評価ができるとされています。しかし実務では、減損テストに多くの判断が伴うため、その難しさも指摘されています。
非償却を支持する意見
のれん非償却を支持する主な理由として、次の点が挙げられます。
まず、国際会計基準との整合性です。IFRSを採用する企業との比較可能性を高めるため、日本も非償却方式へ移行すべきではないかという意見があります。
次に、M&A戦略への影響です。のれん償却は会計上の利益を押し下げるため、日本企業のM&Aを慎重にさせる要因になっているのではないかという指摘があります。
さらに、投資家の評価方法の変化もあります。多くの投資家は、のれん償却の影響を調整した指標で企業を評価することが増えています。
償却維持を支持する意見
一方で、日本基準の償却方式を維持すべきだという意見も根強くあります。
その理由の一つが、減損テストの難しさです。将来キャッシュフローの予測や割引率の設定など多くの判断が必要となり、経営者の裁量が大きくなる可能性があります。
また、非償却方式では減損損失が突然巨大化するリスクがあります。海外企業でも、巨額減損が発生するケースは珍しくありません。
さらに、のれんの価値は時間とともに減少する可能性があるため、定期的に費用化する方が保守的な会計処理であるという考え方もあります。
制度変更のハードル
仮に日本がのれん非償却へ移行する場合、制度変更にはいくつかの課題があります。
まず、無形資産の会計処理との整合性です。のれんだけでなく、ブランドや技術などの無形資産の扱いも含めて検討する必要があります。
また、損益計算書の表示方法や利益指標のあり方も見直す必要がある可能性があります。
そのため、制度変更には一定の時間がかかると考えられています。
結論
のれん会計を巡る議論は、日本の会計制度の方向性を考えるうえで重要なテーマです。
非償却方式には国際基準との整合性や企業価値評価の観点からの利点がありますが、減損テストの難しさや巨額損失のリスクといった課題もあります。
そのため、日本がすぐに非償却方式へ移行する可能性は高くないと考えられます。しかしM&Aの増加や資本市場の変化を背景に、のれん会計のあり方に関する議論は今後も続くとみられます。
のれん会計の問題は、単なる会計処理の違いではなく、企業価値の測定や資本市場の評価とも深く関わるテーマです。今後の制度動向は、日本企業のM&A戦略にも影響を与える可能性があります。
参考
日本経済新聞
2026年3月14日朝刊
会計基準機構、のれん償却巡りパブコメ実施へ
企業会計基準委員会
企業結合に関する会計基準
国際会計基準審議会
IFRS第3号 企業結合

