アジアの新興企業が日本市場での上場を検討する動きが広がっています。クロスボーダーIPOは成長資金を獲得する戦略である一方、創業者にとっては「承継」の問題とも直結します。
とりわけ、日本に本社を移転して上場する場合や、日本法人を持株会社として再編する場合、事業承継税制との接点が生じます。
本稿では、クロスボーダーIPOと日本の事業承継税制がどのように交差するのかを整理します。
創業者にとってのIPOは「承継」でもある
IPOは資金調達イベントであると同時に、支配権の希薄化が進む局面でもあります。
創業者が保有株式の一部を売却する場合、それは実質的に「資本の承継」です。さらに、上場後に次世代経営者へ経営権を移す設計を行う場合、株式保有構造の整理が不可欠になります。
クロスボーダーIPOでは、この整理が複雑化します。
日本の事業承継税制の基本構造
日本の事業承継税制は、一定の要件を満たす非上場株式について、贈与税・相続税の納税猶予を認める制度です。
主な特徴は次のとおりです。
1.対象は原則として非上場株式
2.後継者が代表者となること
3.一定期間の雇用維持等の要件
重要なのは、「非上場株式」である点です。
IPOによる制度適用の変化
1.上場後は原則対象外
上場すると、その株式は市場で流通可能になります。日本の事業承継税制は非上場株式を前提としているため、上場後に新たに制度適用を受けることはできません。
つまり、IPOは承継税制の適用可能期間を実質的に区切るイベントになります。
2.上場前承継という選択肢
クロスボーダーIPOを見据えた企業では、上場前に後継者へ株式を移転し、事業承継税制の適用を受ける設計を行うケースがあります。
ただし、ここで問題となるのが株価評価です。
IPO準備が進むと企業価値は上昇します。株価が高騰する前に承継を実行するかどうかは、税負担と資本政策のバランスの問題になります。
持株会社設立と組織再編税制
クロスボーダーIPOでは、日本に持株会社を設立し、その下に海外子会社を置く形が検討されます。
この際、株式移転や株式交換が行われる場合、適格組織再編に該当するかが重要です。
非適格であれば、創業者や既存株主に譲渡益課税が生じます。承継税制の猶予状態にある株式を再編に組み込む場合は、猶予取消リスクも慎重に検討する必要があります。
クロスボーダー特有の論点
1.居住地の問題
創業者が海外居住者である場合、日本の贈与税・相続税の適用範囲が問題になります。居住地や国籍により課税範囲は異なります。
2.条約と二重課税
株式譲渡益に関する租税条約の扱いも重要です。どの国に課税権があるかを整理しなければ、二重課税の可能性があります。
IPOと承継は時間軸の設計問題
クロスボーダーIPOと事業承継税制の最大の接点は、「時間軸」です。
1.上場前に承継を完了させるか
2.上場後に市場売却で資産移転するか
3.持株会社体制で段階的に移転するか
いずれの選択肢も、税務・ガバナンス・資本政策を横断した設計が必要です。
IPOはゴールではなく、承継設計の一通過点に過ぎません。
結論
クロスボーダーIPOは、成長戦略と承継戦略が交差する局面です。
日本の事業承継税制は非上場株式を前提とするため、IPOとの両立にはタイミング設計が不可欠です。
承継を先に行うのか、上場を先に行うのか。その順番が、創業者一族の税負担と支配構造を大きく左右します。
クロスボーダーという複雑性が加わることで、税務はより戦略的な意思決定領域になります。
IPOと承継を切り離して考えるのではなく、一体で設計する視点が求められます。
参考
日本経済新聞 2026年2月26日朝刊
日本上場に関心示す新興
中小企業庁
事業承継税制に関する公表資料
金融庁・東京証券取引所
外国企業上場に関する制度資料
