アジア通貨制度設計の未来 ― 多極化時代のルール形成をどう主導するか

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ドル中心の国際通貨体制が揺らぎ、デジタル決済やCBDCの実験が進むなか、アジアの通貨制度はどこへ向かうのでしょうか。

通貨統合は現実的ではない一方で、決済インフラの分散化と資本移動の高速化は確実に進んでいます。AIは裁定を加速させ、弱い通貨は瞬時に選別される時代に入りました。

本稿では、アジアにおける通貨制度設計の選択肢を整理し、日本が果たし得る役割を制度論の観点から考察します。


単一通貨は現実的か ― 最適通貨圏の壁

理論的には、経済構造や景気循環が似通った地域では単一通貨が機能します。欧州は財政規律(マーストリヒト基準)を制度化することでユーロを支えてきました。

しかしアジアは、成長段階、産業構造、人口動態、政治体制が大きく異なります。中国、日本、ASEAN諸国、インドでは経済の質が根本的に違います。共通通貨の前提となる財政統合や移転制度も存在しません。

したがって、アジアにおける単一通貨構想は当面現実的ではありません。

制度設計の出発点は「統合」ではなく、「相互接続」です。


既存の枠組みの進化可能性

アジアにはすでにいくつかの制度的基盤があります。

  • チェンマイ・イニシアチブ(域内通貨スワップ網)
  • 各国間の二国間通貨スワップ
  • 中国のCIPS(人民元国際決済システム)
  • 香港を軸とするmBridge(CBDC連結実験)
  • 国際決済銀行主導の多国間デジタル決済実験

これらは断片的ですが、共通点があります。

それは「ドル依存の補完」です。

ドルを完全に代替するのではなく、域内流動性の確保と決済効率化を図るセーフティーネットの構築です。

問題は、これらが相互運用可能かどうかです。
制度が乱立すれば、かえって不安定性が増します。


制度設計の3つの選択肢

① 分散型モデル(競争型)

各国が独自通貨と決済網を維持し、市場競争に委ねるモデルです。
効率的な通貨が自然に選ばれますが、危機時には資本逃避が激化します。

AI時代にはこのモデルは非常に不安定です。


② スワップ網拡大型(セーフティーネット強化)

既存のチェンマイ・イニシアチブを強化し、域内流動性供給の即時性を高めるモデルです。

危機時の「最後の貸し手」を域内で担保できれば、通貨不安は緩和されます。ただし、財政規律の共有がなければモラルハザードが生じます。


③ 準共通決済単位モデル(進化型ケインズ案)

単一通貨ではなく、域内決済専用の「単位」を創設し、各国通貨価値をそれに連動させるモデルです。

これは1944年のケインズのバンコール構想の進化版に近い発想です。

通貨主権は維持しつつ、決済基盤を共通化することで安定性を高めます。ただし、制度運営主体への信頼が不可欠です。


AI時代の制度要件

AIによって資金移動は瞬時になります。
その結果、制度設計に求められる条件は次の通りです。

  1. 即時決済能力
  2. 危機時流動性供給の明確なルール
  3. 参加国の財政・金融規律の可視化
  4. デジタル通貨との互換性

制度は理念ではなく、アルゴリズムで評価されます。
規律が数値化され、格付けされ、市場で比較されます。


日本の立ち位置

日本はアジアで最大級の債権国であり、円は一定の信認を維持しています。しかし財政残高の規模を踏まえれば、無条件の信頼が続く保証はありません。

日本が果たすべき役割は二つあります。

第一に、国内で高い政策規律を確立すること。
第二に、その規律を域内協調の原則として提案すること。

欧州が財政基準を制度化したように、アジアでも最低限のマクロ規律を共有しなければ、通貨競争は消耗戦になります。

AI時代の通貨制度は、信認のネットワークです。
その中心に立つには、規律の実績が必要です。


結論

アジア通貨制度の未来は、「統合か分断か」という単純な選択ではありません。

現実的な道は、
通貨主権を維持しつつ、決済と流動性供給を多国間で制度化することです。

しかし制度はインフラだけでは成り立ちません。
財政と金融の規律という土台が不可欠です。

AIが裁定を加速させる時代において、通貨は市場で瞬時に評価されます。
日本が制度設計を主導するには、自国通貨の魅力を高め続けることが前提になります。

アジアの通貨制度はまだ完成形を持っていません。
だからこそ、日本が議論を主導する余地があります。

制度設計とは、未来の信認を構築する作業です。


参考

日本経済新聞「AI景気の持続性(下)通貨選別の激化に備えよ」2026年2月26日朝刊
植田健一・東京大学教授 寄稿

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