AI時代の通貨選別と日本の政策規律 ― 円は選ばれる通貨であり続けられるか

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デジタル化とAIの進展は、生産性や企業価値だけでなく、通貨のあり方にも大きな影響を及ぼしつつあります。
これまで国際金融はドルを中心に安定してきましたが、金融制裁の高度化やデジタル決済網の多様化を背景に、通貨の「選別」が一段と進む可能性が指摘されています。

AIが金融市場の裁定を加速させる時代において、日本円や日本国債はどのような立ち位置に置かれるのでしょうか。本稿では、国際通貨体制の歴史を踏まえながら、AI時代に求められる政策規律と日本の選択肢を考察します。


ドル体制の揺らぎと通貨体制の歴史

第2次世界大戦後の国際通貨体制は、ブレトンウッズ体制を起点とし、米ドルを基軸とする構造で安定してきました。ドルは国際決済の中核を担い、いわば「国際公共財」として機能してきました。

しかし近年、国際金融は「武器化」しています。マネーロンダリング対策の強化やデジタル技術の発展により資金移動の可視化が進み、金融制裁の精度が高まりました。ロシア制裁を契機に、ドル依存からの脱却を模索する動きも広がっています。

歴史を振り返れば、1944年のブレトンウッズ会議では、ケインズが「バンコール」という国際通貨構想を提案しました。これは一国通貨に依存しない仕組みでしたが、最終的には米国のホワイト案が採用され、ドル体制が確立しました。

欧州はその後、通貨統合へと進み、マーストリヒト基準に象徴される財政規律を制度化しました。通貨統合の前提として「規律」が不可欠であることを制度的に示した事例です。


アジアに広がる決済網と分散化の潮流

アジアでも通貨・決済システムの多様化が進んでいます。

  • 国際決済銀行(BIS)を中心とするデジタル決済構想
  • 中国のCIPS(人民元国際決済システム)
  • 香港を軸にしたmBridge(CBDC連結実験)
  • チェンマイ・イニシアチブによる域内流動性支援枠組み

これらはドル依存を直ちに終わらせるものではありませんが、決済インフラの多極化を促進しています。

もっとも、アジアは経済構造や成長段階が大きく異なります。マンデルの最適通貨圏理論が示すように、経済条件が十分に似通っていなければ単一通貨は機能しません。現実的には各国通貨が存続しつつ、域内決済を強化する方向が考えられます。

その場合、各通貨の信認が決定的に重要になります。弱い通貨は選ばれません。


AIが加速させる通貨の裁定

AIの進展は、通貨間競争をさらに激化させます。

個人投資家であっても、かつては機関投資家しか得られなかった分析情報を瞬時に取得できる時代になりました。投資信託「オルカン」のような世界分散型商品が普及し、資産は国境を越えて動きます。

さらに、米国債を裏付けとするステーブルコインの拡大は、日常的な「ドル化」を後押しする可能性があります。デジタルウォレット上でドル建て資産を保有することが一般化すれば、通貨選択はより流動的になります。

AIは裁定行動を加速させます。
わずかな金利差、インフレ見通しの差、財政持続性への疑念があれば、資金は瞬時に移動します。

これは企業レベルでは新陳代謝を促進しますが、国家レベルでは通貨の選別を意味します。


円と国債の魅力をどう高めるか

日本ではしばしば「財政が持続可能か」という議論がなされます。しかしそれは、破綻しないかどうかという最低限の問いにとどまっています。

問うべきは次の段階です。

円と日本国債を、世界の投資家が積極的に保有したい資産にできるか。

そのためには、

  • 明確で信頼できる財政規律
  • インフレ抑制と成長戦略の両立
  • 透明で一貫性のある金融政策
  • 中長期の債務管理戦略

が不可欠です。

現在の日本は、人手不足であり、インフレ率も目標を上回っています。需要刺激よりも、通貨価値の安定を優先できる経済環境にあります。

この状況は、規律を強化する好機でもあります。


アジアにおける日本の役割

日本が単独で通貨の信認を守るだけでなく、アジア全体の通貨制度設計に関与することも重要です。

欧州が財政規律を共有する枠組みを構築したように、アジアでも一定の規律原則を共有しなければ、通貨間の不安定性は高まります。

AI時代には、通貨の魅力は数値で即座に比較されます。
信認は「空気」ではなく、「データ」として評価されます。

日本は、アジアにおける政策規律のモデルを提示できる立場にあります。そのためには、自らが規律を徹底することが前提になります。


結論

AI景気の持続性は、生産性の問題だけではありません。
資本移動の速度が飛躍的に高まる中で、通貨の信認がより厳しく問われる時代に入っています。

国際金融市場では、通貨の選別が加速します。
そのなかで円が選ばれ続けるためには、曖昧な持続可能性論ではなく、明確で高い水準の政策規律が必要です。

AIは金融市場の合理性を強めます。
その合理性に耐えうる制度設計を持つ国だけが、通貨の信認を維持できます。

円を守るとは、為替水準を守ることではありません。
信頼される政策運営を積み重ねることです。


参考

日本経済新聞「AI景気の持続性(下)通貨選別の激化に備えよ」2026年2月26日朝刊
植田健一・東京大学教授 寄稿

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